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一億の雨に晒されて  作者: kkkk
9/11

Sequence9 散りゆく友

9

「外を歩いてくる」

「ちょっとずるいですよ。セリーナ」

「どうせ、ガンナーを修理している間は暇だし、いいじゃない。アーサー」

「それはそうですけど……」 

 レイモンドは話を聴いていた。そして言った。

「俺も連れて行ってください。ダンもどうだい?」

 ダンはああ、と言った。

 船から降りると彼らは街へ向かって歩き出した。黄色い砂浜を超えると、舗装されていない道が広がっていた。

「やっぱりバオバブの木でも見てくるほうが良かったかも」

 とアーサーが愚痴をこぼした。

「木なんて見てどうなる?」

「観光では人気ですよ。あそこは」

「ここからじゃ、遠すぎる」

 とダンがぽつりと言った。

 彼らは市場に着いた。そこは活気があった。見知らぬ言語が飛び交っていた。セリーナは目を丸くした。まるで子どものようにあっちへ行ったりこっちへ行ったりした。

 アーサーが言った。

「あんまり遠くへ行っちゃ駄目ですよ」

「分かっている」

 とセリーナは言いつつ、どこかへ行ってしまった。

「レイモンド、僕はセリーナを探してくるからダンと一緒に待っていてくれ」

 アーサーはそこから立ち去った。

「分かりました。あれ、ダンは?」

 ダンはここにいない。レイモンドは一人になってしまった。

「まぁ、いいか」

 とレイモンドは呟いた。そして歩き出した。夕方までに船に戻ればいい、とレイモンドは思った。

 町は丘の上にある。そこまでの長い坂をレイモンドはのぼることにした。レイモンドは時折、後ろを振り返った。人々や建物がミニチュアのように見えた。

「こんなことしていて、いいのか?」

 レイモンドはこれまでの激しい戦いを思い出した。エウロパ・ポリスとの戦争があるというのに、この町はいつもと変わらない日常が続いている。そして自らもその日常の中へ溶けていきそうだ。

 そうした考えが過ったとき、彼は丘の上にいた。そこは町の入口だった。町には住居や小さな商店があった。

 陽の光が作り出す陰影。陰になっている場所にレイモンドは惹かれた。そこには一軒の商店があった。


 店に入るとガラスケースがあった。その中を覗くと人間の目玉が置いてあった。

 レイモンドはそれを注意深く観察した。大丈夫、本物ではない。これは義眼だ。

 店の奥から店主が出てきて、言った。

「観光かい? それとも買い物かい?」

 レイモンドは答えなかった。ただその義眼に惹かれていた。

「これは見るための物?」

 とレイモンドは店主に尋ねた。高性能の義眼であれば、視力が蘇る。

「いや、これは見るためのものじゃない。隠すためのものだ。これはオーダーメイドだよ」

 と店主は自慢げに答えた。そして続けた。

「君は軍人かね?」

「そうですが……」

「なら、目を大事にしなさい。前にここへふらりと訪れた客は、健康そのものだったけれど、事故に遭ってね。ここで義眼を作ってやったのだ。そうだな、何かしらの縁で君はここに来た。それは君にとってあまりいい傾向ではないかもしれないな」

 店主は諭すように言った。

「俺も目を失うということですか?」

「そういう客は少なくないよ。それに……」

「運命なんて、まだ信じられないな」

「義眼をつけた者は、失った方の目で過去を見続ける。だから過去に縛られ続ける」

「あなたはセールストークには向いていないですね」

「よく言われるよ。だから持っている目で現在をしっかり見るべきだ。それで事故も防げる」

 店主はにっこりと笑った。

 店を出ると、レイモンドは坂を下った。日が少し傾いていた。

 レイモンドの姿はあのミニチュアの街に溶けていった。


 インドから艦隊が出航した。それと時を同じくしてオーストラリアの艦隊も港を出た。その様子を分析官は固唾をのんで見守っていた。モニターに映る、赤色の点が徐々にインド洋を包囲していく。少し遅れてマダガスカルからも艦隊が出てきた。分析官はここ一週間の様子を早送りで見ていた。コーヒーの紙カップを握る手は強くなっていった。分析官はコーヒーを飲み干すと、じっと事の成り行きを見守った。

「あまり根を詰めるなよ」

 とラウルが分析官に言った。

「ですが、これでエウロパ・ポリス軍を包囲できます。この調子でいけば今日中には包囲網は完成しますし」

「確かに敵軍をここまでおびき出したのは君の功績だ。ただ満点はやれない。スエズ運河をなぜ使わなかった?」

「その点はアフリカ軍との協調できなかった私のミスです。加えてガンナー隊もそこまでの結果をもたらさなかった」

「それでケープタウンを経由させて、修理の時間にあてたのか。いい計画とはいえないな」

「私ならスエズ運河を経由して、インド艦隊と協力するだろう」

「最高意思決定者はあなただ」

 と分析官はラウルを責めた。

「それでも、インド艦隊と手を結んだだけではまだ足りません」

「それでオーストラリア艦隊、か」

「海は広い。相手がどこへ飛ぶか分からない以上は、少なくとも三点から包囲するべきです」

 オペレイターが言った。

「敵軍、捕捉しました」

「よし、包囲作戦実行だ」

 モニターが艦隊からの映像に切り替わった。エウロパ・ポリスの軍艦がはっきりと見えた。かなりの数だった。

「攻撃開始」

 分析官が命令すると、画面の向こうの友軍の軍艦が攻撃を始めた。

「いよいよだな」

 とラウルが言った。

「ええ。これで相手を沈めます」

 すると、モニターの映像が真っ白になった。

「どうした?」

「分かりません。モニターの不調ではないようです」

「何が起こっている?」

「インド艦隊、撃沈しました」

 とオペレイターが報告した。

「撃沈だって?」

「オーストラリア艦隊からの映像をまわせ」

 映像ではインド艦隊の目の前に、エウロパ・ポリス軍の援軍が突然現れた。そしてインド艦隊に攻撃を仕掛けた様子が映っていた。そしてそのままインド艦隊は全滅した。

 分析官は頭を抱えた。ラウルが言った。

「これはどういうことだ?」

 そのままオーストラリア艦隊の映像は続いた。そしてエウロパ・ポリスの援軍の姿は消えた。

 たった三十秒の出来事だった。


 撃沈したインド艦隊の模様を目の当たりにする地球連合軍の面々。敵軍の包囲に安堵した途端にそれは焦りや絶望に変化した。この模様を眺めながら、一人だけ、事態を理解している者がいた。レイモンド・ヴィンソンである。

 レイモンドは思わず叫んだ。

「ゲイト・ジャンプ!」

 隊員達はレイモンドの怪訝そうな顔で覗き込んだ。

「なんだい、それは?」

 とセリーナが尋ねる。

 レイモンドは簡単に説明を述べた。それはワープだと。木星軌道上の艦隊が瞬時にインド洋へ移動してきたのだ。レイモンドも実戦でゲイト・ジャンプが運用されたのを初めて見た。

「今はその艦隊はどこに?」

「木星軌道上へ戻ったと考えられます」

 ゲイト・ジャンプはエウロパ・ポリス軍の戦いの切り札だった。木星軌道上の艦隊をいつでも任意の場所へ移動させることができるのだから。皆はその事実に震えた。もし、次にゲイト・ジャンプが運用されたなら、死ぬのは我々なのだ。

 エウロパ軍の後ろについたオーストラリア艦隊は砲台をエウロパの軍艦に向けた。空気が激しく振動した。一発、一発とリズムよく放たれる砲弾がエウロパの軍艦に当たった。煙は立つが、エウロパの軍艦には傷一つ付かなかった。装甲が分厚いからだ。何もかもがエウロパ軍の方が勝っていた。

 昨日まではっきりとしていた勝利の形。それは無残にも崩れ去った。一つは戦略レベルでの失敗。そしてもう一つ。戦術レベルでの失敗が濃厚になっていた。

「私達も出ます!」

 とセリーナが上官に言った。

「この事態でガンナー一機や二機の運用で打開策が見つかるか?」

 上官は疑問をぶつけた。

「なんとか取り付いて、艦橋を破壊してみせます」

 上官は渋々、ガンナーの出撃を認めた。

 ガンナーのスラスターが唸りを上げた。出撃の合図を待つ。黒色の武骨な人型のフォルムがあらわになる。肩に銃架と銃が取り付けてあった。その機体はどこか彫刻のダビデ像を思わせた。

 続いて、白色と緑色の同一機種が待機していた。四機が出撃した。ガンナー隊は飛び立つと、いとも簡単にエウロパ軍の軍艦にとりついた。

 ここからが戦いなのだ。


 格納庫から赤いガンナーが姿を現した。そのガンナーは明確な敵意を漲らせていた。トレベヴィチ班の隊員はたじろいだ。そしてトレベヴィチ班はそのガンナーに銃火を浴びせた。しかし、その赤いガンナーは銃火の雨をかいくぐり、接近した。それはとても速く、獣のようだった。

「くそっ!」

 セリーナのガンナーが倒され、アーサー、ダンのガンナーは尻餅をついた。残ったレイモンドは白兵戦用のブレードを構え、赤いガンナーと相対した。ブレードを振り、相手との距離を測った。意気は十分だが、レイモンドは身が入らなかった。それは相手が友人であるアルフォンスだったからだ。相手を倒すことはできるだろう。しかし殺すことは出来ないかもしれない。その迷いがレイモンドの手を鈍らせた。

 アルフォンスの乗る赤いガンナーが殴りかかってきた。レイモンドはブレードを盾にして防御した。

 アルフォンスの打ち込みを何回も受けるうちに、レイモンドは自分の迷いを少しずつ断ち切っていった。

 レイモンドは思った。アルフォンスは俺を本当に殺そうとしている。迷いは身を滅ぼすだろう。

 レイモンドはふうっと息を吐くと、ブレードを正眼に構えた。その構えを見た途端、アルフォンスは攻撃を止めて少し距離を取った。間合いを確かめ合う両機。じりじりと時間が過ぎていった。

 そこへ別の赤いガンナーが押し入った。イーヴォの乗るガンナーが機関銃を撃ちながら突撃してきた。

 アルフォンスは言った。

「止せ! イーヴォ……!」

 アルフォンスの忠告は届かなかった。イーヴォはレイモンドの間合いに入った。その途端に空気は澄んだようになり、レイモンドはどの音も聞き逃すまいとした。

 レイモンドは冷静に機関銃の弾をブレードで防御した。そして次の一息でイーヴォのガンナーの腹から腰をたたき切った。コックピットは両断され、イーヴォはコックピットの中で息絶えた。

 イーヴォのガンナーは爆発し、四散した。

 レイモンドは静かに状況を見据えた。

「イーヴォオオオ!」

 アルフォンスの絶叫がその場に響いた。


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