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二章 第25話 彼ら彼女らは何も知らない

  吉野先生から相談を受けた夜、俺は対策を講じる半分、漫画読むの半分とそれなりに堕落した生活をしていた。

  まあ、テスト終わったしちょっとは許してね?

  静寂な部屋の中で一人、ベッドの上でそんなことをしてるいるとそれを打ち破る音が響く。音から推測するに電話らしい。

  誰だと思っていると、絶対にいらないであろうと思っていた片桐の電話番号だった。出るのが億劫だなと思ったが、このタイミングでしかも俺に。何かただ事ではない気がした。


  「どうした?」

 

  とりあえず電話を繋いだ。すると片桐が重々しい雰囲気で口を開く。

 

  『なあ……』


  ごくりと喉が鳴る音が聞こえる。それは果たして片桐のものか、俺のものかはわからなかった。

 

  『テスト、英語死んだかもしれん……』

 

  うん。どうでもいいな。こいつの留年確定情報とかすげぇどうでもいい。

 

  「あっそ。漫画の続き、気になるからまたな」

 

  『うおおおおおおおおおい! 待て、コラ!』


  どうでもいいから電話を切ろうとしたが、片桐の声に押し留められる。というかうるさい。

 

  「留年になりそうなのはお前のせいだろ。しかも終わったことで電話すんな」

 

  『ドライすぎんだろ、オイ』

 

  「つまらんことで電話すんな。こっちは考え事があんだよ」

 

  軽くあしあうと明らかに間が生まれる。これは切ってもいいということかと思い、切りかけるとその直前に声がかかる。

 

  『考え事ってなんだ?』

 

  思わず舌打ちが出かける。いつもは鈍い片桐が気づいてしまったことと、俺が思わず口走ってしまったことに。

  いや、何でもないと言うのは簡単だ。だけどそれでいいのかと思ってしまう。何のために安達を助けるのかと考えてしまう。

  だが俺はすぐに答えに辿り着く。もちろん安達、片桐、春野のためだ。だけどそこには制約がつく。

  なるべく彼らに知られない方法でだ。ならば俺がすることは一つ。

 

  「いや、何でもない」


  『そうか。お前が言うなら間違いないんだろうな』

 

  随分と信じていらっしゃるようで。だがこいつに対してやってやったことなど少ないはずだ。

  そんな罪の意識か何なのか本当にどうでもいいことを訊いてしまう。


  「お前ってどうして安達のこと好きなんだ?」

 

  『ホントにどうしたんだ、お前』


  心配した口調でありながらも少し笑い声も聞こえる。


  『そうだな……。特に何かあった訳じゃないが、まあなんだろうな』


  そこで一旦、片桐は言葉を切る。そこには何やら恥ずかしさがあるらしい。

 

  『真っ直ぐな所かな……。どんなことにも迷わない感じに惹かれたのかもしれん』

 

  「そうか。じゃあまたな」

 

  『お、おい! 恥かかせるだけかよ!』

 

  そんな声に俺は取り合わず切ってしまう。我ながら酷いと思うが、そうとしか出来なかった。

  このままでは片桐の幻想を壊してしまうと思ったからだ。本当は何かが安達の心に巣食っているというのにそれを知らない。皮肉なことに距離が近いほど何も気づかないのだ。

  理由ははっきりしている。手放しの信用があるからだ。そこに正確さは求めない。ただイメージに合うか合わないかだけだ。

  が手放しの信用が悪いとは思わない。俺はそんなものを持ったことがないからきっと素晴らしいものなのだろう。だから俺はそれを壊すつもりは毛頭ないのだ。


  電話がかかってきて思い出した。安達にこのノートを渡すためには安達の家を聞く必要がある。

  学校に来るのを待ってもいいが、確実に来るかはわからないし、そもそも長話ができない。

  前提として安達に直接、電話をかけるのはノーだ。先に拒否される可能性が高いし、タイミングが悪ければヤンキー達に問い詰められてもおかしくない。

  家を片桐は……知るわけないか。なら春野しかないな。よかった。少ない連絡先で知ってそうなやつがいて。

  すぐに電話をかける。なるべく手っ取り早く終わらせたい。先延ばすほど寝つきが悪くなりそうだし。


  『はい、もしもし』


  「あーもしもし、俺ね」

 

  『ど、どうしたの急に』


  「電話っていうのは、だいたい急だ」


  だからそんなに驚くな。こっちが話しにくい。


  「突然だが、安達の家ってどこだ?」


  『えっ、えっ』


  突然とは言ったが驚きすぎ。こんなことならメールにしとけばよかったよ……。だがここで変えるのは既に手遅れ。仕方なく春野を待っていると

 

  『な、なんでそんなこと訊くの……?』


  理由か。いきなり理由を訊くか。そんなことを思う。一番、触れてほしくないんだけどな……。まあ、正直に言うか。

 

  「先生から安達のノートを預かっててな。それで渡してほしいんだと」


  『あ~、そゆことね』


  春野はほっとしたような声を出す。それで俺は少し胸が締め付けられる。嘘ではない。だが半分だ。情報の隠蔽は嘘というなら俺は泥棒予備軍だな。


  「ま、そういうことだ。で、家はどこだ?」

 

  『えーと。あっ! それっていつ行くの?』


  質問の意味がわからないので、これは完全なる正直で答える。まあ遅すぎても悪いし……。


  「できれば明日には」


  『なら私が連れてってあげようか? なんか休んでるの心配だし……。尾道くんも楽でしょ?』


  こう思うのは当然だ。春野にとっては。親友だし、学級委員長だし、何より春野という人格が休んだ人をお見舞うのは当然のことだった。

  だが俺はこんな単純なことを見落としていた。これは非常に困る。この話は誰かいると踏み込めないし、先生との約束も破ることになってしまう。

 

  「いや、別にいいよ。頼まれたのは俺だけだし」


  それとなく断ってみる。だが俺はここでも単純なことを見落としていた。


  『そんな遠慮しなくていいよ。私も暇だし』


  春野は空気が読めないのだ……。正しくは場によって変わるのだ。

  学校とかのオフィシャルな場では、空気を読んで振る舞うが、こういうプライベートな場では空気を読まない。むしろ優しさがウザい。


  「ホントに一人で行かせてくれ……」


  『ああ、やっぱり……』


  俺の本音に間髪入れず、春野が返してくる。その声は悲しさを帯びていた。


  『やっぱり何か隠してると思ったんだよ』


  やっぱりということはこの会話自体、誘導尋問だったのか。だが責めることはできない。そもそも俺が春野を騙そうとしてたのだから。


  「……なんでわかった」


  恐る恐る訊く。もうここで嘘を憑いても見破られるだろうし、これ以上は心が痛い。


  『知ってる? いや、知らないだろうね。尾道くんは大事なことは一人で決めちゃうんだよ』

 

  それは知らなかった。しかし知らなかったのは自分の性格ではない。それ以外の選択肢だ。一人でやること以外の選択肢を知らなかった。


  「それの何が悪い」

 

  ここまでいくと開き直りだ。だがこれもまた本心だ。俺は一人で生きてきた。それを否定されたくはない。

 

  『何も悪くないよ。尾道くんがそれでいいなら。でも周りのことも考えてほしいな……』

 

  そう言う春野の声は相も変わらず、悲しみが滲み出ている。けどふっ、と声が聞こえた、気がした。

 

  『っていうのは全部、夜空の言葉なんだけどね……』


  呆気ないネタバラシ。でも一番、呆気に取られたのは俺だった。


  「…………は?」


  『知らなかった? 私、結構、カフェ「三ツ星」に行ってるんだよ?』


  知るわけがない。カフェ「三ツ星」には久しく行ってないのだから。


  『夜空と色々話すんだけどね、やっぱりなんか悲しそうだったよ。顔には出さないけど』


  それは夜空らしいと思った。来る者は拒まず、去る者は追わず。けれど去る者に後悔する。


  「……そうか」


  『だからさ、もう一人で何かするのはやめてほしいな……』

 

  この言葉は春野の本心が含まれていると同時に、夜空の本心もミックスされているのだろう。だが、だが

 

  「だけどこれだけは一人でやらせてほしいんだ」

 

  俺は喉から振り絞って言う。これだけは一人でやらなければいけないんだ。そうしないと俺は。


  『そっ、か』

 

  会話が途切れる。春野の言葉の真意はわからない。俺がやらんとすることを認めてくれたのか。それとも認められなくてもなんとか飲み込もうとしているのか。

  その間もどのくらいになっただろう。電話を切りたいが、そうもいかない気がする。ここで切れば何か起こる。何かはわからないけど。


  『……ずるいよね、尾道くんは』


  やっと春野が切り出す。


  『何でも一人でやって、それで一人で成功させて、一人で達成感を味わってる』


  「別に達成感なんて……」


  言い返すが、情けない弁解しか出てこない。俺は何をショックに感じているんだ。ずっと正しいと思っていたそれが春野の一言で揺らぐ。

  でも達成感だけはない。こんな方法しかできない自分がいつも嫌いになる。それを美化した言葉で済ませないでほしかった。

 

  『達成感だよ。私たちは自分が無力だと思いしらされるもん』


  「……ちがう」


  それだけは絶対に。理論じゃない。感覚がそう言っている。

  春野は息を吐く。それは笑い声に聞こえた。


  『別に非難したい訳じゃないの。ただ、私は尾道くんと、君と一緒に……』


  言葉を切る。そうしてもう一度、息を吐く。

 

  『君と一緒に誰かを救いたいだけなの。もう無力で優しくないのは嫌なの……』

 

  どくんと心臓が跳ねる。それだけはわかる。でもそれ以上はまるでわからなかった。それどころか俺の今の心情は何か知らない。名前を、つけられない。

 

  「お前は……いや、なんでもない」


  何か言いたかった。何も言えなかった。だけど俺の中での春野という存在が少し変わった気がする。

  春野は優しいだけではない何かを持っている。もちろんその正体は知らない。知らないことだらけだ。

  けれど、いつかそれがわかればいいな……。俺らしくないささやかな願いだ。

 

  『はあ……。なんか疲れたよ。だからすみれの家の場所だけ教えるから一人で行ってよ』


  「いいのか?」


  一応、確認をとる。あまりの変わり身の速さに不安になってしまった。


  『いいよ。どうせ一人でどうにかしちゃうんだろうし。だいたい尾道くんはズルいから』


  言葉は酷いものだ。前には無かったであろう俺を貶める言葉。でもその電話の先では、俺も見たことがない極上の笑顔がある気がした。


  一通り位置を教えてもらい、その後に電話を切る。

  携帯を適当にベッドに放り投げる。それを避けるように寝そべりふと思う。俺は何のために安達を助けるのだろうかと。

  一人でやることが安達のため、ひいては片桐のため、春野のためと思っていた。知らないことがいいことだってあるのだから。

  なのに結果的に片桐を心配させ、春野を悲しませた。安達に対してはどうだろう?

  もうどうすることが正しいのかわからなかった。

この話は書いていて一番、思い入れがあります。小説を書いてる人はわかる感覚かもしれませんが、心情と言葉がバチッとはまる。それが今までで一番、実現できた感じがします。

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