Sequence7 アルフォンス、聞こえるか?
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地球連合軍は記者会見を開いた。ラウル・モンブラン司令長官が記者たちの前に姿を現した。
「今回の北海消失現象について、説明したいと思う。まず、これは我々の軍の哨戒機が撮った写真である。次が同じ地点の衛星画像だ。北海の一部が円状の空白地帯になっているのがお分かりいただけるだろう。我々の分析では敵軍の大規模な転送装置によって北海の水が奪われたと考えている。その理由は敵軍が北海に集結していることにより明らかである。我々は警戒を怠ってはいけない。北海の次はどこだろうか? 大西洋、インド洋、太平洋、北極海、大きすぎる? 地中海だってありえる。我々は警備を強める必要がある」
「大規模転送装置とはなんでしょうか?」
「まだ調査中だ。海水が単純に消えたということしか分からない。敵軍が関わっているようなので奪われたと結論付けているだけだ」
「エウロパ・ポリスに濡れ衣を着せているだけでは?」
「その可能性もありうるとだけ言っておこう」
別の記者が尋ねた。
「敵軍が水を欲する理由はなんでしょうか?」
「エウロパ・ポリスが本格的に着手したという報告はまだなされていないが、テラフォーミングのためだろうと考えている」
会場はざわめいた。
「すると、敵軍の本当の狙いは資源だったのですか?」
「油田に手を出してこない理由は分からないが、おそらくはそうだろう」
とラウルは答えた。
「警備の強化とは一体どのようなことですか?」
「一番面積の大きい太平洋の周りに環太平洋防衛ラインを構築する。これは最悪のシナリオである太平洋の強奪を防ぐためである。ここに全軍の警備の七割をさくことになろう」
女性の記者が言った。
「チャンネル6です。地球連合軍はヨーロッパ戦線で敗北を喫しています。また、地球連合軍の本隊はヨーロッパを捨てて、アメリカに脱出しました。ヨーロッパは見捨てられたも同然です。今回の北海強奪事件は地球連合軍に責任があるとは言えないでしょうか。今後、地球連合軍を信頼していいのでしょうか?」
ラウルは眉一つ動かさずに答えた。
「もちろんだ」
「船旅は苦手なのですよ」
「三、四日の旅だ。すぐじゃないか?」
とセリーナがアーサーを宥めた。
トレベヴィチ班と地球連合軍はボストンからロンドンへ出発した。大西洋の警備と北海にいるエウロパ・ポリス軍への攻撃が目的だった。エウロパ・ポリス軍の動向は衛星画像をもとに推測された。北海で駐留後、エウロパ・ポリス軍は大西洋に向かうのではないかと予測されていた。
船旅の間、レイモンドはベッドに横になっていた。
船室にダンが入ってきた。ダンは寡黙な男だった。その彼が口を開いた。
「なぁ、レイモンド。お前はエウロパ・ポリス軍とヨーロッパで戦ったんだよな? 敵は強いのか?」
「今になって不安になったのですか? 大丈夫です。俺たちは出来る限りのことはしました」
「ああ。だけどエウロパ製のガンナーに乗って、それでも勝てなかったらどうする? 相手は木星人だ」
レイモンドは引っかかるものを感じた。
「木星人といえども相手は人間です。戦い方次第で勝てます」
「そうか……」
ダンはとぼとぼと船室から出ていった。
レイモンドは思った。俺たちは人間だ。敵であるアルフォンスもそうだ。だから余計にそれが辛い。敵がエウロパ・ポリスじゃなかったらどんなにいいか。
レイモンドは船室から出た。潮の匂いがする。レイモンドはデッキに出た。広い海が見えた。
敵はこの海を狙っている、とレイモンドは思ったがスケールが大きすぎてイメージが出来なかった。
「レイモンドじゃないか」
後ろにアーサーが立っていた。気分が悪そうだ。
「どうしたのですか?」
「いや、船酔いだ……ゔゔ」
「大丈夫ですか?」
「船室にいると揺れが気になるのだ」
「だからって安静にしていないとダメじゃないですか」
「気を使わなくていい。君は年少者だけれど同僚なのだ。師匠でもある。風が気持ちいいな。君には敬意を持っているよ」
レイモンドはどんな顔をしていいか分からなくなった。そして言った。
「死亡フラグ……」
「何だって?」
「そんなこと言っていると次の戦闘で死にますよ」
「ひどいな」
アーサーは微笑んだ。
「今、僕らが向かっているのはそういう場所なのは知っている。僕だって兵士だからね。君も覚悟していろよ。プロ並みの腕があっても過信するな」
事態は急変した。地球連合軍艦隊がボストンを出発して二日目の事だった。
統合作戦司令部の分析官が言った。
「エウロパ・ポリス軍はこちらの予測を外れて、北海から南進して地中海へ向かいました。このまま艦隊がロンドンに着くころには、北海にエウロパ軍はいないでしょう」
艦長は熟慮した。
「ということは、我々は進路を変えなければならない。ロンドンからジブラルタル海峡へ向かうということでよろしいかな?」
「はい。お願いします」
この決断により、エウロパ軍を地中海で迎え撃つために艦隊の進路は大きく変わった。このことは全乗組員に伝えられた。
レイモンドがセリーナを呼び止めた。
「セリーナ、今の話……」
「そう、状況が動いたみたいね。敵は大西洋に出る気がない。確実に給水できる地中海を選んだわけね」
「でも、簡単に包囲できるはずだ」
「まだ地球連合軍はまだ連携がとれていない。アフリカの軍とは協調できていないから、そこを突かれた」
「それにジブラルタル海峡を抜けて地中海へ入ったら、そのまま南進して逃げられる可能性もある。どう見ても悪手だ」
「心配しないで。それは私達でなんとかできる」
本当かな、とレイモンドは呟いた。
セリーナは海の向こうを見ていた。
「装備を見に行こう」
とセリーナは言って格納庫に向かった。レイモンドはそれについていった。
格納庫にはガンナー用の装備が並べられていた。前に使った実験用の対戦車ライフル、白兵戦用ブレード、ガトリング砲などだ。どれもピカピカに磨き上げられていた。格納庫はさながら機械工場だった。金属の音があちこちで聞こえた。セリーナは耳を押さえて言った。
「これだけの武器を使えるのだ。私達だってやれる、でしょう?」
「負ける気はないです。でもあいつを殺せるか。自信がないです」
「あいつって?」
「友達だったんだ。アルフォンスとは」
「木星にいたときの友達かい?」
レイモンドは頷いた。
「俺たちが再会したのは戦場でした」
「そっか。辛いね」
セリーナはレイモンドの背中をさすった。レイモンドはアルフォンスのことを初めて口にした。そしてレイモンドは嗚咽を漏らした。
「……どうすればいい?」
「ほんと、どうすればいいのだろうね」
セリーナはレイモンドに寄り添った。遠くに波の音が聞こえていた。
地球連合軍艦隊はジブラルタル海峡を越えて、地中海に着いた。そこにはエウロパ・ポリス軍艦隊がいた。地球連合軍艦隊はエウロパ・ポリス軍艦隊に肉薄した。そして戦闘が始まった。両陣営のガンナーが出撃した。
「前衛、私とレイモンド。後衛、アーサーとダン。セリーナ・トレベヴィチ、ファイアースターター改、出撃する」
黒いガンナーが軍艦から飛び出した。続いてレイモンドが言った。
「レイモンド・ヴィンソン、出撃する」
「アーサー・S・クラーク、出撃する」
「ダ……。出撃する」
三機のガンナーが黒いガンナーに続いた。白いガンナーが黒いガンナーに追いつくと、セリーナが言った。
「敵機、来るぞ。警戒を怠るな」
向こうからエウロパ・ポリス軍の赤いガンナー隊が飛んできた。すぐさま上を取った。手加減のない射撃がトレベヴィチ班を襲った。セリーナ、レイモンドらはすぐにそれを躱した。そして反撃に出た。相手は後退しつつも射撃を止めなかった。腕に自信があると見える。
戦闘中でありながら、レイモンドは別のことを考えていた。アルフォンスの乗る五番機はどこだ?
アーサーが言った。
「レイモンド、ぼさっとするな。今は戦闘中だぞ」
「分かっている。でも……」
「私情を挟むな。ここは戦場だ」
とセリーナ。
レイモンドは迷いを断ち切った。冷静になり、銃を構えた。そして照準を敵のガンナーに合わせる。肩に振ってある番号は三だった。
「違う、お前じゃない」
そしてレイモンドは敵の肩を銃で撃ちぬいた。敵のガンナーは銃を構えられなくなり、アーサーとダンの機関銃によって蜂の巣にされた。そのガンナーは煙を吹いて墜落していった。
また別の赤いガンナーが次から次へと迫ってきた。機体性能は互角だが、パイロットの腕はレイモンドとセリーナの方が上であった。赤いガンナーは撤退していった。後衛にいたアーサーがそれを誉めそやした。
「圧勝じゃないですか!」
一時、皆の緊張がほぐれた。
「あれ……?」
一瞬の事だった。アーサーのガンナーの片足がちぎり取られていた。
「敵……? どこからっ……」
とセリーナが言った。
赤いガンナーが黒いガンナーの背後に迫っていた。その赤いガンナーは黒いガンナーを蹴り飛ばした。
「くっ……」
赤いガンナーは目にもとまらぬ速さだった。レイモンドはかろうじて番号を確認した。その番号は五。
「アルフォンス・ヴァルノウ!」
そしてレイモンドは木星圏通信チャンネルを開いた。
「アルフォンス、聞こえるか? アルフォンス……」
アルフォンスは答えない。赤いガンナーの爪が白いガンナーを襲った。
「アルフォンス!」
「……私を、惑わすな!」
レイモンドはアルフォンスの猛攻を躱しながら言った。
「こんな戦争、馬鹿げている。やめよう」
アルフォンスは止まらなかった。レイモンドの言葉は届かなかった。
「レイ、ここで終わりだ!」
赤いガンナーの爪が白いガンナーに届こうとした時、緑色のガンナーが赤いガンナーを射撃した。それを躱して赤いガンナーは距離をとった。
「レイモンド。話が通じないなら、こうするしかない」
とダンが言った。
「勝つしか方法がないっていうのですか?」
「そうだ」
セリーナが尋ねた。
「アーサー、まだいける?」
「バランスはとれています。でも戦闘は難しいな」
「そう、なら無理せずに着艦して」
アーサーのガンナーは向こうへ飛んでいった。
セリーナが言った。
「ダンは後方支援。レイモンド、もう迷わないで。私達はチームなのだから」
ついてこい、とセリーナはレイモンドに合図した。
「赤いガンナーの癖って、ある?」
「難しいですね。必ず左手から攻撃をすることでしょうか」
「それで充分。私が引きつける。あと頼む」
黒いガンナーが赤いガンナーに向かっていった。赤いガンナーは左腕を伸ばしてきた。黒いガンナーはそれを防御した。続いてレイモンドが射撃した。弾は貫通しなかったが赤いガンナーに傷がついた。
「よし、これならっ」
黒いガンナーは赤いガンナーに蹴りを食らわせた。
「お返しだ」
赤いガンナーは一瞬よろめいた。
レイモンドは思った。あと一撃さえ通れば、勝てる。
その時だった。上から銃弾が降り注いだ。赤いガンナーに増援が来たのだ。
「アル、大丈夫か?」
とイーヴォが叫んだ。
「ああ。少し危なかった」
イーヴォのガンナーとレイモンドのガンナーがすれ違った。レイモンドはそのガンナーに攻撃するのを躊躇った。
「レイモンド、何している?」
ダンが銃を構えたが遅すぎた。イーヴォはダンのガンナーに向かって射撃した。全弾が命中した。
「ダン!」
「大丈夫だ。やられてない」
レイモンドはほっとした。すると視界からアルフォンスの赤いガンナーが消えていた。
「アルフォンス……どこに?」
信じられない速さだった。アルフォンスのガンナーは黒いガンナーをすり抜けて、白いガンナーの視界から消えて、ダンのガンナーの腕を引きちぎろうとしていた。
「くそ……こいつぅ!」
ダンは必死で抵抗した。
「弱い者は戦場にふさわしくないぞ」
とアルフォンス。
レイモンドも自らのガンナーの出力を全開にした。
イーヴォが言った。
「速い。アルフォンス、そっち行ったぞ」
白いガンナーが赤いガンナーの後ろにとりついた。
「この距離なら!」
レイモンドは銃の引き金を引いた。




