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三章 第16話 星合夜空が見つめる先に

  カフェ「三ツ星」出店二日目。日曜日にもなると、やはり人の数は明らかに増えており、客がひっきりなしにやってくる。

  天候も絶好の花見日和と言えるほど快晴であり、今週末には雨が降るらしいので、今年最後の桜とばかりに人が来る。

  今日はお手伝いの春野も動員して、フルメンバーでやっているが、それでも手が足りない。


  「朝比奈くん、会計早くね。後ろがつかえてるわよ」


  ……主に手が足りないのは俺が担当するレジ打ちだ。悪いですね、手が遅くて。

  当初の算段ではカヌレが足りなくなるではないかと思ったが、作りおきができるので簡単になくなったりしなかった。

  それに加えて、俺以外のメンバーの手つきもかなりよく、全てがスムーズに進んだ。もう一度言う。俺が以外が、だ。


  「か、代わろうか?」


  春野が俺の忙しさを見かねて、お手伝いの申し入れが来る。だがそれに対して。


  「……いや、いい。なんか不安だし……」


  「えっ、それ、どういうこと?」


  そこで俺は押し黙る。

  別に春野が全然、信用できない訳ではないのだ。ただちょっとお金の計算を間違いそうで、天然な部分を発揮しそうなのが……やっぱり信用できない……。

 

  「春野さん、その男に手伝いは無用よ。これからカヌレが足りなくなるでしょうから、その追加を作らないといけない。それに甘やかしていいことないわよ」


  「おい、最後。私情入ったよな? Sなの? Sだよね?」


  「あはは……。夜空厳しいよ……」


  花見会場でも繰り広げれられるいつもやり取り。そこに特に理由はない。ただじゃれ合っているだけ。

  だが少し春野の表情が暗い気がした。ついでに声のトーンも。何か訊こうとも考えたが、待っている客の会計に忙しく、訊きそびれてしまった。


  「尾道君、そこ会計間違ってるよ」


  後ろからそんな流成さんの指摘が入る。俺はすぐに確認する。


  「……ああ、ホントだ。すいません……」


  「そろそろ疲れてきたかい?」


  俺は会計をしながらその問に正直に答える。


  「疲れてはないですけど、慣れてくるとつい、手癖でやってしまうもので」


  「考えずに行動するのは疲れてる証拠だよ」


  む……。なるほど……。

  確かに勉強とかをしていても体はまだ全然いけるのに、頭が回っていなくて、続行を諦めることがよくある。つまり始めに頭か

 らなのだ。


  「やっぱり夜空、レジ打ち代わってあげて」


  「でもお父さん、商品作りが……」


  そう言って夜空は渋い表情をする。まあ、この客の量だ。今は商品にあまりがあってもすぐに無くなる可能性は十分にある。


  「大丈夫。コーヒーはもうドリップしたし、尾道君が休む間だけだから。春野さん、一人でカヌレいける?」


  「はい! 大丈夫です!」


  元気よく春野が答える。それにより夜空の異存はなくなったようで、しっしと俺に向かって手を振る。お前、俺がどれだけ頑張ったと……。

  まあ、最終的には休憩入るの認めてくれたしそれでよしとしよう。


  「じゃあ朝比奈、休憩入りまーす」


  そこからは誰かしらが休憩し、残りの三人で店を回す形を取りながら客を捌いていた。

  どうやら忙しさのピークはちょうど俺がレジをやっていた時だけらしく、今は割と人はぼちぼちって感じだ。おかげで雑談をする時間もできる。


  「いやー、それにしてもお客さん多いねー」


  「まさかここまで効果があるとは……。イベントを利用するマーケティング戦略、意外にいけるわね……」


  春野の何気ない一言に、夜空はぶつぶつ戦略的なことを言い出す。まあ、ボランティア気分の春野と店の関係者の夜空ではそもそものスタンスが違うのだろう。

  そしてどうやら夜空の言うとおり、このイベント戦略はこの時点で成功していると言えるだろう。

  売上もかなりいいらしく、流成さんがさっきから上機嫌だ。


  「でも価格を下げたのが勿体ないな。多分、定価でも売れただろうに」


  実はこの出店にあたり、商品の価格は下げている。理由は商品の宣伝も兼ねているので、お金よりも名前を広めることを重要視したからだ。

  しかしこれなら商品の価格を下げなくても、売れていたはずだ。人は特別な状況だと財布の紐が弛くなるからな。テーマパークとかだって価格高いのに、皆買うし。


  「定価で売ってたら正直、今は頬が弛む結果にもなってただろうね」


  と言いながらも流成はほくほく顔だ。


  「けれど今回はあくまでお客さんを満足させる目的が第一のはずよ。その目的のために利益を優先させるのはコンセプトに合わないわ」


  夜空はバッサリ、利益主義を切り捨てる。ま、その通りだ。だから誰もそれについて反論しない。俺が言い出したのもたらればの話だ。


  「こんだけ利益が出たなら十分だし、これはまた旅行にいけるかもね」


  流成さんまでもが冗談を言い出す始末だ。俺的には給料を増やして欲しい所っすけどね。

 

  全てが上手くいっている。このやりとりを見て、ふとそう思う。

  春野の「デートしよう」発言については解決していないが、俺も気にしていないし、春野もいたって自然体に見える。

  満足感からか屋台から空を見上げる。先ほどまでは雲一つない快晴であったが、東から少し雲が流れてきている。

  目線を上から前に戻す。ちょうどこちらに向かっている二人組がいる。

  一方は黒いドレスに身を包み、花見には似合わずやたらに上品な淑女とその人に侍るようにしている高身長の男性。何故かそれに俺は目が離せなくなっていた。


  「コーヒーを二つ。それにカヌレも」


  女性の方が今、レジ打ちを担当している夜空に話しかける。だがいつもならてきぱきと動く夜空が動かない。

  それどころかその女性をただ見つめるばかりだ。表情はこれまたいつもと違い、ぽかんとしており生気が抜けている。


  「おい、夜空、オーダーだぞ」


  夜空ならそんなこと分かっているのだろうが、つい口を出してしまう。ああ、また何か言われるのだろうか……。

  しかし夜空は俺の方に全く反応せず、舌鋒は鳴りを潜めたままでただ夜空は一言、


  「…………お母さん」


  と小さく呟いただけだ。

 

  「は?」


  間抜けな声が漏れる。意味が分からず、隣にいた春野に目をやる。

  だが春野も目を見開き、同じように俺の方を向いてくる。そして首を横に振る。次に流成さんに目をやるが、やはり女性を見つめている、否、きつく睨んでいるだけだ。

  いつもなら冷静な夜空が動揺し、いつもなら温和な流成さんが嫌悪感を見せる。この状況を鑑みると、夜空の言うことは本当であると考えられる。

 

  だが何故、夜空の母親が今ここに? そんな単純で一生解けそうもない疑問だけが、蛇が這いずり回るようにぐるぐると渦巻いている。

  その瞬間、照りつけていた太陽は隠れ、花見会場に影が落ちた気がした。

星合月子の存在が明らかになったのは確か一章の第3話のはずなので、それから56話経ってついに登場です。我ながら引っ張ったなーと思います。

これからは月子さんが大きく話に関わってきます。もしかしたら今までで最も掻き乱すキャラになるかもしれません……。

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