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一章 第5話 星合夜空は優しいかも

  環春野は優しいやつだ。それは疑いようがない事実で、周囲もそう言っている。

  他人に優しくするというのは、生きる上で大切な行為だ。そうすることで昔、優しくした人に優しく接され、結果自分の得になる。いわゆる情けは人のためならず、というやつだ。

  この考え方は今じゃ大分、ポピュラーなものにあたる。だから人を純粋に助けるというのは難しい。いつか自分のためになるからと考えて、人を助けるならばそれらは全て偽善であると思う。


  再び言おう。環春野は優しいやつだ。だから周りも優しく接する。しかしこの状態では春野の優しさは全て偽善になってしまう。

  だから俺は春野に優しく接しようとは思わない。いつもはフランクに、場合によっては厳しく接する。

  それこそが春野に対する最高の敬意だと俺は思うのだ。

  なので俺が春野になつかれる理由がまるで分からない。俺のようじゃなく、気前よく接してくれそうな友達なんて環にはごまんといるだろう。


  なのにいざとなったら俺を頼むのだ、こいつは。

  頼られるのは嬉しい。だがこんなろくでもない俺に頼むのにはどうしても裏があるように思える。だいたい俺が頼まれる時は面倒くさい仕事を押し付けられる時だけだ。……なんでああいう時だけ俺ら友達だよな感、出してくるんだろう。

  それは置いといて、春野の優しさには本当に裏がないのだ。

  俺は別に偽善でも構わない。偽善のつもりでも、行動だけ見たらそれは善行なのだから。

  しかし春野は見返りを求めず人に優しくする。


  俺はそれを見て、なんて美しいのだろうと思う。俺は春野の他に心が清らかな人間を知らない。

  だから俺はそれに少しでも近付くために、彼女を助けようとするのかもしれない。

  そんなことを考えながら、俺は春野の言葉にこう返す。

 

  「で、助けて欲しいことってなんだよ?」


  そうすると春野は意外そうな顔をする。俺が助けるのはそんなに珍しいか? まあそうだけども。

  しかし春野は違う感想を持ったらしく、

 

  「助けてくれるんだ……。もっと渋ると思ってた……」

 

  普通ならな。後、俺は渋ることはしない。やるか、断るかの二択しかない。

 

  「ああ、それで助けて欲しいことなんだけどね。高校のことなんだ」

 

  「やっぱパスで」

 

  俺はそう短く切り返す。そうすると春野は席をガタッと立ち上がり、「なんで!?」と言う。

 

  「いや、なんでって……。俺、学校行ってないのに学校の相談乗れるわけねぇだろ……」


  すると春野は不満げな顔をして、ずるずると席に座る。春野は感情が表情と行動に出るから分かりやすいなあ……。

  少し感心していると、春野はぶつぶつと話し出す。


  「確かにそうだけどさ……。話くらい聞いてもらってもいいじゃん……」


  後半は声が小さくて聞き取りづらかったが、なんとか聞き取れた。それが少し可笑しくてつい、

 

  「分かった、分かったよ。何も出来ないかもしれないが、話だけは聞く」

 

  そうすると環は満面の笑みで「うん!」と元気よく言った。

 

  「ええっと。じゃあ何から話そうかな?」


  「……なんでもいいよ。暇だからな!」

 

  すると遠くから鋭い声が飛んで来る。


  「仕事サボって暇なんてよく言えるわね」

 

  聞こえてたのかよ……。これは迂闊に話せないな。

 

  「あはは……。あんまり時間ないみたいだし簡単に言うね」

 

  気を使わせてしまったみたいだ。夜空ァ……。

  すると、次に来る言葉が最も重要であるかのように息を吸い、そして高らかに言う。


  「うちのクラスの仲が良くないの」


  ふん……。なるほど。優しいやつによくあることの一つで仲の良いやつに対してだけ優しいというものがある。

  こういうやつが俺は一番嫌いだ。身近な人にだけ良く見られたいので優しいように振る舞い、逆にどうでもいいやつにはその腐りきった本性を露呈する。

  お粗末にも程がある。本当に優れたやつは他人を全員欺く。なんなら自分すら欺く。だから他人に本性を見せるというのは、自分が優れていないことをわざわざ流布してるように見える。

  しかし春野はそれを超越している。本性しか見せていない。自分を虚飾する臆病者にとっては考えられないだろう。

  そして春野は誰に対しても優しい。ひいてはクラス全体の問題にも心を痛め、手を差し伸べるのだ。だから春野がこう言うのも当然だ。

  このままでは抽象的で話の真意が読めないので俺は質問を重ねる。


  「で、それで何か問題があったのか?」

 

  「ん? これが問題だけど?」

 

  「は?」


  思わず間抜けな声が出てしまう。本当に簡単に言うじゃねぇか……。

  そうだった。こいつは首を突っ込みたがる。いい意味で見れば、何事もほっとけなく、優しい。裏を返せば問題でもないことを問題として、捉えるということだ。


  「いや、どこが問題なんだよ。いじめとか派閥争いがないんなら、むしろ平和だろ」


  「そうなんだけどさ……。なんか白々しいんだよ。全員の仲が悪いわけがない。仲間外れはいない。だけどどこかクラスメイトは全員、他人だと思ってる感じがあって……。」


  どうも春野はおかしい。クラスメイト=友達という考え方はよくて中学校までで、高校生にもなるとクラスメイトの大部分は友達ではない。だから白々しいのが自然に決まっている。

  なので俺はつい厳しく言ってしまう。

 

  「それでいいだろ、高校生なんて。どうしても相容れないやつくらい出てくるだろ」


  春野は伏し目がちになる。……なんかこれ以上言いにくいな。子犬をいじめている気分になっていく。


  「白々しいのは悪くないよ。いじめがあるわけじゃないし……。でもさあ、折角、高校に入ったんだよ? 青春だよ? 楽しまなきゃ損じゃん」


  「別に青春はクラスじゃなくても出来るだろ。部活でもバイトでも。そいつが青春してるって感じてればそれは青春なんだよ」


  高校生なら誰もが青春という不確かな偶像を追い求めている。その像の形は人それぞれで、だから一概に青春といっても色々ある。

  ちなみに俺は青春していない。ニートに青春はない。あるのは親からの無言の圧力だけだ。


 

  「あと、私はいじめと同じくらい無関心はいやだけどね」

 

  「なんでだ?」


  つい訊いてしまう。俺は無関心が悪いとは思わない。無関心は問題に関わらないという意思表示だ。いかに無関心にいて、たまに降りかかる火の粉を払うのではなく、避けていくのが重要なのだ。それため無関心は最強の態度だと言える。

  しかし環はこう言うので、きっと変わった理由なのだろう。


  「だっていじめはまだ相手の存在を認めてるって思わない? だけど無関心はお互いに相手が透明人間だと思ってるって言うか……。なんというか……。なんだろ、分からなくなってきた……」

 

  透明人間。春野は天然な部分も少しあるので、たまにわけの分からない比喩を使うが、今回は的確に無関心という言葉を表している感じがする。

  つまり春野は無関心は相手を認識していない状態だと言いたいわけだ。

  好きの対義語は嫌いではなく、無関心である。その言葉を思い出した。


 

  「春野、聞いてくれ。お前は中学校の時の話忘れた訳じゃないだろ? あれもお前が首を突っ込んだ結果、ああなった。俺は今さらあの事を怒るつもりはない。首を突っ込んだことで派閥争いは無くなったからな。それも悪くないんだと思う。だけどな、空気は読め。引く時は引け。そうしないと今度こそ手遅れになるぞ」

 

  「そう……だよね……」


  重苦しい沈黙が流れる。環が頼んだカフェラテはとっくに空になっている。

  クラスの雰囲気をよくしたい環。クラスのことなんてどうでもいい俺。この二人が対立するのは必然だった。

  そうなるとその沈黙を破るのはどちらにも縁のない人間。つまり夜空だ。


 

  「どうしたの? 大丈夫、環さん? この男をやるならいい山を教えてあげるけど」

 

  お前も空気を読め。いい山って何? そこに完全に遺棄するつもりですよね、夜空さん。


  「なんだよ。今、春野と話をしてたの分かんなかったの?」

 

  夜空は全く悪気はないように、

 

  「あら、会話は止まってたように見えたけど。一人仮想コミュニケーション?」

 

  一人仮想コミュニケーションとか悲しすぎるだろ。……いや、意外と中学生の時はやってたかも……。

 

 

  「それで朝比奈君は助けるの?」

 

  「いや、俺も助けたいんだが……。学校のことなんて正直どうにも出来ないし、だいたいクラスの仲が悪くないんじゃ問題でもない。これじゃ助けようがねぇよ」

 

  「それは全部、あなたの事情でしょう? 自分の怠惰を言い訳にするなんて恥ずかしくないの?」


  痛いところを突かれた気分になった。いや、実際に突かれている。確かに俺の言葉は普通の断り文句ではない、ただの言い訳だ。

  俺は怖いのだ。また中学校の時のようになってしまうのが。あの時は完全に蛇足だった。俺もそうだし、環もそうだ。

  もしかしたら俺の面倒くさがりな性格はここから来ているのかもしれない。

 

  「環さんを助けてあげればいいじゃない。私も正直、こんなこと、問題だとは思わない。……だけどそう一笑される可能性があってもあなたに話した。あなたはそれに応えるべきなんじゃないの?」

 

  「夜空さん……」


  そう春野が呟く。そこには夜空にすがるような響きがあった。


  俺はなにか勘違いをしていた。夜空は冷徹で厳しいやつだとずっと思っていた。しかし彼女にも優しさはあった。なまじその伝え方はとても不器用で、普通の人間には分からないだろうが。

  だけど俺は夜空とは1ヶ月半、一緒に仕事をしてきた。だからそれが優しさだと分かる。

  対して春野は人の気持ちを慮り、優しく出来る。だからそれが優しさだと分かる。


  彼女は俺と春野の間を取り持ち、俺には逃げることを封じ、踏ん張らせ成長させようとしている。春野にはその悩みを取り除こうとしている。

  そうして俺は春野のように優しくなりたかったことに気づく。ならばそれをするのは今しかないはずだ。

  そして春野と夜空のために最善を尽くすべきだ。

  だから、

 

  「……分かったよ、春野。俺がお前を助けてやる」

 

  そう高らかに俺は宣言した。

 

「16歳ニートの職場体験」っていうタイトルで投稿させてもらってますが、彼らが17歳になったら16歳じゃないし。ニートとか言ってるのに尾道はちゃんと仕事してるし。体験じゃなく、れっきとしたバイトだし。ツッコミどころ満載なタイトルだと今更、思います……。

*7/26に現タイトルに変更しました。変えた理由は前のタイトルがシンプルすぎたというのもありますが、矛盾が多かったのもあります。意外にこのあとがきは的を射てますね……。

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