現代
満は鼻歌を歌いながらホットケーキを焼く。ふと後ろの席に座る幼い少年を振り返ってみる。まだ幼い少年は泣きもせず、不気味な無表情な顔をして満のことを見ている。
そうこうしているうちにホットケーキが焼きあがってくる。満はホットケーキを皿に乗せ、少年の前に置く。
「あなたの名前は何?」
満は迷子の少年に問いかける。
少年は首をかしげる。
「僕は死んだから無い」
「死んだ?」
突拍子のない少年の言葉に、満は目を白黒する。
「もし、僕が悪魔だと言ったらどうする?」
少年のと問いかけに、満は噴出す。
「こんなにかわいい子が悪魔なわけないじゃない」
満はにっこり微笑んで、少年の頭を撫でた。少年は満の瞳を見つめている。
「私の名前は満。今日からあなたのお母さんよ。絶対警察にいってはだめよ」
満は少年の体を逃すまいと、強く抱きしめた。
そうそれがあなたの望みなら。
満の心の底からそんな言葉が聞こえてきて、満はぞくりと、体を震わせる。目の前の小さな子供の体は暖かいはずなのに、暖かくもつめたくもなく、なんら体温を感じることはできなかった。
「今日からあなたの名前は高志よ。私の子どもになるの」
新たな名前に、影はそのように形作る。
いいだろう。
闇の奥底で、影はささやいた。
「しかし、父親は誰にしようかしら?できたら住民票とかほしいし」
満の父親の登尾自は大学の医者だ。父親に相談すれば何とかなるかもしれないと、満は早速電話をしてみることにした。
少女里中梓の母の里中輝は、熱心なキリスト教徒だ。娘の梓は別に宗教には興味はないが、母の熱心さに負けて、しぶしぶ母が教会に通うのについていっている。
そんな梓は年十四歳の誕生日から、悪夢をみるようになった。悪夢はいつも梓が悪魔と呼ばれる黒い影に身体を傷つけられ、罵られる陰惨なものだ。
一度か二度見る夢なら梓は我慢できるが、その悪夢は毎日で、執拗に梓を苦しめる。梓は耐え切れなくなって、母に悪夢を見るので困ることを相談することにした。
「なに妙なこと言っているの?」
「本当に」
「今度精神科医行った方がいいんじゃない」
そういって、梓の言葉を全然信じてはくれなかった。だから梓はひとりで教会に向かうことにした。
恐る恐る向かった教会で、梓を出迎えてくれたのは、まだ若いハンサムな外国人の神父だった。
「ようこそ、お嬢さん。私はヨハン神父です。今日はどうかしたのかな?」
「悪夢を見るの」
「わかりました。じっくり話を聞きたいので、こちらへどうぞ」
ヨハンに言われ、小さな部屋に入り、梓は自らを苦しめている夢についてじっくり、ヨハンに話す。
「それは悪魔があなたにとりついているからではないでしょうか?悪魔祓いをしましょう」
そういってヨハンはにっこりほほ笑んだ。まぶしいその笑顔に、幼いながらも胸をときめかせて梓は頷いた。