番外編2-1 環夏樹はゲームが上手い
この話は二章第1話の後の話になります。第1話読了後にに読むのを推奨しますが、読まなくても特に影響はありません。
ゲームというのは俺の人生のバイブルだ。
俺の趣味はアニメ観賞、読書、麻雀、昼寝とそれなりにある方だと感じているが、その中でもゲームは一番だ。異論は認めない。
こうなったのは間違いなく、環夏樹の影響だと言える。元々、ゲームはそんなに好きではなかったから完全に要因はそれだ。
なぜかと言われればそれは家庭用ゲーム業界の変遷にある。家庭用ゲームというのは昔から一人でやるのが主流で、二人以上でやるならゲームセンターへ行けという話だ。
なのにだ。最近は通信とかオンラインとかが多すぎて困る。俺なんかは現実逃避でゲームをするのに、ゲームで友達がいないという現実を突き付けられるのだ。それはたまったもんじゃないだろう。
だからゲームをやらないと決めたのは意外に早い。確か小学校低学年では子供ながらに「ゲームなんかするもんか!」と小さな決意を固めたものだ。今思えば、早計だったと感じる。
だが夏樹に会って変わった。ゲームとは複数で人やることが楽しいと気づいた、あの時、ゲームをやめてしまったことに後悔した。
ああ、なんて俺は罪深いのか! こんな楽しいゲームというものを簡単に捨てていたのだろうか!
だがそんな思考はゲーム独特の電子音に遮られることになる。そして流れるK.O.の二文字。
……また負けた。これで何連敗だ? ゲームやめてもいいかなあ?
既に諦めかけている俺に夏樹の楽しそうな声がかかる。何が楽しいんだよ……!
「これで20連敗だよ」
「ああ、そうかい……」
「尾道くん……大丈夫?」
春野が俺の心に更に追い討ちをかける。姉弟揃ってこれかよ……。
わざわざ言わなくていいじゃん……。だがこいつに言っても無駄なことだ。こいつは曲げない。いかに自分が楽しむかしか信念がない。享楽ほどこいつに似合う言葉もないだろう。
「ほら、キャラ選択だよ~」
夏樹がのんびり話しかける。
今、やっているのは格闘ゲーム。いわゆる格ゲーというやつだ。やったことがある人はわかると思うが、格ゲーは実力差がはっきりする。だからこそ俺は夏樹に万が一にも勝てない。
「うーん。じゃあこれで」
夏樹は当然の如く、最弱キャラを選択する。ここで「それでいいのか」なんて聞いてはいけない。
夏樹と俺の戦力差は開ききっている。それはキャラどうこうで変わることはない。夏樹は大会にも出るガチ勢だが、俺はたまにアーケードやる程度のエンジョイ勢だ。勝てるはずもない。
つまりこれは煽りだ。こいつの場合、ただ煽って楽しむだけではなく、煽ることで相手を逆上させ、判断力を鈍らせる意図もある。
それには絶対に乗らんぞ……と思いながら、俺も当然の如く最強と呼び声高いキャラを選択する。俺は元からキャラ選択の幅が狭い。それで夏樹とまともに戦えるとなるとこいつしかいないのだ。
そう思っているうちにローディングが終わる。ファイ! の一言で試合が開始される。
まあこうなるだろうと予想した通りだった。俺は夏樹の小技や難しいコマンドもなんのそのの夏樹に翻弄され続け、二連続先取でボコボコにされていた。
「はい、21連敗」
「くっそ……ハンデを……」
キャラの戦力差があっても、それ以上にプレイヤーの戦力差がある。それをどう埋めるか。決まっている。ハンデをつければいい。
「うわーナチュラルにハンデつけてる……」
後ろのソファーにぐでーと試合を観ていた春野が言う。
「勝負決まってる状態で戦っても、お互い楽しくないだけだろ。むしろこいつはハンデつけた方が燃えるんだよ」
俺が夏樹を指差しながら言うと、しれっと夏樹が言ってのける。
「そうだねー、普通にやっても相手にならないし。ゲーセンなら金返せ言うレベル」
「……これで俺の後輩なんだぜ、ありえねぇよな……」
酷いことを言う夏樹に思わず、心が傷ついてしまった。そういうのはTPOに気を付けた方がいいぜ……。
だがこいつがこう言うのは納得できる。俺は相手が強いから、まだ楽しめるが、逆の立場ならつまらないこと、この上ないだろう。
「尾道くんってゲーム弱いねー」
春野ののんびりとした声。だが俺は聞き捨てならなかった。
「俺が弱いんじゃない。こいつが強すぎるだけだ」
ド正論だ。実際見る人が見れば、夏樹が圧倒的ということがわかる。しかし春野は見る専。しかもたまにしか見ていない。ならば
「いやーでも流石に21連敗は……」
という感じのことを言い出すのだ。こっちの苦労も知らずに。
「実力がなければ、万が一でも勝てないのが格ゲーだ。知らんかもしれんが夏樹は大会でもガチ勢に勝ちまくるレベルだぞ」
「せめて傷一つはつけようよ……」
わかっていない。全くわかっていない。確かにさっきハメ技を食らって、一ビットも削れずにボロ負けしたが、こういうことがあるのもまた格ゲーだ。
無知が行き過ぎると煽りに感じることがわかった。姉弟の俺に対するdisがヤバいな。俺を何だと思ってるの? 奴隷? やだ、それって夜空の俺に対する評価じゃん。
「お前もやればわかる。夏樹相手じゃ手も足も出ない」
「嘘っぽいな~」
春野は口元を抑え、くくっと笑いながら言う。完全にからかってるな、こいつ……。
まあ、ほっとこう。口ではいくらでも言える。こんなことなら夏樹とゲームしてボコボコにされて、人間の尊厳を失ってしまえばいい。ついでに俺に土下座で謝罪もすれば完璧だ。
「まあ、先輩が弱いのも事実だけどね~」
おい。今のは俺と春野のいさかいだろ。お前が入ってくんな。なんかぐちゃぐちゃにされそうだから……。ホントやめてください……。
「別にいいだろ……。これで価値が決まるわけでもなし」
「先輩の価値ってあるの? 学校行ってないのに?」
わずかな沈黙。これは俺の考える時間だったのだろう。だが何も出てこない。それは何よりもこの沈黙が雄弁に語っていた。
それどころか落ち込んだ。いや、まじで帰りたいな、これ……。
しょぼんとした俺を見たであろう春野は更に笑い、俺を煽る。
「今なら尾道くんに勝てちゃうかも」
「はあ?」
苛ついた声が口をつく。自分でも驚くくらいのドスの利き方だったと思うが、春野はなんのその。ついでに言うなら夏樹も動じていない。メンタル強すぎてこっちの心が折れそうだよ。
「私もたまーにやってるし、何か尾道くんはしょんぼりしてるし」
「練習してんのか?」
俺は夏樹に向き直りながら、言うと
「まあね、ソロプレイだけど」
と手を広げながら答える。
ふーん。俺の第一声はそれだった。口元は笑っていたかもしれない。
先ほど言った通り、格ゲーには実力差がはっきり現れるのだ。例え格ゲーエンジョイ勢の俺でも、相手が対人戦経験がないなら勝てる。それも圧倒的に。
俺はもう一度嗤う。勝った、確信した瞬間だった。そして言う。
「いいぜ、やろう。同じやつとやってても暇になるだけだしな」
「やったー!」
春野は腕を上げて、喜ぶ。ふっ、これがボコボコにされるのも知らずに能天気なもんだ。
「ふーん……。まあいいや」
夏樹は訝しむ声をあげたが、大人しく春野にアーケードスティックを手渡す。だが俺はそれを手で遮る。
「アーケードスティックは慣れてないだろ? コントローラーでいいぜ」
俺は煽る。春野はなめられたことにムカついたのかぷくーと頬を膨らます。
煽るのも戦法だ。なら存分に使わせてもらおう。幸い、そういうのは得意だしな!
「コントローラーはコマンド出しにくいけどね……」
夏樹がボソッと小声で呟くが、聞かなかったことにする。確かにコントローラーでコマンドを出すのは大変だ。けど春野は家でやってるならこっちが得意なはずだ。
だがそれでも俺が勝つ。そんな確信を抱きながらキャラ選択をする。先ほどの最強キャラではなく、本来よく使うキャラを選択する。
対して春野は女性キャラ。別に弱くもないのだが、操作がいささか難しい。これはあれだな。可愛いだけで選んだパターンか。
そんなとりとめのないことを考えているうちに試合が始まる。格ゲーと世の中の厳しさを思い知ってもらおうか!
お互いに距離を取る。相手の動きを見切るため、ではない。春野はそうするためかもしれないが、俺は違う。
春野のキャラが飛び込んでくる。ふっ、来たな! 俺はその動きを捉え、正確に下段キックを入れる。相手はダメージを受け、のけぞる。
だが春野はそこからのコンボを決めるつもりらしく、攻撃の手を緩めない。俺はそれを下段キックで迎撃する。
「うわ……。下段キックだよ……。ずりぃ……」
夏樹がぶつぶつと抗議するが、知ったことか。
連続下段キックは弱点らしい弱点もなく、それでいて相手の攻撃を封じることができる。あまりのズルさに禁止する大会もあるらしいが、これはただの私闘だ。何でもアリ。勝てればいいんだよ!
そうこうしてるうちに春野のキャラの体力は削られ、K.O.される。
「ふっ、勝利」
「え……ずるくない? だって攻撃らしい攻撃してないじゃん!」
「知らない方が悪いんだよ! あっはははははは」
煽ってく。これでハメ技使えば勝てる。愉快愉快。
「先輩、性格悪いなあ……。ほぼ初心者にハメ技使うなんて」
「それが俺だ」
夏樹が呆れた様子で言うが、俺は気に留めたりしない。
ここまでくると性格悪いは褒め言葉だ。何もダメージがありませんなあ!
「はいはい。まあ次は先輩、ハメ技禁止ね。ズルすぎるから」
「正式なルールは……」
「言い訳はいいから。それとも何? こんなことしないと勝てないの?」
煽るなあ、お前も。まあハメ技なんて使わなくても勝てるしな。
「わかったよ……」
そう言った瞬間、ラウンド2が始まる。とりあえず飛び道具で。
だが春野のキャラがいきなり飛び込んでくる。ここは対空で。そう思った時には、相手の攻撃が決まる。ちっ、意外にやるな。
ここからが目を見張った。相手が連続の下段キックを決めてくる。思わず声が出る。
「はああーーーー!? これハメじゃねぇか! 禁止だろ!」
「え?」
聞き返してくるが、完全に笑い声が漏れている。俺は反撃を試みるがハメられたら終わりだ。みるみる体力は削られ、やがて尽きる。
「春野、それってハメ技だよな……」
「うん。だって夏樹は尾道くんがハメ技? 禁止としか言ってないもん」
ずる賢くなったものだ。優しい春野は多分、中三で消え去ったのだ。全く有象無象はびこる世の中でこれは珍しかったはずなのに。
なるほど。これは本気でぶっ潰すしかないらしいな。ラウンド3が始まる直前、俺は春野に声をかける。
「ハメ技は禁止な……?」
情けないが俺にハメ技を回避する技量はない。ここは春野に引いてもらおう。すると春野は軽く首肯する。
『ラウンド3、ファイ!』
ゲーム音が流れる。俺はそれと共に春野に先制をかける。俺のキャラはスピードが命だ。機動力に任せれば勝てないことはない。
それに加え、春野のキャラは操作が難しく簡単にコマンドの発動ができない。心の準備が出来る前に勝つ戦法だ。
俺が一歩リードする。これは戦法の差とキャラの差と何より経験の差が出ていた。だが意外と春野も善戦している。
そのまま終盤戦へと突入するが、未だ俺の優勢だ。押しきってやる! そのまま突っ込む。ここで大技を決めれば……。
だがそんな俺の考えは見事に玉砕されることになる。俺が大技を発動する瞬間、春野は凄まじい早さでコマンド入力をする。そして刹那、一瞬の空白ができる。だが次の瞬間には決着がつく。
春野のキャラが喜ぶ姿と俺のキャラがだらしなく倒れる姿が、テレビにでかでかと映される。負けたと思う以上に
「おい……最後の技って……」
コマンド入力が難しいことで有名な大技だ。その難しさはNo.1呼び声は高い。だが使われたら一気に体力が削られるほどに強力だ。
「うん。これだけめっちゃ練習したんだよねぇ」
「お姉ちゃんはもっと他の技練習した方がいいと思うけどねー、それなりに才能あるし」
俺は唖然とする。なんだよ、この姉弟。単純にゲーム強すぎだろ……。いや、違うかも。俺が弱いだけか……。その事実にがくりと頭を垂れる。
今回はゲーム回です! ……というものの僕は格ゲーしたことがありません……。なので文章はなんとなくの想像です。軽くプレイ動画は見ますがただそれだけ。知らないことを知ったかぶりしないといけないのが、小説を書いていてつらいところです。