Sequence5 偽物と本物
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ヒロ・トネガワとアンネリーゼに似せて作られた少女は、エウロパ・ポリス軍の母船にシャトルで向かっていた。シャトルの中でヒロが言った。
「緊張してない?」
少女は答えた。
「大丈夫。私はアンネリーゼ・バルトです」
「そう……あ、そうだ」
ヒロはポケットをまさぐった。そして掴んだ箱を少女に渡した。
「これは?」
「アンネリーゼ本人の私物。とはいえレプリカだけど」
少女は箱を開けて、中の物を首にかけた。
そして手鏡を見た。綺麗、と少女は思った。私はこれでアンネリーゼ・バルトにさらに近づける。
シャトルがエウロパ・ポリス軍の母船にドッキングすると二人は中に入った。
「ようこそ」
とエウロパ・ポリス軍の最高司令官ウィルヘルムが言った。そしてウィルヘルムは驚きながら言った。
「アンネリーゼ様、よくぞご無事で」
「挨拶はいい」
と少女ははっきりと言った。少女は事の顛末をよく知っていたからだ。
「さぁ、交渉を始めましょう」
ウィルヘルム、ヒロと少女は交渉のテーブルについた。ヒロが始めた。
「僕はヒロ・トネガワ。地球の対エウロパ・ポリス交渉局から来ました。今回は交渉に応じていただきありがとうございます。単刀直入に申し上げます。地球側としては宣戦布告を撤回してほしい。こうしてアンネリーゼ様がご無事だったわけですし」
ウィルヘルムは興味深そうにそれを聴いていた。
「私がこうして生きている以上、地球への進軍は取りやめて欲しい」
それを聴いてウィルヘルムは静かに言った。
「しかし、この戦争は交渉でどうこう出来る段階をとうに超えたよ。悪いがトネガワ君、今回の交渉はなかったことにしてくれないか。それに私は確かめなくてはいけないことがある。アンネリーゼ様、少し失礼いたします」
そう言ってウィルヘルムは少女の首にかかっている物を掴んだ。
「これは偽物のようだな。よく出来ている。君はアンネリーゼ・バルトではないな?」
「……違います。私はアンネリーゼ・バルトです」
少女は堅持した。
ウィルヘルムは少女の瞳を覗き込んだ。
「これもよく出来ている。クローンか? にしてもアンネリーゼ様そっくりだ。トネガワ君、茶番はこれで終わりだ。おい、お前たち。この二人を捕えておけ」
ウィルヘルムは笑っていた。歪な笑顔だった。
拘束されながら少女は呟いた。
「私はアンネリーゼ・バルト……」
地球側とエウロパ・ポリスとの交渉は決裂した。開戦からおおよそ十二か月後のことだった。
アルフォンス達の奇襲作戦は上手くいった。しかし、続々と集まってくる地球軍勢力によって徐々に押され始めた。地球軍の兵士達はクエレブレ基地が陥落しても諦めなかった。さらに良くなかったのはレイモンドのガンナーの対戦車ライフルだった。エウロパ・ポリス軍のガンナーは一機、また一機と落とされた。
「アル、このままじゃ」
イーヴォが喘いだ。
「持たないか……」
アルフォンスは考えた。レイモンドさえここにいなければ奇襲は容易かった。
そんなときだった。
「こちらブリ―ゲル。クエレブレ基地破壊に成功した。ガンナー隊は合流ポイントへ向かえ」
アルフォンス達はそこから飛び去って行った。
地球軍にとって悪夢のような一日はこうして終わった。
ヨーロッパにおけるエウロパ・ポリス軍の侵攻は地球軍の敗北に終わった。クエレブレ基地陥落は大きな衝撃を統合作戦司令部に与えた。しかし地球軍にも見るべきところはあった。実験兵器の投入により、撃墜不可能とされた敵軍のガンナーを五機撃墜した。そのガンナーは鹵獲された。そしてパイロットを一人捕虜とした。しかし敵軍の動向は未だ掴めていない。
宣戦布告から一日、ヨーロッパでは36都市が壊滅した。人命救助にあてる人員を残して地球軍の本隊はアメリカへ脱出することが提案された。
レイモンドは軍の制服を着こむと、自分が軍人になったことに自覚的になった。軍に入ってレイモンドはある噂を耳にした。アンネリーゼ・バルトは生きている、と。
幸い本隊のアメリカ脱出まで時間があった。レイモンドは噂を確かめるために軍の中で情報を集めた。
直属の上司であるブライアン・ラーセンにもそのことを聞いてみた。しかしブライアンは何も知らないようだった。ブライアンはレイモンドの肩を叩いた。
「あまり深入りするなよ」
レイモンドは諦めが悪かった。レイモンドはヨーロッパ中の地球軍基地を回ることにした。とはいえ、回れるのは三つだけだ。アジ・ダハーカ基地、ガルグイユ基地、リントヴルム基地だ。
アンネリーゼが事故にあった場所はリントヴルム基地が一番近かった。レイモンドはそこへ向かった。
夜になっていた。基地は山の中にあった。
カードを通して中に入った。オフィスでは職員たちが忙しそうに働いていた。基地の職員に尋ねた。
「アンネリーゼ・バルトを探している」
その職員の顔が変わった。当たりだ。
「どうしてそれを知っている?」
「噂を聞いてきた。その件を知っている人と話がしたい」
とレイモンドが説明すると職員は携帯端末で連絡を取り始めた。通話が終わると職員が言った。
「向こうの部屋で担当の職員が待っています。詳しくはそこで」
部屋に入ると白髪の職員が座っていた。
「アンネリーゼの件で来たのか?」
「はい」
「これは秘匿案件だ。君には関係ない」
レイモンドは心を決めて言った。
「彼女は友達なんだ。死んだと聞いてショックだった。でも生きているっていうなら会いたい。お願いだ」
「君は木星人なのか?」
と職員は言った。
「はい。俺は子どもの時にエウロパ・ポリスにいました」
「そうか」
職員は熟慮した。
「いいだろう。会ってみろ。彼女の心を解きほぐせるのは、君しかいない」
職員はレイモンドを小さな部屋に案内した。そこにアンネリーゼはいた。
「アン」
アンネリーゼはその声に答えた。
「レイ? どうしてここに?」
「君を探しに来た」
それは数年ぶりの再会だった。暗闇の中でお互いの顔は見えなかったが、存在だけは確かめられた。
「会いに来てくれてありがとう、レイ」
二人は喜びで一杯になった。そして抱き合った。
港にはヨーロッパから脱出してきた軍艦が停泊していた。それを眺めながら、セリーナ・トレベヴィチはヨーロッパの地球軍をなじった。
「負け犬ども」
アメリカのワシントンD.C.は世界で唯一、エウロパ・ポリス侵攻を防いだ都市だった。そのことにセリーナは誇りを持っていた。
ワシントンD.C.は三基のレールガンが都市防衛の要だった。そしてよく訓練されたガンナー部隊。すべてが洗練されていた。
セリーナはガンナー部隊の隊長だった。ガンナーの操縦に長けていた。だからヨーロッパの軍が奪ったガンナーで戦ったなんて信じられなかった。それこそ、嘲笑の的になる、とセリーナは感じていた。セリーナはヨーロッパの軍隊を見下していた。
ヨーロッパの軍隊がアメリカに来て五日ほどで、共同の軍事訓練が行われた。セリーナは初めてヨーロッパのガンナーパイロットの顔ぶれを見た。
子どもが混じっているじゃない、とセリーナは思った。
セリーナは言った。
「こんな子どもと私たちが戦えるわけがないじゃない。馬鹿にしているの?」
ブライアン・ラーセンが説明した。
「彼はエウロパ・ポリスでは優秀なパイロットだった。戦いに関してはプロ並みだ」
セリーナは信じていない。しかしセリーナはさっぱりと言った。
「戦ってみれば分かるでしょう」
用意されていたのは地球製ガンナーだった。武装は最低限だった。
セリーナは意気込んで言った。
「私のファイアースターターで叩きのめしてやる」
レイモンドはコックピットに静かに乗り込んだ。
二機のガンナーが向かい合った。先手を取ったのはセリーナだった。ナイフで切りかかってきた。それをレイモンドのガンナーは躱した。レイモンドのガンナーは少し下がって反撃の糸口を探った。けれど無駄だった。セリーナは素早く次の攻撃を仕掛けてきた。
「逃げてばっかりじゃ勝てないよ!」
セリーナはタックルでレイモンドのガンナーを倒した。
「やっぱり子どもは子どもじゃない。こんな子に助けられてヨーロッパ軍はどうかしているわ。次!」
共同訓練は終わった。その時、ブライアンはある連絡を受けた。そして言った。
「一週間後、共同訓練を行う見通しが立った。そのときはよろしく頼む」
セリーナは増長して言った。
「また子どもと訓練をやらせる気? もう勝負はついていると思うけど」
一週間後、セリーナは港にいた。ヨーロッパから運ばれてきた物を見るためだった。それはエウロパ・ポリスのガンナーだった。アメリカの基地に運ぶらしい。
「上は何を考えているの?」
共同訓練が再び始まった。そのときセリーナはエウロパ・ポリスのガンナーに乗った。相手はまた子ども――レイモンドだった。
レイモンドのガンナーとセリーナのガンナーはじっと睨み合った。最初に攻めかかったのはレイモンドだった。素早く手刀で攻撃した。セリーナはそれを簡単に見切った。そして後ろに飛び退いた。着地するとセリーナは蹲った。そこにレイモンドは追い打ちをかけた。またしてもセリーナはガンナーを回避させた。
「何、このガンナー……?」
セリーナは不審がった。ガンナーはイメージ通りに動くのだが、それがイメージ通りにいきすぎる。身体が羽根のように軽い。ガンナーに乗っていないみたいだ。
セリーナの視界からレイモンドのガンナーが消えた。
レイモンドのガンナーは跳躍して、セリーナのガンナーの腹を蹴った。コックピットに走る衝撃は強かった。後ろに追いやられたセリーナのガンナーはしゃがみこんだ。身体に染みついた動作もままならない。
「地球製だったら、こんな……!」
セリーナのガンナーは上体を起こし反撃に出た。しかしレイモンドはそれを冷静に見切り、ガンナーの頭部を殴った。
カメラにノイズが混じった。
「……機体ポテンシャルが高すぎる」
セリーナはそう呟いた。セリーナは思考を巡らせた。だとすればどうすればいいか?簡単だ。
「パワーならっ!」
セリーナは低い姿勢でタックルを仕掛けた。レイモンドのガンナーの腰を掴んだ。二機のガンナーの力比べが始まった。力は拮抗していた。金属の擦れ合う音が辺りに響いた。
見ていた者たちは息をのんだ。
ところが、ガンナーがフワッと宙に浮いた。
セリーナは思った。何? この挙動は……。
木星圏の重力、それは地球の二倍だと言われる。エウロパ製のガンナーはその厳しい重力に耐えるため地球製のガンナーより出力が強いが、その出力を常時出せるわけではなかった。ウィークポイントが必ず存在する。レイモンドはそれを知っていた。これに備えてレイモンドは出力を弱くした。そしてすぐに粘るように出力を上げていく。
セリーナのガンナーの出力はガクン、と下がった。そしてレイモンドのガンナーに組み伏せられた。
「そこまで!」
とブライアンが言った。勝負はついたのだ。
その晩は歓迎会だった。皆は食堂に集まって、楽しく話したり、ビールを飲んだりした。レイモンドはセリーナがいないことに気づいた。そして尋ねた。
「セリーナはどこにいるのですか?」
隊員は気まずそうに答えた。
「隊長は、その……たぶんグラウンドです。今日の負けがショックだったのでしょう。あれからずっとガンナーに乗り込んで訓練していますよ」
酔っぱらったブライアンに話を通したレイモンドは食堂から出ていった。廊下に出ると夜風が心地よかった。そしてどこからか、ガンナーの駆動音がした。グラウンドの方を見遣ると、セリーナのガンナーの動きは流れるようであった。
確かにこれはすごい、とレイモンドは思った。セリーナのガンナーの技術は本物だ。だからガンナーが変わったくらいで乗りこなせなくなるわけはない。たった数時間でここまで乗りこなせるようになるなんて驚きだ。
レイモンドは黙ってその訓練を見続けた。
ガンナーが停止し、セリーナが降りてくるとレイモンドと視線が合った。セリーナは髪をかき上げてそっぽを向いた。レイモンドも声はかけなかった。
レイモンドは歓迎会に戻ることにした。帰るとブライアンがうとうとしていた。
「……レイ、今までどこへ行っていたんだ?」
「さっき話した通りです。ブライアンさん、酔っぱらっているじゃないですか」
「へへへ。飲み過ぎた……」
レイモンドはブライアンを介抱した。ブライアンを部屋まで連れて行くことにした。エレベーターに乗ろうとした時、セリーナと一緒になった。その時、セリーナは言った。
「明日、私とガンナーで勝負して。もちろんエウロパ製で。今度は負けない」
レイモンドがはいと答える前にセリーナはエレベーターから降りていった。
もちろんやってやるさ、とレイモンドは思った。
夜が明けた。
グラウンドに二機のエウロパ製のガンナーが対峙していた。そして間合いを詰めていった。二機のガンナーは素早く動いた。そしてシンクロしたように一緒に攻撃に出た。レイモンドのガンナーがよろめいた。しかしすぐに姿勢を戻した。




