Sequence2 邂逅
2
アルフォンス・ヴァルノウは遠い日のことを思った。戦争の前のことだった。アンネリーゼとアルフォンスとレイモンド、三人は友達だった。アルフォンスはあの永遠のような日を忘れまいとした。
アンネリーゼが地球に降りたときからすべてが変わってしまった。地球とエウロパ・ポリスとの友好の証としてアンネリーゼは地球に訪問した。彼女はそこでテロに遭った。彼女は死んだのか? とアルフォンスはエウロパ・ポリスで第一報を聞いて思った。エウロパ・ポリスはそれから報復を開始した。それまですべてが何かの思惑に乗せられているようにスムーズに運んだ。アルフォンスもまた軍に所属していた。アルフォンスは何も分からないまま、地球へ向かったことを覚えていた。
狭いガンナーのコックピットの中で、アンネリーゼは生きていると思いたかった。
エウロパ・ポリスのガンナー部隊は地球圏の都市群に降下した。多くの都市は火に飲まれた。人々の命があっという間に失われた。
誰も生きてはいまい。アルフォンスはそう思った。
するとビルの陰から弾丸が飛んできた。アルフォンスは盾でそれを防いだ。地球のガンナー達は統率のとれた動きをしていた。人型機動兵器の扱いにも慣れている。もともとガンナーはエウロパ・ポリス側の技術だったはずだが、地球圏へ研究者が亡命したことを機に地球圏でも運用が始まったという。だが決定的に違うことがあった。
アルフォンスは獣のような速さで相手のガンナーを倒した。移動速度の速さ、エウロパ・ポリスのガンナーの出力は地球側のそれより勝っていた。
アルフォンスはたった一体で一小隊を撃破した。
「こちら、ナイト5。制圧完了」
アルフォンスは報告を入れた。多くの仲間がこの都市一帯を制圧したようだった。アルフォンスは母船が到着するまでそこで待機した。
アルフォンスはコックピットを開けた。初めて吸う地球の空気は焦げ臭かった。そして自分が兵士であることを、この時、初めて実感した。
「知ってる? 地球には雨っていうものがあるって」
アンネリーゼはアルフォンスに向かって言った。
「一億の水の粒が降る……天気のことですよね?」
「そう。私はまだ見たことない。アルフォンスは地球にいた頃、見てない?」
「残念ながら、幼かったので見てはいません」
二人はエウロパ・ポリスの空を眺めた。アルフォンスはアンネリーゼの横顔をいつまでも見ていたいと思った。
「これから私、地球へ行く」
アンネリーゼはそう言った。アルフォンスはそれを見送った。外交は一週間だけだ。またすぐに会える、二人はそう思っていた。
アルフォンスは地球の空気を吸いながら、廃墟と化した都市を見た。全てアルフォンス達がしたことだった。
戦争が始まった。
分かったのはそれだけだった。アンネリーゼは死んだ。そのための戦争だ。アルフォンスはそう思うと、自らを奮い立たせた。もうすぐエウロパ・ポリスの空母が降りてくるだろう。
命令を下さい。
彼女を失ったこの世界から、私を出して下さい。
命令を下さい。
何でもしますから、この痛みと悲しみを消して下さい。
命令を下さい。
アルフォンスは思考をするのを止めた。胸がつぶれてしまうほどの青い空がどこまでも広がっていた。
アルフォンスが待つ廃墟の中へ空母が降りていった。もう数台のガンナーの格納が終わっていた。整備兵の誘導に従って、アルフォンスのガンナーが空母の中に入っていく。全てが済んだとき、すでに夜になっていた。
ロッカールームの中でアルフォンスは携帯食の包みを開けた。携帯食を口に放り込むと、ボソボソとした食感がした。味は薄くて、吐き出しそうだったが無理に飲み込んだ。水を流し込む。食堂で食事は出来なかった。アルフォンスは人間らしい感情を少しばかり失った。アルフォンスは戦争のせいかもしれない、と思った。悲しみがここまで人を変えるとは、その時のアルフォンスは思ってもみなかった。
空母の狭い廊下を歩いて、船室へ向かった。何やら騒がしい。アルフォンスは気づいた。
アルフォンスはブリッジを出入りしている乗員に尋ねた。
「どうかしたのですか?」
「空母カリウスが撃沈したのです」
アルフォンスは驚いた。
艦長が言った。
「この空母はカリウスの乗員救出に向かう。乗員は持ち場で待機せよ」
アルフォンスはガンナーの格納庫に急いだ。
アルフォンスは思った。一体何がカリウスに起こったっていうのだ? 戦力で勝るエウロパ・ポリスの空母が撃沈されるわけがない。
アルフォンスは着替えてから、ガンナーの中で待機した。
沈黙が必要だった。
大丈夫、冷静になれ。鼓動は、ゆっくりになっていった。
格納庫のハッチが開いた。発進の合図が送られると、アルフォンスはガンナーを前に進ませた。カリウスの残骸が足元に広がっていた。そこにはエウロパ・ポリス側のガンナーがいた。アルフォンスは困惑した。一体どうなっている?
「そこの所属不明機……。所属を明らかにしろ」
アルフォンスは叫んだ。
相手は黙っている。アルフォンス達のガンナーはそのガンナーを包囲しようとした。しかし、抵抗にあった。アルフォンスは味方機がいともあっさりと倒されるのを見た。アルフォンスは驚かなかった。エウロパ・ポリスの軍事教練はもっと厳しかったからだ。反撃にあうことなど珍しくない。ガンナー同士の格闘戦になった。アルフォンスはナイフを構え、相手の弱点を切り裂こうとした。相手は素早く身を翻して攻勢に出た。相手のナイフがアルフォンスのガンナーの頭部をかすめた。アルフォンスは重心を低くして相手の懐に入り込んだ。相手のガンナーのコックピットを狙った。コックピットのハッチがはじけ飛ぶ。
浅い、とアルフォンスは思った。
相手は軍服さえ着ていない素人のようだった。カメラで焦点を合わせると、どこかで見知った顔だった。
アルフォンスは愕然とした。レイモンド・ヴィンソン。忘れもしない友達の顔だった。
「レイ! 何故ここにお前が?」
レイモンドは黙っている。しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「この戦争は間違っている」
「もう止められないのだ。彼女は死んでしまったから」
「憎しみではどうにもならない。彼女はそんなこと望んでいない」
会話は平行線だった。
すると、どこからか砲撃の音がした。そして通信があった。
「ナイト5、応答せよ。状況が変化した。地球軍の大部隊がここに来る。至急、空母へ戻れ。繰り返す――」
「くそっ」
アルフォンスは、レイモンドのその時の顔を忘れなかった。そして彼は空母へ戻っていった。
少女は人工子宮の中で目覚めた。
「私……」
意識はおぼろげだった。人工子宮の外では白衣の男たちが話し込んでいた。研究者たちは口々に言う。
「完全に成長するまで十か月はかかります」
「記憶の転写にも二か月は欲しい」
「二か月だって? かかりすぎだ。調整に時間をかけたい。数日ですませろ。記憶は基本的なことだけでいいのだ」
「せめて、アンネリーゼ・バルト本人のデータがあれば」
「泣き言を言うな。これでも八十パーセントは本人に近づけた」
少女は思った。何を言っているのだろう?
一人の研究者は言った。
「十二か月だ。それがこの戦争のリミットになる」
少女は眠った。
少女が次に目覚めたとき、記憶があった。
彼女は思う。私はアンネリーゼ・バルト。エウロパ・ポリスの王女。エウロパ・ポリスの使者として地球に来た。
記憶ははっきりしていた。でもそこには映像としての記憶はなかった。ただ自明なことが頭に浮かんでいるだけだった。
少女が次に起きたとき、自分と同じくらいの背格好の子どもたちと一緒にいた。そこで彼女は遊んだり、会話を楽しんだりした。
研究者たちはそれを満足げに見ていた。彼女の意識が芽生えてから、十二か月が経とうとしていた。
彼女は白いドレスをまとった。そして頭に浮かんだことを口にした。
「私はアンネリーゼ・バルト」
そして、研究者たちと一緒にアンネリーゼの映像を見た。ある一人の研究者は言った。
「これが君だ」
「私は……」
一瞬の迷いが彼女に生じた。
「私は、アンネリーゼ・バルト」
「いいだろう。これで調整は終わりだ」
研究者はそう告げると、拍手した。
「おめでとう。アンネリーゼ。僕らの子よ」
少女は研究所から出ていった。将校が車の前で待っていた。少女は車に乗り込んだ。
少女は思った。これからどこに行くのだろう。自由なところがいいな。
夕日が沈んでいく。東の空の彼方には厚い雲が浮いていた。時折、雷鳴が響いているようだった。車の窓から彼女はそれをぼんやりと見ていた。
私はアンネリーゼ。少女はその言葉だけを胸に抱いていた。
エウロパ・ポリスから離れた小都市、バルト・ポリス。その建都記念式典が開かれた。赤と金の旗がたなびいていた。広場は群衆であふれ、アンネリーゼ・バルトの登場を心待ちにしていた。アンネリーゼが壇上に上がると、歓声が沸き起こった。
アンネリーゼは話を始めた。群衆は静かにそれを聴いている。
アンネリーゼはあの日のことを思い返していた。それはエウロパ・ポリスと地球圏の戦争が始まった日の事だった。
アンネリーゼはシャトルで地球に降り立った。シャトルを降りると車に乗り換えた。運転手は挨拶した。
「今日の運転の担当いたします。クラウスです」
長旅で疲れていた。アンネリーゼは息をつき、言った。
「クラウス。よろしく」
「少し寛いでいってください」
車内のオーディオからクラシック音楽が流れてきた。アンネリーゼは気に入った。車は様々なところを巡った。
今日最後の視察先へ向かう途中、不審な男が車の進路に立ちふさがった。クラウスは車を停めた。男は護衛をはねのけ、ヨタヨタと近づいてきた。
アンネリーゼは男の腹から腰に何かが付いているのを見た。
「あれは何……?」
あれは爆弾だ。頭の隅でそれに気づいた。
「クラウス、車を出して……! クラウス……!」
クラウスは何かブツブツと言っている。
「……これは聖戦だ。これは聖戦だ。これは聖戦だ……」
「クラウス!」
アンネリーゼは悲鳴を上げた。構わず目の前で男が爆ぜた。爆炎が車を包む。しかし、車は持ちこたえた。
アンネリーゼは思った。生きている?
車のボンネットが燃えていた。
「助かったの?」
アンネリーゼは安堵した。しかしその後、目の前が真っ白になった。
アンネリーゼの乗る車が爆発した。空気が振動し、護衛達が吹き飛ばされた。
燃える車の中で、アンネリーゼの持っていたキーが明滅した。
薄れゆく意識の中でアンネリーゼは思った。私、死んだの? そう、死ぬの……。
キーが強く発光した。
彼女が目覚めるとシャトルを降りたところだった。車の前で運転手が挨拶する。
「今日の運転の担当いたします。クラウスです」
アンネリーゼは思った。私はこの車には乗りたくない……! アンネリーゼはその場から逃げ出したくなった。けれど逃げ出すことは出来なかった。
視察は滞りなく続けられた。最後の視察先へ向かう途中、またしても不審な男が近づいてきた。アンネリーゼはこの光景を知っていると思った。男が車に近づいてくる。クラウスが何かブツブツ言っている。そして男が爆発した。爆炎が車を包んだ。そして車のボンネットが燃えている。そして……。次に自分が取るべき行動をアンネリーゼは知っていた。彼女は車から飛び出した。背後で乗っていた車が爆発した。
アンネリーゼは駆けていった。そして誰も居ない場所を目指した。
辺りが曇ってきた。だれかが自分を殺そうとしていることにアンネリーゼは怯えていた。
一時間ほど経っただろうか。空から轟音がした。アンネリーゼはそれに気づいて、空を見上げた。
「……軍のミーティア。どうしてここへ?」
それは隕石のように、地上に降り注いだ。そして町に火柱が上がった。
「何をするの? この地を焼くつもり?」
火災が町を包んでいく。その光景をアンネリーゼはじっと見つめていた。
焼け落ちた町は廃墟と化した。
彼女は頬を濡らしていた。




