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三章 第9話 環春野は駄々をこねる

  やっとのことで箱根の芦ノ湖周辺にたどり着く。やっとゆっくり観光できる。そんなことを呑気に思っていた俺がいる場所は。

  まさかの旅館。もはや観光する気などなく、休む気配があるように思える。だが違うのだ。少なくとも俺がこうなるよう謀った訳ではない。確かに休息が好きだけども。

  なぜこうなったかは全て今、チェックインをしてくれた春野に原因がある。

  何やら焦っている感じだが、こういうチェックインには慣れていないのだろう。まあ、基本的に子供が出る幕が普通はないしな。

 

  そう納得する。それより問題はあの春野が背負っている荷物だ。やっと芦ノ湖に着いたというのに、着いた瞬間「重い」だの「持って」だのだ。それくらいならと始めにチェックインした次第だが。

  やっぱり出鼻を挫かれた気分だ。まあ、結局チェックインはしないといけないからいいけどさ。

  しかし今思うとこれは一泊二日の旅行なのだ。例え楽しみだったとはいえ、流石に量が多すぎたな……。

  どうやらチェックインが終わったらしく、春野とそれに付き添っていた夜空がこちらへ向かってくる。


  「悪いな、チェックイン任せて」


  「ううん、いいよ。でもさ……」


  春野はそうとだけ言うと、目を伏せる。頬はほんのり赤くなっている。


  「あ、あの……一部屋しか予約、とれてないんだよね……」


  「…………は? いや、なんで?」


  俺が困惑した声を出すと、夜空は手に持っていたスマホをひらひらされこう言う。


  「父に連絡したらそれは失念していた、ということよ。つまりあちら側のミスでもないということね」


  「なんで男女が泊まるのに一部屋でいいと思ったんだよ……」


  今回の旅行に関してはチケット予約から、それをサプライズ発表と気の利いていた流成さんだがここで本来的なものが出てしまったみたいだ……。


  「悪いわね……。なんでこうなるのかしら……。でもここで予約とれるなら、お金を後で払ってくれるらしいわよ」


  なるほど。そりゃ気が利いてる。というかこれに対しては大盤振る舞いだな。そんだけこの企画に懸けていたということか。


  「じゃあお言葉に甘えてそうしようかな」


  俺が厚意をありがたく頂戴しようとするが、慌てた声と共に後ろから引っ張られる。がっ、引力が……。

  思わず振り向くと春野が俺の服を服を握りながら、頬を膨らましている。


  「……なんだよ」


  「いや、ホントに部屋取っちゃうのかーって」


  「別に流成さんも取ればいいって言ってるし、取るでしょ」


  さも当然のように言う。えっ、だって当然だから……。


  「一人で寂しくないの……?」


  「寂しくないな。教室だっていつも一人だからな」


  「うっ……」


  春野が言葉に詰まったことがわかる。

  流石にこれは真理を突きすぎたみたいだ。何をするにしてもだいたい一人だし、実際学校もそうだから反論しにくいだろう。ははははははは、俺、最強! はははは、はあ……。


  「じゃ、じゃあさ! 泊まるためのお金あるの?」


  「お金か……」


  そう言って財布を見ると、虎の子の諭吉が一枚。


  「ほ、ほら! これじゃ泊まれないでしょ!」


  「人が貧乏なの揶揄するなよ……。そんなに嬉しいか、俺の貧乏が」


  仕方ないだろ。貰った給料は何か買ったりするのに使うし、後ちょっと家に入れてるし……。


  「なぜそんなに少ないのよ。給料はちゃんとあげてるでしょ」


  「うるせ。何に使おうが俺の勝手だろ」


  少ない理由は先ほどの通りなのだが、わざわざ言うことでもないと思ったので隠しておく。


  「というか同じ部屋に泊まるなんてお前らが嫌だろ」


  「まあ、そうね。嫌だわ」


  夜空が即答する。これはこれで落ち込むが、同意は得られたみたいだ。


  「お金なら後で払ってくれるし、ここは出し合うって感じでどうだ?」


  「そうね。それなら現実的だし誰も困らないわね」


  夜空が頷きながら答えてくれる。


  「で、夜空いくらある? 借りたいんだが」


  「……一万円よ」


  「それでよく俺を非難する気になったな」

 

  全く同じ額でどうして見栄を張って、俺を非難することがあるだろうか。酷い! これが差別だ!

  夜空はほんのり顔を赤くしている。非難しておいてこれは恥ずかしいものであるらしい。


  「はあ……。そんなに要らないと思ったのよ……」


  まあ、わかる。旅行の楽しみ方を知らないやつはお金は困らない程度でいいだろうと思い、お土産分くらいしか持ってこない。

  となると春野のお金が頼りなのだが……。

 

  「か、貸さないよ!」


  「でしょうね……。でもな、流石に男と泊まるのは警戒心がないというか、身持ちが悪いというか、尻が軽いというか……」


  急に俺は独白を始める。春野はよくわからず俺をただ見つめるだけ。対して夜空は俺の意図に気づいたらしく、頭を抱える。


  「まあ、端的に言えばビッチなの?」


  「このクズ……」


  夜空が小さく呟くのが聞こえる。なんとでも言え。俺は男女で泊まるのは嫌なんだよ。

  春野はわなわなと震えている。どうやら認めがたい事実らしい。そりゃそうだ。淫乱扱いされて嬉しいやつがいるはずがない。


  「はあ……。わかったよ。お金貸すよ……」


  「おう、悪いな」


  俺は自分の口角が上がるのを自覚する。やっと折れてくれたか。


  「ただし! ここで予約取れなかったら一部屋だからね!」


  指をピンと上げ、そう言う。

  へいへいと返事をしながら、俺はカウンターへ行く。平日なので予約が取れないこともないだろうし、ここで旅館が別々なのは興醒めだ。それくらいは受け入れてやろう。


  「結局、予約埋まってたねー」


  俺が揚々と予約を取りに行ってから少し経つ。その結果は春野の言うとおりだ。

  平日ということで大丈夫だと思ったんだが……。なんでもテレビで紹介されたそこそこ有名な旅館でここを目当てに来る人も少なからずいるらしい。


  「まさかこんなことになってしまうとは……」


  夜空は額に手をやる。少し顔色も悪そうだ。失礼極まりないな。だが仕方ないだろう。


  「ねぇ、朝比奈くん、寝る時あなたのこと縛っててもいい? 危険だから」


  「どこの女王様プレイだよ……。一周回って逆にエロいぞ、それ」


  どうやらそれは失念していたらしく、夜空はふむと考える仕草をした後に口を開く。


  「じゃあ廊下で寝なさい。良かったわね、絨毯が敷いてあったわよ」


  俺は聞かなかったふりをして、さっさと部屋に入る。目に入ってきたのは芦ノ湖とそれを囲む壮大な自然。それは自分たちが元いた所に戻ったようなそんな本能に刷り込まれた感情が涌き出る。

  これなら予約が一杯なのも納得だ。景色も去ることながら、部屋を見るとかなり広く、寝るときも問題なさそうだしよしとしておくか。絨毯で寝る羽目にもならなさそうだ。

  ふと隣を見ると、春野が窓の外を見ている。「ほおー」とかいう歓声をささやかながら上げている。


  「こういうのも悪くないな……」


  何気なしに俺が呟く。旅行なんてただ疲れるもんだと思ってたが、こんな景色が見れるなら疲労を対価にしても損した気分にはならない。


  「だよね」


  隣で春野が俺に向かってニカッと笑う。それがどうしてかとてもこの景色にマッチしてると思ってしまい、それを壊すことが罪のように感じられる。

  思わず黙る。その時俺は春野を見つめてるだけで、春野からしたらさぞや気持ち悪いことだっただろう。


  「あ、ごめん……」


  春野は急に足元に目をやり、謝られる。

  え、何その反応。もしかしてマジで引いてる? こっちが謝りたくなるわ……。


  「……それより荷物置いて早く行こうぜ。夕方になっちまう」


  「あ、うん、そうだね」


  時計を見ると、既に午後二時を過ぎている。昼食はとったが観光は何一つできていない。早くしないと損してしまう。

  春野は荷物を置いて必要そうなものだけを別のバックに入れる。それがあるから荷物増えたんじゃないの……?


  「よし、じゃあ行こう!」


  春野は荷物をまとめ終わると手を掲げ声をかける。その姿は身軽そうだ。

  やっと観光が始まるのか……。なんかここまで来るだけでも大変だったな……。そんな疲労感が体中に駆け巡るのを感じながら部屋を出る。

恋愛には定番がある。今回は「予約ミス」のテンプレを使ってみました。テンプレは展開も広がりますし、話も書きやすい。なのでついつい使ってしまいますが、やっぱりオリジナリティの問題が付きまといます……。

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