Sequence4 交渉
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アンネリーゼが店を出ると、ヘリコプターが待機していた。軍人に指示され、アンネリーゼはヘリに乗った。闇の中をヘリコプターは飛んでいった。アンネリーゼは視線を落とし、じっと耐えていた。無線機から声がして、軍人がそれに答えていた。
私はこれからどこへ行くのだろう、とアンネリーゼは思った。アンネリーゼは不安だった。
ヘリは地球連合軍リントヴルム基地へ着陸した。アンネリーゼがヘリから降りると、冷たい風が吹いていた。
アンネリーゼは軍人によって取り調べ室へ連れていかれた。軍人はアンネリーゼの前に座ると、こう言った。
「今回の戦争の首謀者は君か?」
アンネリーゼは開いた口が塞がらなかった。
「私が? ありえません」
軍人はこう言った。
「敵は君が死んだから宣戦布告をしてきた。だが、君が全ての首謀者だというなら? 君はエウロパ・ポリス軍と結託しているのではないかね? こうして君が無事生きていることが何よりの証拠だ」
アンネリーゼは言いがかりも甚だしいと思った。そして反論した。
「私はエウロパ・ポリス側の人間に殺されかけたのです。決して結託などしていません」
軍人はアンネリーゼの言葉を無視した。
「まぁいい。君にはエウロパ・ポリスに帰ってもらうのがいいだろう。それでこの馬鹿な戦争は終わる」
アンネリーゼは承服しかねた。涙を堪えることができない。
「私はエウロパ・ポリスに帰れば殺される……」
軍人はそれに耳を傾けなかった。そして軍人は取調室から出ていった。アンネリーゼは一人になった。
またキーが明滅していた。アンネリーゼは願った。助けて、と。アンネリーゼはその場から消えた。
そこは森の中だった。リントヴルム基地の裏の森の中にアンネリーゼはいた。逃げなければとアンネリーゼは思った。暗い森の中を彼女は走った。途中でヒールが折れても、それに構わずアンネリーゼは走り続けた。その先に柵があった。
「そんな……」
もう逃げられないとアンネリーゼは思った。かたくキーを握りしめた。私なら超えられるとアンネリーゼは信じた。
「そこまでだ!」
軍人が背後から言った。銃を突きつけられていた。遠くの基地では警報が鳴り響いていた。彼女には極小型のドローンが仕掛けられていた。それが早く見つかってしまった原因のようだ。
アンネリーゼは持ち物を全て没収され、牢に入れられた。殺風景な部屋だった。彼女は帰りたいと思った。頭の中ではアルフォンスの横顔が浮かんでいた。
地球連合軍統合作戦司令部のラウル・モンブラン司令長官は開戦から30分の間、モニターを苦々しい顔で見つめていた。状況報告では世界49都市が壊滅、そのうちヨーロッパの都市は36都市が壊滅したという。こうした被害状況にあって、どこに戦力を集中すべきか、司令長官は悩んでいた。
「都市に向かった部隊はどうなった」
「先ほど、連絡が途絶。全滅したと考えられます」
敵戦力は強力だった。じりじりと友軍の兵士が死にゆくさまを黙ってみていろというのか? と司令長官は思った。
オペレイターが言った。
「クエレブレ基地から報告。エウロパ・ポリス軍のガンナーを一機、奪取に成功、とのこと」
「何?」
司令長官は疑問を投げかけた。
「報告では民間人が操縦している、と」
司令長官は思考を巡らせた。クエレブレ基地に残存勢力を集結させたらどうか、そしてクエレブレ基地から援軍をその奪ったガンナーの元に送れば、エウロパ・ポリス軍に反撃できる。敵は散らばっている。上手くいけば大穴を開けることも可能だ。
「わかった。クエレブレ基地の部隊及びヨーロッパの残存勢力をそこに集中させる。そこをヨーロッパ戦線の拠点にする」
数分の事だった。クエレブレ基地からレイモンド・ヴィンソンの戦う場所へ援軍が送られた。
夜に向けて、ぞくぞくとヨーロッパの味方の残存勢力がそこへ派遣された。その模様を司令長官は満足げに見ていた。日が暮れていった。
電話が鳴った。受話器を取ったオペレイターが驚いて叫んだ。
「何だって?」
「どうした?」
とラウル司令長官。
「ラウル司令、リントヴルム基地から連絡です。行方不明だったアンネリーゼ・バルトを確保した、とのこと」
司令長官は黙考した。そしてひらめいた。もしやこの戦争、早期に解決できるかもしれない。司令長官は電話した。相手は対エウロパ・ポリス交渉局だった。
「ラウル・モンブランだ。交渉官を一人こちらによこしてくれないか?」
「はい。ではヒロ・トネガワを派遣いたします」
「わかった。で、そいつはどんなやつだ?」
「交渉局の変人、と呼ばれています」
司令長官は自分の思いつきに付き合ってくれる相手にヒロ・トネガワは相応しいと思った。司令長官は言った。
「なら、適役だ」
ユルゲン・ハーフェルら4人の艦長はエウロパ・ポリスの作戦司令部と通信した。ユルゲンはこう言った。
「作戦司令部、合流を完了した。進軍は夜にするか明朝にするか、こちらでは決めかねている」
「ヨーロッパ圏の地球軍はクエレブレ基地近くに結集しているようだ。進軍のついては相手の隙をつくのが一番だ。奇襲をかけろ。夜のうちに。そして軍艦でクエレブレ基地を叩け」
と軍の最高司令官ウィルヘルム。
「わかりました」
とユルゲンは言った。ウィルヘルムの部下が報告書に目を通しながら呟いた。
「報告ではガンナーを一機奪取されたようですが……」
「些細なことです。ガンナーを一機奪われたくらいで戦況は変わりません」
と別の艦長が笑って言った。
ウィルヘルムは思った。おそらく地球軍の士気が途絶えなかったのはそれが原因だろう。そしてこう言った。
「反逆者には気をつけろ」
格納庫に戻ったアルフォンスとイーヴォはガンナーの中で待機した。夜になり、出撃命令が下った。闇夜は深く感じられた。アルフォンスの乗るガンナーが離陸した。続いてイーヴォのガンナー。続々と空母のガンナー部隊が離陸した。彼らは低く飛び、冷たい空気を翼で切っていった。ガンナー部隊とキャンプの距離が数キロというところで地球軍の見張りがそれに気づいた。しかし気づくのが遅すぎた。
アルフォンスは目標が見えてくると、照準器でロックした。弾丸が地球軍のキャンプに降り注いだ。悲鳴が辺りに響いた。地球軍キャンプの上空でガンナー部隊が旋回した。次の攻撃が来る。地球軍の対空砲が唸りを上げた。ガンナー数機に着弾した。しかし、撃墜には至らなかった。くるくると回りながら、アルフォンス達は波状攻撃を繰り返した。
地球軍のガンナー部隊が応戦した。しかし弾丸は相手には届かなかった。
もうすぐ相手を無力化できるとアルフォンス達、ガンナーのパイロットは思った。しかし轟音とともに友軍のガンナーが一機、撃ち落された。
「なんだ?」
とアルフォンス。
「狙撃だ」
とイーヴォが言った。
レイモンドのガンナーの対戦車ライフルが火を吹いたのだ。
レイモンドは将校に連れられてテントに入った。将校が話し始めた。
「ヴィンソン君、君のような民間人を戦闘に巻き込んでしまってすまないと思う。君はここから退いた方がいい。これから戦争は激しさを増していくだろう」
「でもあのガンナーはどうするのですか? あれは俺にしか扱えない」
「我々にだってガンナーはある。エウロパ・ポリスのガンナーと対等に戦ってみせるさ」
と将校は諭すように言った。
「俺だって戦いたいわけじゃない。ただ、自分にできることをしたいだけなんです」
将校は困ったような顔をした。
「なら、やってみるか? 厳しい道だぞ」
「もう道で休んでいるのは嫌です」
「よし、いいだろう。ならレイモンド、いやレイ。お前はガンナーの元で待機していろ」
レイモンドはテントから出た。
ガンナーの元に戻るとトレーラーが一台止まっていた。作業員がトレーラーの中から何かを取り出していた。
「それはなんですか?」
とレイモンドは尋ねた。
「装備科の実験用兵器。地球のガンナーじゃ、出力不足でこれは使えないから」
それはガンナー用の対戦車ライフルだった。
「今すぐ、換装するからさ。おい! 二機のガンナーをよこしてくれ」
と作業員は言った。
遠くから風が吹いてきた。
見張りが叫ぶ。
「敵襲! 敵襲!」
間もなく空から轟音がした。レイモンドは遠くにガンナーを目視した。地球軍キャンプは突然の事で混乱していた。
レイモンドはガンナーに乗り込んだ。
「換装まだですか?」
「まだかかる。130秒くれ」
レイモンドは思った。それじゃ、遅すぎる。
地球軍のガンナーが起動すると、空のガンナー相手に応戦した。しかしこちらの弾丸は空には届かなった。対空砲が辛うじて届いたが、撃墜には至らなかった。じりじりと時が過ぎていった。
「換装完了だ」
「わかった。作業員は退避してくれ」
作業員たちは四方に散った。
空の相手に向かってライフルを撃つ。地面が震えた。ガンナーを撃墜した。相手のガンナー部隊は隊形を変えた。
レイモンドは冷静に照準器を見た。
その時だった。遥か上空を軍艦が飛び去って行った。その場にいた地球軍は騒然とした。
レイモンドは相手の意図を悟った。敵軍の狙いはクエレブレ基地だ。他にもそれに気づいた者たちがいた。
レイモンドは軍艦に狙いを定めた。しかし、上空のガンナー達によって阻まれた。
数多の軍艦が地球軍の拠点の上空を飛んでいった。地平線は赤く燃えていた。
地球軍兵士が諦めかけたとき、無線から声がした。
「こちら、クエレブレ基地。ベン・ネビス准将だ。クエレブレ基地は現在、エウロパ・ポリスの軍艦の攻撃を受けている。だが、案ずるな。皆は皆の持ち場でやれることをしろ。戦場はクエレブレ基地ではない。お前たちのいる、そこが前線だ」
補給はなくなった。だが、続々とヨーロッパ圏の残存勢力が集結していた。
アンネリーゼの元へ交渉官がやってきた。短く刈り上げた頭で黒縁メガネをかけていた。そしてグレーのスーツという出で立ちだった。
交渉官はアンネリーゼと握手した。
「僕はヒロ・トネガワ。よろしく」
アンネリーゼは黙ったまま会釈した。地球人に不信感があったので馴れ馴れしくしたくなかった。
「まぁ、リラックスしてくれよ。バルト君。今日から僕らは仕事上のパートナーなのだから」
ヒロは大きな声で言った。
「パートナーって? あなたも私をエウロパ・ポリスにかえすつもりなのでしょう?」
とアンネリーゼは怒って言った。
「確かにエウロパ・ポリスに君をかえせばすべてが上手くいく。あちらの宣戦布告の口実を退けることが出来るからね。でも……」
ヒロの表情をアンネリーゼは読み取れなかった。
何を考えているのだろう、とアンネリーゼは思った。
ヒロは続けた。
「でも、それは僕の主義に反する。だから僕は考えたのさ。君をもう一人用意する。そうすれば上手くいくってね」
アンネリーゼは唖然とした。
「替え玉作戦っていうこと? そんな方法でエウロパ・ポリス側を黙らせられるって考えているの?」
「僕は考えている」
ヒロは自信ありげにアンネリーゼを見た。
「馬鹿馬鹿しい。私が行った方がいいじゃない」
「でも君が行けば100パーセント殺される運命だとしても?」
アンネリーゼは何も言えない。
「なに替え玉と言っても、すぐにバレるような者は用意しないさ。クローンだよ。君に99パーセント近い本人そのもの! こちらで用意するのだ。大丈夫さ。君を殺させやしない」
ヒロはアンネリーゼに笑いかけた。楽観的なその顔はどこか信用できた。
「あなたを信じてもいいの?」
「パートナーだから、当り前さ」
「でも……」
アンネリーゼには心残りがあった。
「ゲイトのキーはどうするの?」
「何だい? それは?」
ヒロは困った顔で言った。
「バルト家に伝わる古代文明の象徴。ゲイトの技術の基盤になっている。彼らが私を生かしておくとしたら、これが狙い……」
ヒロは真剣な顔つきになった。
「それは今どこに?」
「昨日、軍人に没収された」
「分かった。それは僕に任せて。交渉することが僕の仕事だからね」
アンネリーゼとの面会が終わると、ヒロはラウル・モンブラン司令長官にメールを入れた。
重要な案件です。ゲイト技術の基盤となるキーを発見しました
ほどなくして返信が来た。
分かった。それはラボにまわせ




