名声と堕落2
「あの悪魔のせいなのよ!あの悪魔のせいで!!」
悪魔付きだと決めつけ、病気だった娘を病院にも生かせず殺した母親は叫んでいる。警官の藤堂不二峰はつめたくその女、三田吉見の顔を見つめた。
吉見はいまだに娘が死んだのは脳出血ではなく、悪魔が付いたせいだと思い浮かんでいる。死んだ吉見の娘はさぞ報われないだろうと、藤堂はため息をつく。
吉見はパトカーに乗せられて、警察所に連行される時、悲鳴を上げた。
鋭い甲高い悲鳴に、隣にいた藤堂の耳は痛くなる。
「どうした?」
「娘、娘がいたのよ!!」
錯乱状態で吉見が叫ぶ。これは精神鑑定が必要だなと、藤堂は想う。
「あなたの娘は脳腫瘍で死んだんだ」
静かにそう藤堂は、吉見を諭す。吉見は両手で顔を覆い、俯いてしまった。
それから吉見は取り調べの時でも、「悪魔が来る。あれは娘なんかではない。悪魔なのよ!!」そう叫ぶばかりで、取り調べは難航した。
その日吉見は拘置所でひどく錯乱していると、知らせを聞き、吉見は精神病院に身柄を移されることになった。
藤堂もともに吉見の精神病院への護送に、付き合う。
吉見はやつれた様子で、「悪魔が、悪魔、あの子は悪魔なのよ。刑事さん、あなたは信じてないでしょうけど」
そういって吉見はけらけら笑う。
正直藤堂は吉見が気が狂ってしまったのだと思っていたが、その夜病院のベッドで悲鳴を上げる吉見の様子を藤堂が見に行くと、吉見のそばにいるおさげの小さな少女の者らしき、黒い影を見てしまう。
吉見はぶつぶつ「悪魔、悪魔、悪魔」そう呟いている。
少女の黒い影は伸び、藤堂のそばにまで来る。
黒い影はなぜか少年の声で囁く。
お前の望みは何だと。
その黒い影に藤堂は心の奥まで覗かれているような気がする。
「俺の望みは」
この世で醜いこの世で、唯一、俺のことを愛してくれる存在。正義も悪ももうどうでもいい。俺の邪悪な部分も許してくれる存在が欲しい。
いつの間にか、そう藤堂は願ってしまう。
すると、黒い影は一瞬で藤堂の中で消えた。
藤堂が怯え、膝をついた。
お前の望みは何だ?
黒い影は囁く。
少女はぽつりとつぶやく。
お母さんに本当に愛されていたかを知りたい。ううん。もう答えが出ている。だから私は消えたいの。そう少女はつぶやく。
黒い影はそれは本当の願いではないと、つぶやく。本当の願いは。黒い影から少年の姿、そして少女の母親の姿になり、そしてまた黒い影の形から人型になり、消えゆく少女の体を抱きしめる。
少女は泣きながら、その温かさを感じ、両手を回した。
「ありがとう。悪魔さん」
そう少女はつぶやいて、この世から消えて、悪魔の箱の中に放り込まれた。
幼いまだ十歳くらいの息子の高志の姿が見えなくて、母親の満はその日懸命に高志の姿を探していた。
外を探し回ったが、一向に高志の姿は見つからない。いったん家に帰った満は居間のところでたたずむ行方不明中だった高志の姿を見つけて、目を見開く。
高志はいつのまにか部屋の中でぼんやり立っていた。満は泣きながら高志の肩に手をかける。
「どこ行ってたの!」
「ごめんなさい」
「あなた見つかったら警察に連れていかれちゃうのよ!勝手に外に出ないで!!」
「ごめんなさい。お母さん」
俯く高志の姿に、満は感情がこみあげて、高志を抱きしめる。
「心配したんだから!もう勝手にどこへも行かないでね」
「うん」
どこの誰かもわからない子供だが、確かに今この時だけでも本当の自分の子供だと、満は強く少年の体を抱きしめた。