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三章 第14話 環春野はお誘いする

  もう四月となり、この町の桜並木もすっかり満開である。

  日本人というのは古来から綺麗なモノにたかる性格がある。桜に限らず、紅葉だったり、絶景と言われる観光地だったり。あとあれだな。美人とかイケメンにも群がる。

  それは置いといて、まあ花鳥風月を愛でる心があるということだろう。だからこそ満開の桜を見逃すはずもなく、多くの人が訪れる。

  本当なら俺は多くの人がいる所に行きたくない。例えば……学校とか。とにかく俺は人でありながら、人が苦手なのだ。だから積極的に家に引きこもる。


  なのに今日、こんな所にいる理由は全てこれのせいだ。

  桜並木に沿って並ぶ屋台。なぜか提灯も吊るされ、雰囲気は完全に祭。

  季節外れではあるが、周りの人はそれに疑問も抱いていない、といった感じだ。まあ、こういうのは楽しめればいいのだ。形骸化したクリスマスと同じだ。

  だが俺は楽しめていない。それはここでも俺が働かされているからだ。

  屋台の一角に軒を連ねるのはカフェ「三ツ星」の屋台。屋台といえばたこ焼き、焼きそば、りんご飴とか定番がある。それから外れるカフェはやはり目立っていた。


  「カヌレ200グラム」


  「はいはい……」


  俺は夜空の指示を受け、既に完成したカヌレを適当にすくい、200グラム分計量する。

  これなのだ。目立つとどうなるか。答えは忙しくなる。花見という非日常感がおかしなものにも寛容になっているのかもしれない。

  それと新メニューにカヌレを選択したのも良かった。これまた祭りの定番の人形焼きのような手頃な感じがよくウケている。

  それに加えて、春の少し寒い天候に温かいコーヒーが絶妙にマッチングしている。

  そのおかげで屋台は既に大盛況だ。忌々しいことに。


  だが同時にカフェ「三ツ星」のマーケティング戦略が意外に練られていたことを感じる。

  カヌレの手頃な所とコーヒーの温かさ。ここに目を付けて、出店しているなら流石の一言しかない。……まあ、多分楽しさを追及しただけだろうけど。


  「おつかれ〜。ちゃんとやってる?」

 

「春野さん」


  ちょうど客の切れ目の時間に環春野がやって来ていた。俺はそちらに一瞬だけ目をやり、すぐ逸らす。

  旅行での「デートしない?」の発言以来、春野と会うととても気まずい。それはあちらも同じらしく、屋台のための準備には俺がバイトを入れてない時に率先して来ていたようだ。

  実際、今も春野がこっちをちらと見て、夜空に向き直ったしな。


  「春野さんは明日シフトのはずだけれど。わざわざ来なくてもいいのよ」


  「大丈夫、分かってるから。今日はクラスの人と普通に花見」


  「春野さんも忙しいわね」


  貴重な休日にも遊ぶ予定を入れているとは。彼女らにとっては週休二日制は零日制にもなると感じた。

  花見をしている理由は親睦を深めるとかだろう。俺には関係ないのでよくわからん。


  「あ、そうだ。尾道くん、すみれと片桐くん来てるよ」


  「へぇ……」


  「なんか反応薄くない?」


  「いや……」


  薄いというかこれは反応に困っているのだ。それなりに話してはいた方ではあるが、何せ俺は事情も言わず、勝手に学校を辞めた。

  怒っているといかないまでも何らかの悪感情は持っていてもおかしくない。なるべく会いたい相手じゃないことは確かだ。


  「朝比奈くん、行かなくていいのかい?」


  ちょうど休んでいた流成さんが戻ってくる。


  「いや……。あんま会いたくないんすよね……」


  「えっー! なんで? 友達でしょ?」


  それは間違いない。けど関係性が薄くはないからこそ、水に流せずにいるのだ。


  「まあ、こういうのはよくあるよ。けどそれを気にしてないように振る舞うのが大人じゃないかい?」


  「うっ……」


  言葉に詰まる。正論で実際、そういう状況に何回も直面しただろうと思われる人の言うことには説得力がある。


  「分かりましたよ……。少し抜けますけどいいっすか?」


  「ああ、どうぞ」


  「……好きにしなさい。後でこき使うけど」


  「夜空、なんでそんなこと言う? 余計、行きづらくなったじゃんかよ……」


  快く送り出してるお前の父親を見習え。そもそも行く気ないんだから少しでも止めようとすると……。

  だが春野がすぐに俺の手を取る。あれよあれよと屋台を離れることとなってしまう。

  そして少し屋台から離れた頃に俺は言い放つ。


  「ちょっ、離してくれ」


  「え? あっ、ご、ごめん」


  流石にこれを知人に見られるのは嫌なので、離してくれと言ったのだが、春野がもじもじし出すのもやっぱり嫌だ。とても気まずい。


  「そ、そういえばさあ」


  春野は取り繕うかのように指をピンと立て、何か思い付いたように話し始めた。しかしその先が中々、出てこない。


  「えっーと。あ! そうだ! すみれと片桐くん、最近仲いいよね〜」


  「ほう、それは何より」


  俺にとっては耳寄りの情報だ。間を取り持った甲斐はあったということか。


  「で、何か最近、二人で出掛けたりしてるらしいよ」


  「……」


  思わず無言になる。それってつまりデートだよな? いとも簡単に地雷踏み抜くのってどうなの? 「デートしよう」発言忘れちゃったの?


  「え、あ、ごめん……」


  ぺこりと頭を下げる春野。やっぱりあの発言に罪の意識はあったらしい。

  俺もあの発言をほじくりかえすつもりはない。実際に行くことになったらそれはそれで困るし。だから許してやることにする。


  「まあ、いいよ。それであいつらは付き合ってんのか?」


  「んー。分かんない。そんなこと訊かないし。そもそもクラス違うからねー」


  言われてみればそうだ。三月の終わりにはクラス替えが行われる。クラスが違っていても不思議ではない。


  「それで尾道くん、何かしたの……?」


  周りを気にしながらこそこそと訊いてくる。女子高生にはデリケートな話題なのかもしれないが、耳のすぐ近くでそれを言うのは止めて頂きたい。こそばゆいから。

  それは置いといて、こう訊いてくるということは何か察しているということだろう。だがそれには答えたくない。安達と片桐の沽券にも関わるし。


  「別に何もしてない。片桐は肉食系で押しが強くて、そこに安達は惚れたんだろ、知らんけど」


  「あはは……すっごい適当……。でも端から見たらあれ、勝率0だったよ」


  ホントに片桐は可哀想なやつだ。ほとんどの人に恋心を見破られた挙げ句、勝率も低いと思われている。

  それに加え、俺が裏回ししている疑惑は春野の中ではかなり濃厚らしい。まあ、見た目がアレだから仕方ないかもな。


  「勝率0でも勝ったならそれでいいんじゃねぇの?」


  「……そうだね」


  何故か春野は声のトーンを下げる。それに俺は情けないことに戸惑ってしまった。

 

  「……なんでクラス違うのに花見なんてしてんだ?」


  「ああ、それはね……」


  露骨に話題を変えてしまっても春野はちゃんと質問に答えようとしてくれる。こういう所が優しいんだろうな。


  「今のクラスじゃなくて、元のクラスで花見してるからだよ。1-Eのね」


  「…………え」


  ちょっと待て。俺は考えを巡らす。こいつ何て言った? 1-Eのクラスだと? それはつまり……元クラスメイトと会うってことじゃねぇか! 嫌だ!

 

  「ちょっとお腹痛くなってきたな〜。トイレ行っていい?」


  「え、うん。どうぞ」


  こいつチョロいなあと思いながら、会場の近くにあるトイレを探す。だが後ろから首根っこを掴まれて、思わず「うえっ」と奇声を上げる。

  振り向くとそこにいたのは茶髪にジャラッジャラにチェーンをつけたジーンズをはいたヤンキー。失礼、忘れることもない片桐景介だった。


  「よお。どこ行こうとしてたんだ? まさかトイレじゃねぇよなあ?」


  「まさかのトイレだ。早くそこをどいてくれ。公衆の面前で失禁なんてしてみろ。人生詰むぞ?」


  「お前の人生なんてどうでもいい。来い」


  いや、まじで酷くないっすか? 俺の人生すら歯牙にかけないのはもはや論理が通用しない。ならば三十六計逃げるに如かず。

  だが俺の逃亡は全て片桐に腕を掴まれることで封じられることになる。てか握るの痛くない? いや、絶対痛いって。いてててて!


  「おら、行くぞ」


  JKの春野が腕を掴んだと思えば、次はブ男の片桐に掴まれる。俺はこの格差に愕然とする。なんつー天の導きだよ。恨むぞ……。

最近この物語はどこまで続くのだろうと思い始めました。話を書いても次の話が思い付くので終わりが見えません……。一応、100話までには終わらせたいと思っています!

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