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一章 第4話 環春野と再会する

  俺は人から好かれる人間でないことを自覚している。

  生来の面倒くさがりな性格が災いして、皆が本気になる学校行事などではあからさまに手を抜く。他にも協調性がなく、勝手に暴走し、失敗することも多々だ。

  それらは自分の落ち度であり、主体的要因だ。だから改善しようと思えば改善出来る。だからあまりこれらについては、気にしていない。もっとも改善するのも億劫なので、改善の見込みはないが。

  それはおいといて、最も厄介なのは嫌われる理由が分からない時だ。

  何か目立った行動も言動もない。誰かが嫌いだと言ってるわけでもない。なのに嫌い。そんな言葉に出来ない不快感がそういう感情に繋がっているのだろう。


  そして俺はそれがよく当てはまる人間だった。別にあからさまに目立ったりしたことはない。なのにクラスメイトなどから遠巻きにされ、いつしか自分の周りには誰もいない。こうして俺の中学校のぼっちライフは完成していた。

  しかし、それはある出来事で終焉を迎える。いや、それが終わったあとも無視されたりしていたから、境遇はあまり変わっていないかもしれない。


  もう思い出したくもない嫌な記憶だ。俺が彼女を助けたことは間違っていない。だがもっといいやり方はあったし、そもそも俺がやらなくても良かった。

  ことわざに天災は忘れた時にやってくるというように、俺がその記憶をようやく封印しかけた時に彼女はそれをこじ開けに来た。

  俺の一番の不幸は彼女を助けたことだ。

  俺が助けたことに全く感謝もせず、のうのうと生きてもらった方が俺的には有難い。

  しかし、彼女は辛い状況から救い出した俺をヒーローのように扱う。

  せっかく俺が悪役の様に振る舞い、彼女に悪評がいかないようにしているのに、そんなのは関係ないと言うやつ感じで俺に話しかけてくる。全く迷惑なことこの上ない。


  だから彼女が再び、俺の前に現れた時は俺を追ってきたのかと思った。

  結果を言うとそんなことはなかったので、俺は自意識過剰だったわけだが、そう思ってもおかしくないほど、彼女は俺に対し色々と気をかける。

  だが俺は彼女を信じない。俺に優しくするのは何か裏があるからに決まっている。

  誰からも信じられて来なかった俺は誰かを信じることにも懐疑的なのだ。


  秋も深まり、カフェ「三ツ星」の窓からは赤く色づいた山景を臨める。今はちょうど行楽シーズンで、多くの観光客が紅葉を楽しみためにこの地を訪れる。

  そして旅の間のちょっと一服には、この店は比較的いい場所にあるため、いつもより客が多い。

  しかし今日は俺と夜空と流成さんの三人体制なので、店内は上手く回っている。


  俺がこの店にお手伝いに来て1ヶ月半が経った。そうなってくるともう接客はお手のもの、最近は仕入れも任されるようなった。

  それだけ慣れてくると、店内に来ている人が常連客かも分かってくるようになる。それだけではなく、常連客がいつも頼むコーヒーの銘柄や趣味、嗜好などもそれなりに把握した。

  となると必然的に初めて来店する人というのも分かる。今、店内にはカウンター席に席を空けながら3人が座っており、テーブル席には老夫婦らしき熟年の男女2人組が座ってるが、いずれも顔を見たことがない。

  つまり彼らは全員、来店は初めてだと言うことになる。

  常連客なら色んな話をすることが多いが、一見さんだとそんなことはないので、静かな空間が秩序持って維持されている。まるで時が止まったと錯覚するほど静寂に包まれている。


  しかし入り口の鈴によって時は再び動きだす。入って来たのは、女子高生一名だった。

  黒髪のショートカットで顔は……女子高生はメイクしてるからよく分からんが、多分可愛い。

  服装は俺が通っていた高校指定のセーラー服を見にまとっている。


  一瞬、常連客だと思ったがそんなことはない。

  この店の客層は定年を迎えた高齢者や仕事に疲れたサラリーマンなどの壮年が中心だ。なので女子高生が来る、それも群れるイメージがある女子高生が1人で来るというのはこの店にとっては異常なことだ。

  常連客ではないとは思ったがその顔には見覚えがある。名前を覚えだそうとしていると、あちらも俺のことに気付いたらしく、てとてとと俺に近付き話し掛けてきた。その動きはまるで小型犬のようだ。


  「……な、なんで尾道君がここにいるの?」

 

  かなり動揺した口調で彼女は俺にそう言う。なんでそんな動揺してんの? 俺がこんなところにいたから? もしかしたら最近学校行ってないから死んだのかと思われてたのかも……。悲しいな、それ。


  「なんでって……。バイトしてるんだよ。この格好見たら分かるだろ、春野」


  今、店に入って来た彼女の名は環春野。俺とは中学校三年、そして高校一年の時の同級生だ。まあ同級生と言えるほど高校には通ってないが。

  容貌は先ほどの通りだが、性格はというと性悪説を信じている俺が、性善説が正しいのでは? と思うほどの善人。端的に言うと優しいということだ。

  人の本性は汚く腐りきっている。一見優しそうに見れる人も化けの皮1枚剥がすだけで、黒く濁った部分が垣間見える。しかし、彼女は本性すらも優しさで満ちている。そう言うと本当か? と思われるかもしれないが、それは俺が証明できる。誰も信じて来なかった俺が。

 

  「バイトって……。高校は?」

 

  痛いところを突いてくる。開幕右ストレートを食らった感覚だ。


  「それも見たら分かるだろ。行ってない」

 

  そういうと彼女は1歩近付き、いや近い……。こいつは昔から人との距離感がおかしい。能天気なのか、ただ馬鹿なだけなのかは知らんが。ともあれ1歩半くらい近づいたくらいの感覚で話し始める。その顔は少しばかり暗い。

 

  「なんで行かないの? 心配してるのに……」


  そう言われると、なにやら学校に行くことが義務であるように聞こえる。だが惑わされるな。俺の快適なニート生活はこの程度で崩れていいものではない。

  絶対に行きたくないので、俺は心にもないが少し厳しい言葉をかける。

 

  「心配してるんなら無用だ。むしろ現状の方が満足してる位だからな」


  険悪な空気感になる。お互いがお互いの腹の内を探る合う緊張感に似ている。この場合、話始めた方が負けというのは相場で決まっているので、どちらからも話始めようとしない。

  しかし、ここで仲裁に入るように涼しげな声が掛かる。


  「どうしたの? 朝比奈君。なんかやらかしたの?」


  すまん。やっぱ仲裁じゃなかったようだ。


  「なんで俺がやらかしたと思うんだよ。今の会話にそんな要素あった?」

 

  「会話には無かったけど、態度にはあったわ。気を付けなさい。あなたは生きてるだけで少し不味いから……」

 

  少し不味いってなんだよ。そんな表現、食べ物か計画が頓挫しそうな時にしか使わねぇぞ。

  言い返してやろうと思ったが、前を見ると春野が怯えている。どうやら夜空の罵倒が強烈だったらしい。

  正直、春野にはこの手のジョークが通用しにくい。彼女は純粋だからこんなえげつない暴言もマジだと思われてるみたいだ。夜空の後だと和むなあ……。

  しかし、いつまでも恐怖で怯えたままにはしておけないので、

 

  「あー、春野。こいつは星合夜空。バイトの先輩? で、ご覧の通りの舌鋒だが、悪いやつじゃない。多目に見てくれ」


  そして次は夜空に向き直り、

 

  「こいつは環春野。俺の中学三年、高校と同じクラスで性格はお前より圧倒的にいい」

 

  そう軽く紹介をしてやる。春野は何故か分からないが照れているが、対して夜空は軽蔑の眼差しで俺を見る。怖い。


  「えっーと、星合さん? よろしくね?」

 

  「夜空でいいわ。私は環さんでいい?」

 

  「なんで自分だけ名字プラス敬語読み!?」


  こういうやつだよ、夜空は。早く春野にはこいつに慣れて、そして絶妙な距離というのを見つけてほしい。


  「というか、なんで春野はここに来たの?」


  すると突然、彼女は慌て出す。……なんか新鮮なあ。夜空だと中々尻尾を出してくれない。

 

  「え、えっと、ちょっとやなことがあったから気分転換に……」


  聞き逃せない言葉があった。気分転換ならまだいいが、やなことというのは訊かざるを得ない。


  「やなことって何?」


  そうすると春野はぶんぶんと手を振り、

 

  「い、いや気にしなくていいから! 前のことより全然ましだから!」


  そうは言っても、気になる。なんというか春野はあの過去があるからほっとけないのだ。いや、多分あの過去がなくてもほっとけない。そう思うくらいに春野は頼りない。

  春野は優しい。だから本来なら首を突っ込まなくてもいいことまで、突っ込んでそして損をする。そんな春野に俺は柄にもなくはらはらしているのだと思う。

  もう少しそのことを訊こうと思っていると、今度は夜空の方から声がかかる。

 

  「二人共、話すなら席に座りなさい。目立ってるわよ」

 

  それもそうだと思って、俺と環は手近なテーブル席に腰をおろす。その時に春野をちらっと見てやると、話が聞かれていたのが、よほど恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしている。全く……。春野は感情面で本当に忙しない。


  腰をかけた後、春野はカフェラテを注文した。俺も喉が渇いたので何か注文しようとしたが、口を開いた瞬間、夜空に凄い睨まれたので、諦めることにした。別にタダで欲しいって言ってないんだから、このくらい許せよ。

  何も言葉を交わすことなく、ただ黙って春野のカフェラテを待っていると、夜空がカップを持って来て、春野の前にことりと置く。少し覗いてみると、そこには猫のラテアートが描かれている。

  それに春野は嬉しそうに声を上げる。


  「わあ! これ夜空さんが描いたの?」

 

  「ええ、そうよ。お気に召したかしら?」

 

  「うん、うん! すっごく可愛い!」

 

  そうやって談笑する夜空と春野はとても楽しそうで、特に夜空なんかはいつもと全く違う表情を見せている。

  それについ俺は口を出してしまう。

 

  「なんか俺と話す時とテンション違くないですか、夜空さん?」

  するときょとんとして、


  「あら、これが私のいつも通りよ。あなただけは少し違うけど」

 

  やっぱり俺の勘は間違っていない。だからこそ少し悲しくなる。俺ってなんでこんなにマイナスなことに対する勘は鋭いんだろう……。

 

  そして夜空はもといた場所へと戻っていく。対して環は名残惜しそうにカフェラテを飲んでいる。

  夜空と話して大分、落ち着いたのか暗かった表情は徐々に、いつも温かさを取り戻していく。俺はそれを見計らって声をかける。

 

  「それで学校で何かあったのか? よかったら相談に乗るぞ」

 

  そう優しく言うと、春野はニコッと笑って、

 

  「尾道君は優しいよね」

 

  意外な言葉だ。というか俺は学校のことを訊いたのに……。会話が上手く噛み合わないのは、もはや春野とのあるあるだ。だから俺は話を修正するのを諦めて、

 

  「お前ほどじゃねぇよ。俺は春野だから助けようとするだけだ。これが他のやつならわざわざ首突っ込まねぇよ」

 

  照れ隠しも込めてそう言うと、

 

  「私は優しくなんかないよ。勝手に問題に首突っ込っんで、それで掻き乱して、何も解決出来ない。でも尾道君は違う。確かに多くの人を助けようとはしないけど、いざ助けるとなったら本気で助ける。私はそういうのが優しさだと思うよ」

 

  人によって価値観が違うことなんて多々ある。だから俺はこの言葉は俺に対する多数の評価の一つでしかない。それ以上でもそれ以下ではないはずなのだ。本来は。

  だけど春野は俺のことをよく見てくれている。それだけでこの言葉は特別に思える。

  そして春野は話を続ける。

 

 

  「だからそんな優しい君にもう一度助けてもらっていいかな?」

 


ついに新キャラ・環春野の登場です!一応、二人目のメインヒロインという位置づけなのですが……。ミスってあらすじに名前が書かれていませんね……。すみません……。

環春野は朝比奈尾道の過去を知る数少ない人物。なのでこれから物語のキーパーソンとなるので、応援よろしくお願いします!

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