現代
光があるところ。
黒い影がうごめく。
ステンドグラスの光は教会を荘厳に照らす。神父は教会に一人の少年がいることに気付く。一人で教会に来るにしては、まだ少年は幼すぎた。
神父は笑顔を作り、少年に話しかけた。
「御母さんはどこでしょうか?」
少年は漆黒の目を神父に向けてきた。いやに黒い瞳に、少年は表情が一切ない、人形のような顔をしている。
少年は一度だけ神父を見ると、正面にある大きな十字架に顔を向ける。にこりと神父は微笑むと、少年にも少しでも宗教の素晴らしさをしってもらおうと、口を開く。
「綺麗な十字架でしょう。あれは主の光。我々の誇りです」
「光。あれが光?」
「ええ」
にっこり神父は微笑む。神父にとって、十字架は己のすべてだった。
「では、闇はどこへ行ったのか?」
「闇」
「闇はどこにでも存在している」
妙に大人びた様子の少年に、神父は不審を抱く。もしかしてこの少年は、悪魔にとりつかれているのではないかと。
「闇などは存在してはならぬのですよ、少年」
神父は自らの首にかかっていた十字架を、少年の首にかけた。
「この十字架さえあれば、闇に染まることなく、悪魔にもう打ち勝つでしょう」
少年は首にかかった十字架を不思議そうに見て、もう一度神父に目を向ける。
「さぁ、迷子ならば私が送って行きましょう」
差し出した神父の手をはらい、少年は教会を歩き出す。迎えに来ていた母親らしき女性が、少年の体を抱きしめる。
不思議な子供だったと、神父は首を傾げる。
これから悪魔祓いを望む少女と母親が訪ねてくる。身を引き締めなければと、神父は気持ちを切り替えることにする。
神父には天使が見えている。皆天使は人類を祝福してくれていることを神父は分かっている。
「主よ、皆を救いたまえ」
神父は祈る。
影がなき、光あふれる正常な世界を。
頭が痛い。頭が割れそうだ。
少女は頭を押さえる。夜に見ていた悪夢が、昼間でも現れてきてる。
「御母さん、頭が、痛い」
そういう少女の体を母は抱きしめる。
「大丈夫。もうすぐ神父様があなたに憑りついている悪魔を追い払ってくれるから」
少女は暖かな母親の体に抱きしめられながら、床に写る闇を見ていた。闇はうごめき、少女に問いかけてくる。
己のほんとうの望みは何だとー、
だから少女はそっと、本当の望みをもらした。
「安心してください。悪魔はかならず我々があなたの体から追い出しますから」
美しい神父が優しく少女を諭しながら言う。少女は微笑んで頷く。
「悪魔祓いをしてくれるのが神父様で、本当によかった」
この日のために協会から神父二人と、シスターの紅音の三人の援軍が、悪魔祓いのてつだいに来てくれている。
床に悪魔を逃さぬように聖水で円をかき、その中央に悪魔つきの少女を寝かせる。そして神父は聖書をゆっくり読み始めた。
少女は円の外にいる母親に目を向け、そのままゆっくり目を閉じた。
悪魔祓いはつつがなく行われ、無事終了したが、少女は目覚めることはなく、その後救急車も呼ばれたが、少女の死が確認された。
少女は自分が悪魔つきではなく、脳腫瘍なのではないかと気づいていた。一応母親に話してみた。
「御母さん、私脳の病気なのかもしれない。こんなに悪夢をみるなんて」
「そんなわけないじゃない。気のせいよ。きっと悪魔にでも憑りつかれているんだわ」
熱心なクリスチャンの母はそういう。少女は信じようと思った。母親のことを。けれど夜になると黒い影が少女に囁く。
貧しい母親は少女に病院にいかす金がないだけだと。
母親を信じるためにも少女は、神父に悪魔祓いをたのむことにした。
少女はぼんやり川辺に一人たたずんでいた。ぼんやり立ち尽くす少女の前に、美しい女が現れる。
「私はあなたの願いを叶えたわ。あなたの魂を私のものよ」
女は手を伸ばして、少女の頬に触れた。少女は無感動な漆黒の瞳を、女に向けた。
「違うな。それはこの人間の本当の望みではない」
突然少女は、それまでとはまったく別人のように口を開く。
女はそれまでの少女の気配とは全く違う気配に、凍りつく。
「あなたは!!?」動揺した悪霊の女の声。あまり知られていないが、悪魔のほとんどは人間の悪霊と、神が生み出した肉体をもつことのできなかった存在だ。
私自身は。
それが己自身の望みならかなえよう。だから影は悪霊の問いに答える。
「原初の悪魔」
影は、悲鳴を上げる悪霊悪魔の女の形をもらう。そうすることによって、影は存在する。女の悪魔の望みは人間になること。影は形を与えることはできない。だから女の悪魔を人の体に閉じ込めることにした。
影は少女の望みを叶えるため、川岸の向こうの彼岸の果てへと歩き出した。