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四章 第31話 星合夜空の決断

  「尾道くん……」


  応接室のソファに座った夜空がただ一言、そう呟く。見た限りではどこか憔悴した感じが漂っている。その証拠に名前を呼び終わると、小さなため息を吐いた。

  俺は夜空のその状態を見て、次の言葉が出てこなくなった。夜空が打たれ弱いのは知っているが、ここまで弱っているとは思わなかったのだ。

  それでもなんとかして言葉を捻り出す。あくまでいつも通りに。


  「大丈夫か、夜空」


  「ええ……」

 

  夜空はそれだけ言うが、すぐに俯いてしまう。それこそが大丈夫だと虚勢を張っている証拠だな。

  来るべきか迷ったが、来て正解だとその表情を見て感じた。


  「あなたは確か……なんと言ったかしら? ごめんなさいね、覚えてなくて。顔は覚えているのだけど」


  夜空の対面のソファに座ったまま月子さんはそんなことを訊いてくる。なぜかニコニコ笑顔で。それで煽っているつもりだろうか。俺は名前を忘れられることに関しては慣れっこだぞ。

  だから三ヶ月ぶりになるだろう自己紹介をもう一度する。


  「朝比奈尾道です。お久しぶりです」


  「あっそう。それでなんだけど、あなたどうやってここまで来たの? まさかセキュリティを」


  「破ってはませんよ。カード使いましたから」


  月子さんはぴくっと反応する。誰がそんなことを、と考えている様子だ。

  俺には勿体ぶる趣味はないのでさっさと話すことにする。膳所がそれで何か罰せられようと知ったことじゃない。

  カードをポケットから取り出し、ひらひらと見せつける。


  「膳所ですよ。あいつから貰いました」


  「雪村……?」

 

  月子さんはその答えがどうも解せないようで、首を捻っている。どうやら失望されたことには気づいていないらしい。いいね、それこそ孤独な女王というやつだ。


  「まあ、いいわ。カードで入ったとしても、それはあなたのものじゃない。その時点で不法侵入よ。警備員呼ぶわよ」


  そう言いながら、月子さんは電話をかけようとする。

  実際、このカードは膳所からの"譲渡"なのでセーフなはずだが、このアクションをとるといることは盗んだとでも思い込んでいるのかもしれない。

  ちぇっ、と舌打ちしそうになる。まあ、そう言うのも筋は通っている。ここらへんで退いておくか。ここに夜空がいたことだけでも分かれば十分だろう。


  「待って!」


  俺が退散しようとすると、夜空が鋭い声を上げる。それに驚いたのか、月子さんの耳からスマートフォンが離れる。


  「……何?」


  「尾道くんをここに居させて」


  「駄目よ。これは親子水入らずの会話のはずでしょ?」


  まだそれを言うか、と思ってしまう。その言葉が夜空を苦しめているとも知らず。ここまで来ると、あえてそう言っているのかと勘繰ってしまう。


  「……はあ、分かったわ。なら今、言うから。それなら問題ないでしょう?」


  覚悟を決めたように夜空が言う。その目を見て、気づいてしまった。何を夜空がしたいのかを。

  止めるべきか悩む。きっといい結末じゃないから。それでも俺は黙ってその光景を眺める。お前が考えたことだ。きっと後悔はもうないのだろう。

  それに俺がいることで覚悟が決まったなら、春野の助言は間違っていなかったということになる。それもまた悪くない。


  「私はずっと考えてたのよ。本当はあなたが一番、私の才能を認めてくれて、伸ばしてくれるんじゃないかって」


  その言葉は意外だった。夜空は過去が過去なので、月子さんの全てを否定するかと思っていた。けどその憎き母親にも感じるものはあったということか。

  確かに流成さんの夜空の育て方は、悪くはないが才能を腐らせるものかもしれない。実際、夜空は高校に行ってないしな。

  その観点でいえば将来的に自分の後釜に据えようと、教育を施そうとした月子さんは才能を伸ばす育て方を重視したとも言える。

  月子さんはそれで認められたつもりになったのか、口を綻ばせる。


  「じゃあ……」


  「けどそんな人、要らなかった。自分の才能は自分自身で伸ばせる。そんなことに気づいて……」


  「そんなことないわよ、夜空」


  月子さんは初めて険しい表情を見せる。そこには才能を捨てるのか、という非難が感じられた。

  それでも夜空は息を吐いて、そして笑った。あの憔悴しきった感じはどこへやら。俺を楽しそうに罵倒するいつものそれだった。


  「大丈夫よ。私、"天才"だから。誰の手も、もちろんあなたの手なんかなくても生きていける」


  その声には確かな覚悟と自信が感じられた。本当に吹っ切れたのだろう。

  そしてそれは何よりも美しい自立宣言だった。俺は思わず、今の夜空の姿と巣から飛び立つ小鳥の姿を重ね合わせずにはいられなかった。


  その夜空の姿と見て、月子さんはどう思ったのだろう。娘が一人で巣立つ姿を喜ばしいことかと思ったか。だがそうはならなかったようだ。

  月子さんの手はわなわなと震えており、ついでに顔色も幾分か青白い。


  「……あなたは凄まじい才能を持ってる。それを今、捨てようとしてるのよ、分かってる?」


  「捨てる? あなたは大分、自信家ね。私の才能をあなただけが伸ばせると思ってるんだ」


  夜空らしくないニヒルな笑みを見せる。そこには、私の才能は元々一人で伸ばしたものだ、あなたのおかげじゃない。そんな考えが見てとれた。

  だが月子さんも負けていない。ソファの前の机に手をつきながら、地獄から涌き出たように重々しい声を上げる。


  「そんなの甘すぎるわ。才能は誰かに見いだされて、初めて発揮されるものなのよ! 誰かの目を捨てるのは、才能を捨てるも同然よ! あなた正気?」


  じっと夜空を睨み付ける月子さん。そこには他人の言葉じゃない、自分の奥底から涌き出るもの、特有の重みがあった。

  そこで俺はふと思う。もしかしたら月子さんにも、夜空と同じようなことを思い、行動した結果、棒に振った過去があるのかもしれないと。だからこれだけ過保護なのだと。

  でも。こうなった夜空はもう止められない。気高く彼女は自分の道を突き進む。


  「誰かの目……ね。大丈夫よ。万が一、私が正しい道を外しそうになったら……」


  夜空は真っ直ぐ俺を指差す。


  「彼がいるもの」


  急に呼ばれ驚く俺だが、月子さんは後ろにいた俺をバッと振り向いたことで更に驚く。その目はどうしてか、血走っていた。怖ぇよ……。


  「……あなたが夜空を正しく導けるというの?」


  その眼光に一度は戦く。だが今なら自信を持って、一つの答えを言える。ゆっくりをそれを言葉にする。


  「導けます、導いてみせます。それに夜空なら正しい道を外すことなんてありませんよ」


  「そう……」


  これはただの事実だ。俺も覚悟と自信を持って言えた。

  月子さんはそれきり黙ってしまう。まだ夜空が自分の元から離れることを認めていないし、諦めてもいないだろう。

  だが決別を一方的に突きつけられ、呆然としてしまったようだ。視線もどこか上の空だし。


  これからどうしようかと迷っていると、夜空が立ち上がり、扉の方へ向かう。どうやら話はもう終わりらしい。

  そうか。お前は仲直りじゃなく、決別を選ぶんだな。それがいい決断か悪い決断かは知らない。そもそも俺が考えるものじゃない。

  けど夜空のその選択はおそらく間違いないのだろう。だって夜空が決めたことなのだから。


  夜空が応接室を出る直前、俺は気づいてしまった。夜空が不安そうにちら、と月子さんを見たのを。

  だがもうその月子さんは力なく、だらんとなってしまっている。娘の口からはっきりと決別を突きつけられたことが大分、ショックらしい。

  自分が長年に渡ってしてきたことが間違いだと、張本人に暗に言われたことも失意の一部を担っているかもしれない。

  自業自得ではあるが、その様子を見ると同情を覚えなくもない。

  その月子さんは夜空の方を見ずに、小さく呟くように訊く。


  「夜空。……その朝比奈くんはあなたにとっての何なの?」


  どきりとする。質問の相手は俺ではないのにも関わらず。なのに夜空は平然として部屋を出ながら、これまた呟くような声量。


  「そうね……鏡に写った私かしら?」


  そんな意味深な言葉を最後にして、夜空と俺は応接室を後にする。

  俺の目の奥にはいつも姿勢がよく気高かったはずの月子さんが、寂しく肩を下げる姿だけが残っていた。

  しかし夜空にはもう未練すらもないのだろう。むしろ今まで思ってたことを言えて清々しい気分なのか、ただ前だけを見て、応接室を離れていく。

  それでこそ本当の女王。それでこそ本当の気高い姿。ニセモノなんかとは違う。

  だがふとその足が止まった。

個人的に夜空の決断はバットエンド寄りだと思ってます。普通なら母親との関係修復を考えそうなので……。

しかしこれが夜空が天才たる所以なんじゃないかとも考えてます。僕は結構夜空の言葉好きです。

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