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三章 第18話 環春野の腹の内

  出店の二日目も終わりを告げ、空と街の境がぼやけるほどに暗くなる。夜桜も悪くないとはいえ、昼間に雨が降ったこともあり、もう人がいない。俺たちもそうそうに撤収し、そして解散した。

  数値的なことを言うならこの出店は大成功だ。売上では大幅に利益が出た。これなら今後、宣伝も上手くいって客が増えるに違いない。

  だがそれ以外のことは? こういう場に出てしまったからこそ夜空と母親が最悪のエンカウントしてしまった。

  夜空の心中はそれこそ数字では計り知れない。だがプラスではないことはよく分かる。

  そのことを踏まえるとこの出店はやらない方が良かったという考えも出てくる。少なくとも出店しなければ新たな傷を作ることはなかった。

 

  そんなどうしようもないことばかりを考えてしまう帰り道。

  疲れた体を無理に動かしながら帰ろうとする。肉体的にも精神的にも疲れていて、その姿はゾンビに近かっただろう。

  本当に暗くて良かった。R18一歩手前だっただろうから、見られてたら職務質問は確実。逆にゾンビ映画の撮影かもしれないと遠慮する可能性もある。

  そんなヤバめの雰囲気を漂せているだろう俺に後ろから声がかかる。


  「ねえ! 尾道くん!」


  「なんだよ」


  振り向かなくてもこの声音だけでわかる。環春野だ。


  「一緒に帰ろ」


  俺の方を見て小首を傾げながら答える。それが小動物っぽさを感じて断りづらさを感じる。

  それに今日は俺も話したい気分なのだ。そうじゃないとこの感情の置き場がなくなってしまう。


  「……まあ途中までなら」


  本当なら足を引き摺りながら帰ろうとしたのだが、隣に春野がいるおかげでそういうこともできない。大丈夫なフリをするのが辛いよ……。

  しばらくはお互い黙ったまま歩き出すが、やがて春野が口を開く。


  「……夜空、やっぱり母親に関係あったんだね」


  「ああ、そうだな」


  「そういえば前、私が鎌かけた時、バレバレだったよ」


  ロープウェイの時、春野に「夜空の母親に関係ある?」とか言われて言い淀んでしまったことだろう。確かにあれは愚策だった。本来ならすぐに言葉を返すべきだったのだ。


  「はあ……。しゃあないだろ。あんな触れにくい話題、思う節がない方がおかしい」


  「あはは。その通りだね。それでその……どう、思う?」


  「どうって何が」


  「意地悪だなあ、もう。夜空と母親のことだよ」

 

  春野は俺の返答が気に入らなかったらしく、口を尖らせる。

  それから俺は真面目に考えてみる。だがこんな短時間で答えが出る問題でもないと思い、とりあえずずっと思っていたことを言うことにする。


  「……そもそもが解決できそうな問題じゃないからな。俺たちは流成さんの言うとおり見守ることしかできない、と俺は思う」


  春野は納得したらしくうんうん頷く。


  「それは納得。今、私たちにできることはないだろうからね」


  「前の夜空の助けがなんたらか?」


  「なんたらって覚えておこうよ」


  「ただの言葉の綾だ。真に受けるとアホがバレるぞ」


  「アホじゃないし!」


  と春野が頬を膨らます。じゃあ天然がバレると言おうとしたが、本気で殴られてもおかしくないのでやめておく。痛いのは嫌だ。


  「でもね、私はその考えを完璧に納得できないんだよね」


  「それはどういう……」


  俺はよく分からず尋ねてみる。


  「だってSOSがなくても友達が困ってたら、助けるのが友達じゃない?」


  友達なら、な。俺は夜空との関係性でそれを否定している。だから俺はその意見に納得しかねる。


  「……友達の意見に耳を傾けるのが、本当の友達だと俺は思うけどな」


  思わずそんな言葉が口をつく。しかし言ってから初めてこれがブーメランであることに気づく。ばつが悪くなって取り成すように語りかける。


  「まあ、とにかくお前は何が言いたいんだ?」


  「こんなこと言いたくないけど……本当に、本当にどうしようもなくなったら、見守ることだけで済む?」


  思わず黙る。答えは一つだ。『できない』だ。

  夜空と何か特別な関係があるわけではないのだ。なのにここで引いてしまうのは夢見心地が悪い。夜空は助けなければいけない相手なのは分かっている。そんな状態だ。

  それでも一瞬黙ってしまったのは、なぜ助けようとするか分からないからだ。ただの仕事仲間の関係。そこにどうやって助ける理由を見つければいいのだろう?


  「……済まないな。必ず助ける」


  長い峻巡。やっと捻り出した答え。

  それから春野は一度、頷く。やっぱり春野も同感なのだろうと思い、そちらを見る。だが春野の顔には一切の表情が消えている。

  俺は背中に冷や汗をかく。体温が一気に下がる感覚すらする。いつもの春野なら俺の反応に満足する所だろう。なのに今はそれがない。それどころか負の感情もない。ただの『無』だった。


  「どうした?」


  「……なんでもない」


  そう言う春野の声は掠れていた。もしかしたら……。そんな疑念が湧き、思い付いたことを言う。


  「やっぱり許せないか、夜空の母親のことが」


  「……そうだね、そうだよ」


  春野はそこでため息をつく。その態度もまた解せなかった。


  「この話、やめない? どうしようもないし」


  「あ、ああ、そうだな……」


  これまた普段とは違う。春野なら手詰まりでも案を出しそうなもんだけどな……。


  「それでさ、覚えてる? あのデートしようって言ったの」


  「もちろんだ」


  露骨な話題転換に若干の戸惑いを覚えつつもそう返す。


  「あれ、取り消すつもりないから。忘れるつもりないから」


  春野とは思えない強い語気だった。俺はそれにいよいよ本格的に困惑する。

  春野の言葉の意味はわかる。遊びに行きたい気持ちは変わらないということだろう。

  だが普段の春野ならこんなことは絶対に言わない。正しくいうなら()()()()にこんなことは絶対に言わない。

  春野は人を慮ることができる人間だ。だから星合夜空という友達を差し置いて、自分のことを優先して話してくるとは思わなかった。

  それに俺はちょっと失望する。


  人間なんて皆、エゴイストだ。そう感じている俺が唯一の例外として挙げる人こそ環春野。だから俺はずっと憧れていた。そう自覚できた。

  春野が今した自分を優先すること。普通なら何も思わない。困るかもしれないが、人間そういうもんだと諦めてしまうに違いない。

  だが春野がそれをするのは心のどこかで許せない。自分を優先するのが浅ましいと思っている訳ではない。なのに裏切られた感じがする。

  春野だって人間で自分を優先する。当たり前のことなのに受け入れ難い感じが俺にあった。

  まあ、俺が言えることでもない。春野は普通のことをしているだけだ。


  「ねぇ、聞いてる?」


  俺の沈黙が不安になったのかそう訊いてくる。


  「ああ。聞いてるし考えてもいる」


  「なら良かった」


  ほっと安堵した雰囲気を出す。それこそが春野っぽかった。


  「デートね……」


  悩んでる感じを装ってボソリと呟く。

  その瞬間、体温が急に上がる。もしかしたら顔も赤くなっているかもしれない。

  あまりに似合わない言葉すぎる。俺はそもそも恋とかデートとかには無縁な人間だ。当然ながらデートに誘われたこともないし、誘ったこともない。

  恐らくこれからもこんな場面には遭遇しないと思っていた。なんなら一人で寂しく死ぬ未来すらも見えていた。

  そんな俺にデートのお誘い。実に似合わない。


  「俺にはどうも冗談にしか思えないのだが」


  「冗談じゃないよ、本気だから」


  俺が軽い笑いかけても、そんな真面目な答えしか返ってこない。まるで立場が逆転したようだ。

  そこで俺はもう一度、考え直す。春野がこうも本気な以上、冗談で流してしまうのはよくないように思われたのだ。

  そんな時に思い出したのはなぜだか安達の言葉。


  『いっそ春野ちゃんとデートしちゃえば?』


  確か遊びに行くだけとも言ってた気がする。

  今思えば、やっつけ仕事だったように思うが、それでも俺の心を軽くするには十分だった。

  そうだ。友達としてただの遊びに行くだけだ。春野も旅行の陽気にあてられ、血迷ったことを口走ってしまった。そこには何の裏もないだろう。


  「まあ、そうだな……。最近、忙しかったし息抜きにはちょうどいいか。適当に連絡してくれ」


  「うん。約束だよ」


  そう言って春野はニカッと笑う。これでこそ春野だ。

  それでもちょうどその時、月が隠れ辺りが暗くなる。春野の表情に翳りがあったように見えた。俺は思い違いがいいなとただ感じる。

この話は書いていて辛かったです。春野は実際にはいない優しい人というイメージで書いているので、こう『普通に落とす』感じが書いていて辛いのです……。

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