一章 第6話 環春野は変わっていく
環春野の依頼というのはルービックキューブのようにシンプルかつ難解だ。そう言うと矛盾しているように聞こえるが、実際そうなので仕方がない。
その依頼というのは「クラスの仲を良くしてほしい」というもの。漠然としすぎていて、どこから手をつけていいか分からない。
立論とかでもそうだ。漠然として具体性がない方が反論しにくい。原因は論理的ではないため穴が見つからないところにあるのだろう。まあそういう捉え方もあるよね、で終わってしまう。
だから俺はよく考える。話し合いをするとかそんなのでは駄目だ。仲が悪い訳ではないのだから、話し合ったところでこれからはもっと仲良くしようとかの、口先だけの言葉だけで解決したように見せかけることが可能だからだ。
イベントを通して仲良くなるという手もあることにはあるが、クラスメイトは白々しいと言っていた。つまり関係ない人に対してはあまりつるまない。というか遠慮してるのだろう。
白々しいというのは悪いことじゃない。他人との距離を測っているということだ。そう考えると馬鹿騒ぎする奴らよりよっぽど大人だ。しかしコミュニケーションをとる上では、我を忘れることも大切なのだ。
色々、方法は考えるが答えは出てこない。一般的な思考では駄目だ。やはり少し斜に構え、環のクラスに合った案を出す必要がある。
そのためには情報が足りない。戦争でもなんでも情報がないと苦戦を強いられる。何と戦っているかは謎だけど……。
「なあ春野、いくつか質問したいんだがいいか?」
「じゃんじゃんどうぞ!」
なんでそんな目をキラキラさせてるんだとも思ったが、こんなこと他に言える相手がいなかったのだろう。そう考えるとこの行為も納得できる。
「まずクラスでリーダーシップがとれるやつはいるのか?」
クラスの仲がいいというのは団結力と直結してくる。こういうやつがいるかいないとじゃ大違いだ。
「うーん。いないこともないけど、積極的にとるわけじゃないしなー」
「そうか。じゃあ底抜けに明るいやつは?」
リーダーシップがとれるわけではないが、明るいやつというのは明るく振る舞うことで、周りをそうさせることも多い。リーダーシップをとれるやつを王とするならば、明るいやつは主人公みたいなタイプだ。
「それもいるっちゃいるんだけど……。どちらかと言うと内輪では明るいっていうか……」
そう言って春野は表情を暗くしていく。
これも不発。まあもう入学から半年ほど過ぎたからな。その間に文化祭とか体育祭とか大きなイベントもあっただろうに、全体的に仲良くならないということはそういうやつが積極的ではないということだろう。
「はあ……」
思わず溜息が漏れてしまう。どうにも突破口が見えない。仲が悪いときは仲が悪い原因を取り除く、つまりマイナスを無くせばいいがゼロはどうしようもない。
次にどんな質問をしようかうんうん考えているが中々いい質問は出てこない。そうしてる間に次は夜空が質問をした。
「次に大きなイベントはないの?」
普通なら悪くない質問だと思う。イベントを通じて仲良くなるのは青春ではテンプレだからな。しかしその質問の意図に対しては答えが出ている。次のイベントも同じように協力はするが、仲良くなったりはしない。
それは春野も分かってるようで一応、答えはするが表情は変わらず、
「ええっと……。たしか合唱コンクールとかはあったけど……」
その次に来る言葉を夜空は分かっているらしく、その言葉を引き継ぐ。
「あまり大きな効果は期待できないわね」
そこにはとても冷たい響きがあった。全てを諦めたように。
カフェは元々、静かではあったが俺達がいよいよ会話を止めたことで暗雲が立ち込めたように静寂が漂っている。
話を整理するとリーダーシップをとれるやつも明るいやつもいるが、クラス全体には影響させる程ではないということだ。
馬鹿は使いようという言葉がある。馬鹿にも利用価値があり、使い方によってはいい働きをするという意味だが、このクラスに馬鹿はいないのだろう。
誰もが常識人で人のテリトリーに入り過ぎることは危険だと思っている。それは悪いことではないが、馬鹿が全くいないのでは困ることも多い。歩がない将棋は負け将棋なのと同じだ。
実は俺は一番の解決法を知っている。それを使えば、簡単にクラスは団結するだろう。だけどそれは使えない。
俺は構わないのだが、春野が許さないだろう。
俺は周りと比べ、達観していると思う。汚いことを許容している。だから色んな手を使うことが出来る。
だけど環は違う。汚いことを許容しない。いや正しく言うなら汚いことがあるのは知ってるが、それには染まらないと決めている。それもまた達観ではあるかもしれないが、正直使える手の幅は小さい。
どうしたものかと思い、春野をちらと見てみる。困った顔はしているが、ただそれだけだ。
次に夜空を見ると、仁王立ちしたまま春野を見つめている。いや、睨んでいると言った方が正しいと思うほど、その目は細くなっている。
「夜空、何か言いたいことがあるなら言えよ」
「別に言いたいことはないわ」
煮え切らない言葉だ。だいたい、言いたいこと『は』ってことは言葉に出すほどではないが、心に引っ掛かることはあるってことだろ……。
「別に好きに言っていいんだぞ。傲岸不遜なのがお前の取り柄なんだから」
「あなたも好きに言ってくれるわね。私は傲岸不遜ではないわ」
そこで夜空は言葉を止めるが言いたいことは分かる。
夜空の傲慢は無根拠ではない。優秀であること。この場合、傲慢よりも実力に裏打ちされた自信と言う方がいいかもしれない。
自分の能力も分かってないのに、とりあえず見栄を張るやつこそ傲慢だ。そう言いたいのだ。
環はそこで意を決したように夜空の方を向いて、
「言いたいことがあるなら言って。私、本気だから」
と言う。その言葉を聞いた夜空は元々の無表情に加え冷たさが増した。
「本気? じゃあ何故、あなたは何もしていないの?」
薄々は気づいていた。しかし春野はそれを言わないだけだと思っていた。いってみれば不備だ。
本当なら何かしているかもしれない。しかし言わない。これならいい。だが何もしていないのにアドバイスだけ訊きたいというのは都合が良すぎる。
そこを環は言い返すかと思ったが、何も言わず下を向いている。
それに夜空はそれを気にする風もなく、言葉を継ぐ。
「やっぱりね。あなたは見ていればなんとなく分かる。優しいのでしょう。だからクラスのことは気にかけるけど、何か問題があるわけじゃないから大っぴらに問題解決に出れない。だからこうやって私達にしか話せないのよ」
なるほど。これが夜空が何故、と言った理由だ。夜空の中では春野が何もしてないことは確定事項だったのだ。
「あなたの依頼はただの自己満足。クラスメイトは別にそんなこと思ってないかもしれない。そんなことを私達に押し付けないでくれる?」
何か言いたいなら言えとは言ったがここまで言われると、ちょっと引く……。お前って春野と初対面だろ? そんな感じで友達いたの?
「夜空さん……」
その春野の声には悲壮感が漂っている。図星なのだろう。
イソップ寓話に北風と太陽というお話がある。どんなお話かは割愛するが、厳しく接することが北風。優しく接するのが太陽。そんな認識でいいと思う。
そう考えると夜空の言葉はいわば、北風だ。ただただ厳しい。もし俺も同じように北風側となるならば、春野は針のむしろだろう。なので俺は太陽のように温かい言葉を掛けようと口を開く。
しかしそれを遮るように夜空は、
「でもあなた自身がクラスのために何かするのであれば、助言をあげてもいいわ」
「夜空さん……!」
先ほどと同じ言葉ではあったが、全くニュアンスが違う。少し嬉しそうだ。
なんだよ。結局、夜空の一人二役かよ。しかもなんか環は夜空にキラキラした目向けてるし……。俺は何を見せられてるの?
「うん……うん! 私頑張るよ! だから……その……助言を」
すると夜空は間髪入れずに言う。なんだ。夜空はいい方法を思い付いてるのか。
「簡単よ。あなたがリーダーシップをとって、明るく振る舞えばいいのよ」
春野は口を開けてポカンとしている。多分俺も似たような顔をしていると思うので、人のことは言えないが。
「いや、夜空……。それって助言?」
すると夜空は自信たっぷりそうに、
「ええ、助言よ。さっきのあなたの質問は別に悪い訳ではないじゃない。そういう人がいないからクラスの仲が良くないだけで、いれば話は別だと思わない?」
「いやあ、まあ……。そうだけどよ……」
それだけで言葉を切る。俺がどんだけ言ったって無駄だろう。これは俺の問題ではないのだから。
この助言を取り込むかは環に懸かっている。
「……悪くないとは思うけど、急にキャラが変わるっていうのも……」
そう気にするのは、春野らしい。というか高校生ならそういうのは特に気にするだろう。
春野のキャラは今はどうか知らないが、中学校では優しくほんわかとしていて、天然気があることから愛されキャラという感じだ。間違ってもリーダーをするようなキャラではない。
しかしこの場ではキャラが変わることで、どんな影響を与えるかを本当の意味でわかるやつはいない。俺はニートだし、夜空は立派なワーカーだ。
わかりそうなやつは春野だけ。だから春野の言葉を待つ。しかしどうも決心がつかないようだ。考えてはいるようだが、口は開かない。
それを見かねた夜空が代わりに口を開く。
「本当にクラスを変えたいなら、小さい変化からよ。その変化なくして大きなことは成し遂げられないわ」
夜空の言っていることは正しい。だからこそ厳しい。正論は有無を言わさない力があるからそう聞こえるのだ。
それを向かい風と見るか、追い風と見るかは春野自身に委ねられている。
「……分かった。私が、クラスを変えるよ」
小さな声だった。そこに自信とかを見出だすのは困難だろう。だがはっきりと俺とそして多分、夜空の耳にも届いただろう。そのくらいには意志を感じられた。
それに夜空はふっと微笑んで、
「あなたなら出来るわ」
とだけ言った。夜空はいつだって正しい。根拠はないが帰納的に考えてそうだ。だからその言葉もきっと正しいのだろう。
「夜空さんって優しいね」
そうポツンと春野は言った。
「そうでもないわ。私は厳しいわよ」
「ううん、優しいよ。優しい。だからもっと会話したいな……なんて。またこの店来ていい? ええっとこの……」
「三ツ星」
とだけ素っ気なく答えている風だが、そう感じているのはおそらく夜空だけだろう。夜空の頬は朱に染まっている。
その反応に春野はお気に召したのか、
「ねぇ、夜空さん、なんでこの店の名前って三ツ星なの? あ、夜空さんってなんか固いから、夜空でいい? んー、夜空もなんか固いなー。何がいいと思う?」
すると夜空は顔こそいつも通り無表情だが少し焦ったみたいで、
「す、好きにすればいいじゃない。呼び方もこの店に来るのも」
おっと、こいつが言い淀むの初めて見ましたよ。夜空にはゴリ押しが有効なんだな。一つ弱点を見つけたぜ。
俺はそうやって楽しそうに春野と夜空が話をしている光景を眺める。やっぱり楽しそうなのはいいことだ。春野も。夜空も。
春野はさっき夜空を優しいと評した。
夜空は自分のことを厳しいと評した。
どちらの評価も間違っていない。けれどこの二つは矛盾しているように見える。その事実も間違ってはいない。しかし共通点はある。
どちらにも愛があるのだ。相手のことを想うという点で共通している。
それを春野には優しさに見え、夜空には厳しさに見える。ただ見る場所が違うだけのこと。
そうやって愛を感じ取れる力が環には備わっている。
それさえあればきっと愛を、無関心なクラスメイトに与えられると俺は信じている。
次の話で一章は終わりなのですが、一章はかなり空白の部分が多く(1話と2話の間とか3話と4話の間)完全に補完しきれていないので、外伝的な物語を作るかもしれません。楽しみに待っていてください!
それと告知ですが「そして僕は終焉を迎える」という連載を始めました! 気になる方は是非!