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四章 第29話 膳所雪村はその先へ

  「膳所……」


  「やあ、久しぶり」


  「久しぶりって……お前、ここまで何の用だよ」


  ここはカフェ『三ツ星』の店先。以前に膳所がこの辺りに住んでいるとは聞いたが、わざわざ足を運ぶほどでもないだろう。嫌な予感がした。


  「無論、夜空さんに会いに来たのさ」


  何でもないように膳所が言い放つ。前にあんだけ生き恥を曝しておきながら、よく飄々といられるもんだ。

  だがそれは駄目だ。先の勝負で膳所は夜空への接近禁止を約束させられている。会いに来たとなれば、その約束を踏みにじることとなる。

  思わず俺の目付きが厳しくなったことを自覚する。そこで膳所はふっ、と力を抜いて笑う。


  「()()に夜空さんに会いに来た。謝ろうと思ってさ」


  「謝る?」


  「ああ。夜空さんを利用して、月子さんに取り入られようとしていたことを謝ろうと思って。そして結果的に君たちを惑わせたことも」


  そう言ってから、膳所は遠い空を見る。夏の雲一つない青々とした空を。本当に最後にしようと考えてることが分かる。

  やはり月子さんに愛されるために夜空を利用したのは間違いなかったらしい。


  「……意外だな。お前はそんなことしないやつだと思ってたよ」


  こいつは嘘を嘘で塗り固めるタイプだ。例を挙げればいとまない。前も……、まあこの話はいいか。


  「俺も疲れたんだよ」


  「疲れた、と言うと」


  「……前の勝負の結果を月子さんに伝えに行ったんだけど」


  前の話を聞く限り、膳所は月子さんに協力を仰いだらしいしな。都合の悪い結果でも伝えるのは当然の義務か。


  「なんて言ったと思う?」


  「さあ……。『あなたには失望した』とか?」


  「君の中の月子さんは随分と性格がいいね」


  「……」


  「結果を聞いた時の第一声は『ああ、そう』だったよ」


  そこで膳所は言葉を切る。沈黙が生まれ、心なしか道路を通る車のエンジン音が大きくなったように思える。

  ああ、そう。辛い言葉だな。何にも期待していない言葉。あたかも最初から負けることが予想されていたような気もする。これを聞いたら誰もが落胆するだろう。

  だがこれを月子さんはこの発言を狙っていないから質が悪い。単純に周りを信用していないのだ。失敗は当然。成功すれば儲けものくらいしか思っていないからこその言葉。

  それがどれだけ周りを傷つける言葉とも知らず。


  「まあ、もういいんだ。あの人と関わらなければ済む話だから。あっちから関わってくることはないからね」


  「そうか」


  今の膳所の表情は清々しさがあった。いや、月子さんという重荷が下りて垢抜けたと言うべきか。だが同時にその表情に寂しさも感じ取った。


  「それより目先は夜空さんに会うことだ。そこをどいてくれないかな? まさか謝罪も許さないほど君も鬼じゃないだろう?」


  膳所の目を見る。真っ直ぐに俺を見据えるそれに嘘は感じられないように思えた。なら安心だろう。普通なら許可していた。けど今日は生憎。


  「……夜空ならいない」


  「ああ、今日はバイト休みか。じゃあ出直すよ。次はいついるか教えてくれないか?」


  こいつに夜空が行方不明のことを伝えるのはまずい。そもそも無関係な話だし。それに夜空にも月子さんにも未練のないこいつに要らぬ心配をかけてもあれだ。

  だがここで俺は閃いてしまった。多分、嫌がるだろうと分かりつつも、期待外れでここを去らんとしている膳所の背中に声をかける。


  「違う。行方不明なんだ」


  「……は?」


  驚きで俺の方を振り向く。きっと流成さんから聞かされた時、俺も同じような表情をしていたのだろう。

  どうやらその反応を見るに、膳所は本当に何も知らなかったのだろう。


  「朝に自分から出ていったらしい」


  「まじか……」


  「それで頼みがある。俺は夜空の居場所に当てがあるんだが」


  「……月子さんの所かい?」


  無言で頷く。すぐにそこに思い至るあたりが膳所の傑物さを表している。俺は一瞬、気づかなかったのに。


  「まさか迎えに行くつもりかい?」


  「そのまさかだ。それでなんだが、月子さんの会社に入るためにはおそらくだが、カードみたいなのが必要だろ?」


  「本社も支社もそれで出入りを管理しているよ」


  「なあ……そのカード今、持ってるか?」


  「……持ってる」


  思った通りだ。月子さんに将来を嘱望されている膳所なら既に会社に出入りできる権利くらい持っていると思ったのだ。

  すかさず俺は言う。


  「じゃあ貸してくれないか?」


  「それ、ほとんど不法侵入だよ」


  「カードがあれば問題ないだろ」


  ニヤリと俺は笑う。ホントなら迎えに行くだけでいいと思った。入れない以上、待つことしかできないからだ。

  けどカードを持ってるなら話は別だ。本音を言うなら夜空が心配だし、できることなら夜空と月子さんの話を立ち会いたいと思っていた。


  「ふう……。全く無茶なことをするよ。……ほら。それを会社のフロントのパネルに押し付ければ、中に入れるから」


  膳所はため息をしながら、ズボンのポケットに入っていたらしい会社のカードを取り出し、渡してくる。有難い忠告付きで。


  「サンキュ、助かる。じゃあこれは今度、会った時に……」


  「もういいよ、それ」


  「え?」


  「それはもう要らない。もう月子さんと決別するつもりなんだ。打診されていた、会社の社長の座も継ぐつもりはない。それは使い終わったら、破るなり捨てるなり好きにしてくれ」


  そんな所まで……。思わず絶句してしまう。

  俺は貰ったカードを眺める。そこにはいつか月子さんへのインタビューで語っていた会社の名が書かれている。その下には『YUKIMURA ZEZE』という文字もあった。

  それを見て、俺は思わず呟いていた。


  「お前はそれを捨てれるんだな……」


  他意もない、ただ純粋な感心した独り言だった。

  権力なんかに縁がない俺なので、そういったことはまずありえないのだが、もしもそれを手に入れたら、簡単に手放させるだろうか。

  親譲りのかりそめの権力だとしても、その親が憎んだとしても、それを有効利用しようと考えてしまうのが俺な気がする。

  現在進行形で家族関係で悩む俺からしてみれば、膳所の行為は随分と大人びた決断だと思う。

  親に用意された生き方を捨て、自分の決断力と能力だけで生きていこうとする。こういうのを自立というのだろう。


  その俺の独り言が聞こえたかは知らない。けど膳所は確かに笑った。それは前の泣き顔からは想像できないものだった。


  「ほら、早く行け。君には俺の決意表明なんかより、大事なものがあるだろう?」


  「……ああ」


  今度は膳所に背中を押される。そうだな。ここでのやり取りは有益だったが、長居しすぎた。夜空の話がいつまで続くか分からない以上、早く行った方がいい。

  停めてあった自転車に乗り、カフェ『三ツ星』を早々に出発する。

  そこで俺は思った。そういえば膳所に次の夜空のシフト教えてないな。

  本当なら膳所は膳所で夜空に一刻も早く謝りたいはずだ。自分にまつわる月子さん関係の問題に蹴りをつけ、次のステージへ進むために。

  あいつは今、一人取り残されて何を思っているだろう。そもそも境遇の違う俺には分かるものではないかもしれない。

  だからせめて俺はもう、振り返ることはしなかった。

膳所はこう書くと第四の主人公だなーと思ったりします。心身共に完全そうに見えて、母親に関してだけは子供っぽいところが残っている。そんな人間くささが主人公タイプという感じがします。

対して本当の主人公は……。

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