Sequence6 北海強奪
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レイモンドはセリーナの動きに変化を感じていた。攻撃もなかなか通らなかった。セリーナの攻勢は続いた。レイモンドは少しでも相手に隙があればそれを叩くつもりでいた。だが、セリーナには隙がなく攻めかかることはできなかった。
セリーナが突っ込んできた。それはとても速かった。コックピットに衝撃が走った。
やられた、とレイモンドは思った。
レイモンドのガンナーは後ろに倒れこんだ。セリーナのガンナーはそれでも容赦なく殴ってきた。
「それまで!」
レイモンドは負けた。ガンナーから降りると、セリーナが手を差し出してきた。レイモンドはそれを掴んで握手した。
「完敗です」
「ありがとう。試合を受けてくれて」
セリーナは微笑んで言った。
「トレベヴィチ大尉!」
遠くからセリーナの上官が彼女を呼んでいた。セリーナはそれに答えて、向こうへ走っていった。
セリーナが戻ってきて、そこにいたレイモンドと隊員たちに言った。
「今度、エウロパ製のガンナーで組織された新しい班が出来ることになったのだけれど、その指揮官に私が任命された」
隊員の一人が言った。
「良かったじゃないですか」
セリーナは表情を歪めた。
「私はノーと言った。理由は、まだ私はエウロパ製のガンナーを完璧に使いこなせないから」
「セリーナなら大丈夫でしょう? 中隊の指揮だってこなしていたじゃないですか」
と別の隊員が言った。
「それは地球製ガンナーの話。どうしよう? 自信がない」
「簡単ですよ。そんなの」
とレイモンド。
「君は子どもだからそんなことが言える。責任を背負ったことがないから! 孤児で不良で闘うことだけが取り柄だった。こんなことは初めて。自信がないなんて」
「俺たちはセリーナのこと、信頼しています。きっと新設の班でも同じことをしていけばいいのだと思います」
と別の隊員が言った。
「分かった。ガンナーの操縦だってうまくやってみせる。この隊でやってきたことを信じるよ」
セリーナの言葉を皆は受け入れた。
通称トレベヴィチ班が結成された。そしてレイモンドはそこに配属された。残りのメンバーはアメリカ、ヨーロッパの精鋭達からテストで選ばれることになった。
アメリカの基地は一時、賑やかになった。レイモンドはこの雰囲気が少し苦手でもあった。パイロット候補生時代を思い出すからだ。自分から遠ざかり様子を見ていた。
日程の中で様々なテストが行われた。しかしどれも決め手ではなかった。決め手になるのはやはりガンナーの操縦の腕だった。
レイモンドがエウロパ製のガンナーに乗り込むと、候補生のガンナーと向かい合った。最初は地球製のガンナーで模擬戦を行った。皆、手慣れており及第点が多かった。この段階ではまだ決め手にならない。次の段階が大事だった。エウロパ製のガンナーとの相性、それを見極めなければならなかった。
レイモンドとセリーナは候補生達と模擬戦を行った。結果はほとんどの候補生が勝つことが出来なかった。
レイモンドは候補生達の動きをよく観察していた。突出して技術が高い者はいなかった。初めて乗ったエウロパ製のガンナーをうまく乗りこなせる者など想定していない。
レイモンドは自分もかつてそうだったと思った。初めてガンナーに乗ったときは全く使い物にならなかった。そうだったのにどうして教官は俺のことを推してくれたのか? 何かが突出して出来たわけじゃなかった。俺は俺の出来ることを淡々とこなしていただけだ。エリートなどでは決してなかった。でも同期のエリートパイロットと肩を並べることが出来た。
レイモンドは教官の言葉を思い出した。お前は柔軟なところがいい、と言ってくれた。
そうか、とレイモンドは呟いた。
レイモンドは候補生の中から二人の名前を呼んだ。
「アーサー・S・クラーク、ダン・ブランシュ! もう一度乗ってくれないか?」
アーサーとダンはそれに応えた。
どうしてこの二人なのだろう? とレイモンドは自らに問いかけた。アーサーは明らかにガンナーの出力に耐えきれていないし、ダンは出力をかけ過ぎだ。欠点だらけなのは否めない。そうか、この二人はエウロパ製のガンナーを怖がっていないのだ。思いっきりガンナーと対話しているのだ。アーサーはガンナーの出力を体で理解できればいいし、ダンは頭で力を抑制すればいいはずだ。その伸びしろは彼らにはありそうだ。
「アーサー、君は力を身体で支配してみて。ダンは頭を使って力を抑えてみてくれ」
「了解!」
レイモンドの助言で二人の動きはずっと良くなった。
この二人で正解だとレイモンドは思った。
グラウンドに新しい風が吹いていた。
そこは森の中だった。
銃声が辺りに響いた。続いてガンナーの駆動音が聞こえた。レイモンドの乗る白いガンナーが木々の間から姿を現した。そこに向かってセリーナの乗る黒いガンナーが射撃した。弾は命中しなかった。黒いガンナーの後ろにはダンの乗る緑色のガンナーが控えていた。緑色のガンナーも白いガンナーに向けて発砲した。しかし命中はせず、返り討ちに遭った。脚にペイント弾の痕がついた。緑色のガンナーは停止した。
白いガンナーに続いて、別の緑色のガンナーが林から出てきた。素早い身のこなしだった。アーサーの乗る機体だ。林から出てきたところを黒いガンナーに狙い撃ちにされた。緑色のガンナーの頭部にペイント弾が命中した。アーサーもガンナーを停止させた。
レイモンドとセリーナの一騎打ちになった。二人は走る銃座のようだった。激しい攻防が続いた。白いガンナーにはペイント弾の痕は付かなかった。黒いガンナーは次第に押されていった。
セリーナは息を切らした。
黒いガンナーは銃をしまい、ナイフを取り出した。格闘戦に切り替えるつもりだ。レイモンドはそれを察知して射撃で牽制した。
「自由にさせないつもり?」
とセリーナは言った。
停止した二機の緑色のガンナーから、アーサーとダンがその様子を見つめていた。
「ハイレベルな戦いだ」
「うむ」
訓練は終わった。
早々に敗れたアーサーとダンは罰として機体の掃除を命令された。モップを片手にアーサーが呟いた。
「俺たち、ここでやっていけるのかな?」
ダンは答えなかった。
機体からレイモンドが降りてきて言った。
「実戦はもうすぐです。基本的な動きはマスターしてください。不安に思っている時間ほど無駄なものはない、です」
アーサーが反発した。
「君は順応性に長けているから……まだ俺たちコレに乗って数日なのです。不安に思って当然でしょ」
「でも隊長は数時間で慣れましたよ」
「ああ言えばこう言う! 君はまだ子どもだな」
レイモンドは自分の言動を恥じた。
「すみません、でもコイツには慣れてもらうしかないのです」
だから、頼みますとはレイモンドは言えなかった。そして自分はまだ子どもだと痛感した。
ヨーロッパのエウロパ・ポリス軍は北海に集結していた。そして作業員たちが海底に柱を埋設した。柱を何本も立てて、空から見ると数百キロメートルの直径をもつ円の形になるようにした。その作業が終わると、オペレイター達が慌ただしくしていた。オペレイターの一人が言った。
「ゲイト、開放します」
円の中心が光ったかと思うと、水面が激しく波立った。そして渦を巻いていた。
ユルゲン・ハーフェルとオペレイター達は安堵のため息を漏らした。オペレイターが言った。
「成功ですね」
「ああ」
とユルゲン。ユルゲンらは遠い星に思いを馳せた。
これで我々の願いも成就する、とユルゲンは思った。
そこは地球やエウロパ・ポリスから遠い惑星だった。そこにも柱が立っていた。その柱は北海の柱とリンクさせてあった。ゲイトと呼ばれる門が開き、海水が噴き出した。そこに小さな池が出来た。そして次第に池は広がり、湖が出来た。さらに水位が上がっていった。
「転送、順調にいっています」
「このまま続けろ」
ユルゲンは命令した。
ユルゲンらの乗る軍艦の上を地球軍の哨戒機が飛んでいった。
「撃ち落としますか?」
「いいや、地球軍の上層部にも見せてやれ」
ユルゲンは勝ち誇っていた。
地球軍の哨戒機は北海の写真を撮った。
人口増加によってエウロパ・ポリスは人々を移民できる土地を探していた。好条件の惑星を発見したのが五年前のことだった。しかしその惑星は見渡す限り荒野が広がる土地だった。その土地をテラフォーミングするには大量の水が必要だった。
地球への宣戦布告は王女のことなど口実に過ぎなかった。確保すべきなのは地球にある大量の水だった。
やがて遠い惑星にも海が出来ていた。まだまだ浅い海だったがエウロパ・ポリスにとっては一筋の光明だった。荒野の上に足跡が残っていたが、水によって崩れて無くなっていった。
北海の水位は徐々に下がっていった。北海に大きな穴が穿たれたのはこれより少し先のことになる。
ラウル・モンブラン司令長官は写真を受け取った。それは地球軍の哨戒機が撮ってきたものだった。北海に集まる敵の軍艦が写っていた。
ラウルは言った。
「今になって海上封鎖か? ヨーロッパの本隊が脱出した後で。なんと間抜けな」
それを分析官が否定した。
「その可能性はないと思います。この写真を解析すると、敵軍は海に何かを建てていました。それ以外はこの光、全くもって理解できません」
ラウルは疑問を投げかけた。
「北海と言えば何がある?」
「……敵軍が欲するものと言えばエネルギー、北海油田でしょうか」
「そうだ。戦争には潤沢なエネルギーが必要だ」
「確かに。そう考えれば辻褄は合います」
「このまま戦争を続けていれば我々の勝利の日も近い」
とラウルは推測した。
「ラウル司令長官!」
と分析官の一人が叫んだ。
「何だ?」
分析官がモニターに映像をまわした。
「これは二十四時間以内の北海の衛星画像です」
北海に穴が開いていた。ラウルたちはそれを見て愕然とした。
「これは一体?」
と分析官。
「北海の海水が無くなってしまったのか?」
「奴らの狙いは水だった」
「しかしどうやって?」
分析官たちは各々で議論し始めた。そこには悲観的な声もあった。ラウルが大きな声で言った。
「我々の予想が外れただけだ。気を確かに持て」
分析官の一人が言った。
「これは推測ですが、敵軍が建てていたもの、それは大規模な転送装置だったようです」
ラウルが言った。
「しかしどうして水が必要なのだ?」
「子どもの頃、SF映画で見たことがあります。テラフォーミングには大量の水が必要なのです」
「エウロパ・ポリスはコロニーに過ぎない。まさか彼らは惑星へ移住を計画しているのか? ふむ」
「それが今回の戦争の目的だったということですか?」
ラウルは黙考した。敵軍の狙いは海水だった。今回は実験に過ぎないだろう。そうだったとして、この先の防衛計画を練らなければならない。大西洋、インド洋、太平洋、北極海、守るべきところが広すぎる。
北海の穴は深くなっていった。統合作戦司令部はなすすべがなかった。




