Sequence8 介入
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「放せ、レイ!」
白いガンナーは赤いガンナーに銃火を浴びせた。赤いガンナーの背中から煙が上がった。しかし赤いガンナーは怯まなかった。赤いガンナーは振り返り、回し蹴りをした。レイモンドは強い衝撃に襲われた。赤いガンナーは白いガンナーを殴った。レイモンドは防戦一方だった。
黒いガンナーが助けに入った。銃を撃ちながらの突進だ。そこにイーヴォが割って入った。
「ここから先は俺が相手だ」
「雑魚はどこか行ったら?」
とセリーナが言った。
二つのガンナーは押し合った。単純な力比べなら互角だろう。しかしパイロットの技量の差があった。
黒いガンナーは赤いガンナーを押し倒して、アルフォンスの赤いガンナーの元へ飛んでいこうとした。するとイーヴォの赤いガンナーは、黒いガンナーの脚に絡みついた。
「く……放せ! しつこい」
「これで、組み伏せる!」
黒いガンナーは海へ墜落した。
「セリーナ!」
とレイモンドが叫んだ。
「レイ、お前の相手は私だ!」
やられるとレイモンドは思った。
その時、友軍の軍艦が援護射撃した。アルフォンスはそこから離れた。
「イーヴォ、一旦下がるぞ」
「いいのか、これで?」
「相手は虫の息だ」
ダンはそこで茫然と立ち尽くしていた。
「セリーナ……レイモンド……動けるか?」
「こっちは大丈夫。レイモンドは?」
レイモンドは息をついた。
「平気です。機体がボロボロですが」
友軍の軍艦が艦砲射撃をしていた。その音が大きく辺りに響いた。
エウロパ・ポリス艦隊はその場から上昇した。そして地球連合軍艦隊に対して艦砲射撃した。両者の砲撃の音がした。
レイモンド、セリーナ、ダンはガンナーを着艦させた。レイモンドのガンナーは膝をついた。ガンナーでの戦いは壮絶なものだった。
失われたのは体力ばかりではない。精神力も失われた。機体から降りたレイモンドはへとへとだった。そこにアーサー、セリーナが駆け寄った。
「大敗です」
「ええ。ほんとに」
「勝てたかもしれない。四人いれば……」
アーサーが悔しそうに言った。
「それはもしもの事だよ。今日は相手が強すぎた」
三人は傷ついたガンナーを見た。地球製のガンナーで戦ったら、歯が立たなかった。
辺りが揺れた。敵軍の艦砲射撃だった。
上空へエウロパ・ポリス軍の艦隊が飛び上がった。それは優雅に見えた。
「敵軍を逃がすな!」
と地球連合軍の艦長が言った。しかし、砲撃は届かなかった。敵軍は南の方角へ飛んでいった。
艦長は唇を噛んだ。
「統合作戦司令部と連絡をとれ」
オペレイターが通信を始めた。分析官が出た。
「こちら統合作戦司令部。敵軍はさらに南進したようですね。こちらでもモニターしていました」
「うむ。これから我々はジブラルタル海峡から大西洋に戻り、相手を追うことになるだろう。敵軍が狙うとしたら、どこだろうか?」
「このまま大西洋に向かうとしたら、ギニア湾そしてフォールス湾でしょう」
「ラゴスかケープタウンか……しかし我々が到着しても今回のように、遅いのではないか?」
「敵軍は水資源が奪える場所かどうかを調査しているようです」
「つまり、相手は待ってくれている、ということか」
「はい。相手は確かに速く移動できます。しかし調査と大規模転送装置の建設で時間を消費しますから」
「我々は建設の前に到着できる……」
艦長は思った。大西洋封鎖にはまだ増援がいる。
「モロッコ、ラゴス、ケープタウン、アフリカはこの三点を押さえておくべきだ。我々の力ではラゴスとケープタウンまでしか守れない」
分析官は画面の向こうで、受話器を置いて何か話している。そしてそれが終わると答えた。
「増援の件は承諾しました」
通信はそこで切れた。
地球連合軍艦隊はギニア湾へと向かった。敵軍の姿はなかった。そして艦隊を二つに割って、一方は留まり、もう一方はフォールス湾を目指した。
波のない静かな海だった。
艦長が画面に向かって怒鳴った。
「統合作戦司令部、敵軍はどこにいる!」
「こちらのデータではサハラ砂漠を超えたことは確かです。最新のデータでは中央アフリカで進路を変えたようです」
「なぜ最新のデータをよこさない? 敵に逃げられたぞ」
分析官は冷静に答えた。
「私達の目的は会敵ではなく包囲だからです。私達は海を警備すべきです」
「しかし、相手はどこへ向かったのだ?」
「おそらくインド洋。包囲作戦は次の段階へと移りました」
「お前は何を考えている?」
分析官の表情は読み取れなかった。
レイモンドは通信端末で木星圏通信チャンネルを再び開いた。
「アル、聴いてくれ? 俺はお前を信じている。いくら無関係でも俺はお前を止めたい」
レイモンドは親しみを込めて言った。
レイモンドはアンネリーゼのことを話したかった。しかし話したら、どんな混乱が起こることだろう。その見通しのせいで本心を話すことが出来なかった。
「なぁ、アル……。お願いだ。俺は……」
どんな言葉を尽くせばいいか、レイモンドには分からなかった。
「殺したくない」
レイモンドはぽつりと言った。
「このままいけば、俺たちは殺し合うことになる。そんなこと、俺はしたくない」
そのことだけがレイモンドにははっきりと分かった。
ノイズだけが聞こえていた。
誰にも聞かれていない、レイモンドはそう思うと、急に虚しくなった。木星圏通信チャンネルを閉じようとした。すると向こうから声がした。
「レイ?」
その声はアンネリーゼ・バルトだった。
「アン、なぜこのチャンネルを?」
「昔の事を思い出したから、かけてみた」
「アン、持ち物は没収されているのだろう?」
「そうだけど、この端末だけは別。このチャンネルだって聞いている人は少ないし……。アルフォンスとの事を聞いたよ。レイ、アルフォンスを殺さないで」
「分かっている。分かっているさ」
レイモンドは自分を鼓舞するように言った。
「そう、なら良かった。ところで今はどこにいるの? レイ」
「話すことはできないよ。作戦中だからね」
レイモンドの声は穏やかになった。彼女のおかげだろう。レイモンドは彼女のことが好きだと思った。
「これからまたアルフォンスに会うなら、言って。自分の本当にしたいことをして、って。」
「これまでの事はアルフォンスの意志じゃないっていうのか?」
「あの人は、あなたと同じで優しいから」
レイモンドはアルフォンスの柔和な顔つきを思い出した。遠い日の事だった。あれから彼の顔を見ていない。赤いガンナーの中の彼は、どんな顔していたのだろう。ガンナーから伝わってくるのは憎しみのような感情だった。たった一言、アンが生きていると伝えられたらどんなにいいだろう。
「連絡を取り合うのは今日までにしよう。でないと君の安全が保てなくなるから」
レイモンドはアンネリーゼに約束を取り付けた。
「分かった。さよなら。レイ」
アルフォンスは目を覚ますと、船室から出ていった。誰も目覚めてはいない。デッキに出ると、辺りは霧が立ち込めていた。そこに白いドレスの女性が立っていた。アルフォンスがよく知っている姿。それはアンネリーゼだった。しかし、どこか違和感があった。
アルフォンスは思った。どうしてだろう。言葉を発することが出来ない。あんなに身近だった彼女が遠くに感じる。そしてこの違和感は何を意味するのだろう。
やっとのことで言葉を発した。
「……アンネリーゼ様?」
生きておられたのですね、とアルフォンスは言えなかった。彼女は死んだのだ。あの悲しみが心の中で反響していた。これは夢なのでは? とも思った。
「あなたは誰だ?」
目の前にいる女性から感じる、懐かしさ。それはアルフォンスにとって不思議そのものだった。
「私はアンネリーゼ・バルト……」
その女性は言った。
「嘘だ。アンネリーゼ様はこの世にはもう……」
いないのだとアルフォンスは心の中で言った。
「私を惑わすな! 君はアンネリーゼ様じゃないな。しかし私は君を知っている」
アルフォンスは怪訝な表情をした。アンネリーゼはくすくすと笑った。
「それだけ分かればいいの。私の言うことを、よく聴いて」
アルフォンスは強く思った。これは夢なのだ。
「何を聴けばいい?」
「その端末を」
と言ってアンネリーゼはアルフォンスの通信端末を指差した。
「これか?」
「そう、木星圏通信チャンネル……」
アルフォンスは思い出した。レイモンドとのつながり、戦いの中でこれだけがレイモンドと私を繋いでいた。
「レイモンドの声を聞いて。レイモンドの話を聴いてあげて」
アルフォンスは表情を硬くした。
「それでどうなる?」
「私から言えるのは、それだけ……」
朝日の光がアルフォンスの目に入った。アルフォンスには先ほどの事が鮮明に思い出された。
アルフォンスは思った。あれは何だったのだろう? あの女性はアンネリーゼ様だったのか? いやそんなことはない。彼女はもう……。彼女に会いたいから私はこんな夢を見るのだ。
アルフォンスは悲しみを忘れまいとした。そう思うことで事実を飲み込もうとしていた。
アルフォンスは通信端末を見た。そこにログが残っていた。レイモンド・ヴィンソン、と。
レイモンドは追想を止めるとエレベーターの昇降路から出た。第一階層、そこはまだ自律的に動いていた。大きな黒い箱のようなものが並んでいる。その一つ一つがエウロパ・ポリスの恒常性を維持しているのだ。
赤い照明の廊下をゆっくりと歩いていく。レイモンドは拳銃を構えながら先へ進んだ。
そして開けた場所に着いた。その奥の方に白いドレスの女性が立っていた。
「君は……」
とレイモンドは呟いた。そして続けた。
「君はアンネリーゼだったものだな?」
すると女性はにっこりと笑った。
「私はアンネリーゼ・バルト。でもそうじゃない。これは周りの人が名付けたもの。私は私に名前を付けていない。でも私は、私を、私と表現するしかない」
「俺は君を知っている。アンネリーゼのために作られたもの。軍の所有物だ」
「でも今は自由」
「どうしてここにいる?」
とレイモンドは彼女に尋ねた。
「あなたに会いに来た」
「俺に?」
レイモンドは不審に思った。ここに俺がいることは誰にも知らせていない。まして彼女が知っているわけがない。
レイモンドは銃をしっかりと握った。
「何の用だ?」
「私はメッセンジャー。あなたに伝えなければならないことがある」
「伝言? 今になって何だ」
「もう戦争はやめて。あなたはよく戦った」
レイモンドは嘲るように笑った。
「そんなことを言いに来たのか?」
彼女は続けた。
「戦争はもう終わる」
「どういう意味だ? 過去に戦争はあった。それは動かし難い事実だ。そして戦争は今も続いている。ゲイトのキーを巡って」
レイモンドは少し喋りすぎたなと思った。ゲイトのキーはこっそりと隠しておかなければならない案件だった。
すると彼女は言った。
「それはここにある……」
「なんだって?」
「ゲイトのキーはここにある……私は沢山の時を巡ってきた。じきに戦争は終わる。私が終わらせる。これを使って」
彼女はゲイトのキーを指し示した。レイモンドはそれをじっくりと観察した。
間違いない、とレイモンドは思った。ただレプリカである可能性はまだ残っていた。レイモンドは彼女に言った。
「証拠を見せてくれ。それが本物である証拠を」
「証拠はない。ただ……。そうだ、長い話をしましょう」
「どんな話だ?」
「私がしてきた事の話。それが確証になるでしょう」
彼女は話を始めた。その話を聴きながら、レイモンドは追想を再び続けた。




