二章 第24話 吉野深雪は迷っている
テスト二日目が終わり弛緩した空気が流れる。俺も正直それに流されたい所なのだがそうもいかない。
その流れを邪魔する岩が何個もあるからだ。
一つ目はテスト。あれ? 終わったんじゃなくて? と思った方もいるだろうが、そんなことはない。明らかに手応えがなかったからだ。
詳しく言うとどの程度の点数かわからない。赤点を余裕で回避できてるかもしれないし、そんなことはないかもしれない。そんな曖昧な状態が心を掻き乱す。
他にも二つ、三つ……と岩がある。だがそれは全て一つで片付けられる。安達すみれのことだ。
安達すみれは結局、二日目も学校には来なかった。安達は勉強会のメンバーの中では唯一、何点取っても安全圏のにいる人間だった。だからあまり問題はない。
それはクラスの皆はわかっているのか、さして気に留める様子はなかった。だが少し考えてみてほしい。
テストで何点でも取ってもいいのならテストを嫌がる理由がない。ついでに言うならあいつは普段からの勉強を怠らないやつだ。勉強にも悪感情はまるで抱いていないだろう。
むしろ今まで上位をキープしてきたというプライドから、無駄な休みは避けたいはずだ。
なら考えられるのは悪友のこと。でもそれだけを考えるのは愚策だ。悪友と共にいる光景を見たというフィルターがかかってしまっている。
だから偶発的なことも考慮しなければ。風邪とか怪我といったような。まあ、春野に聞くところによると安達に連絡しても休んだ理由は教えてくれなかったから、可能性は低いだろうが。
その偶発的なことについては顔が広い春野よりも役に立つ人物がいる。俺はタイミングを見計らって話かける。
「吉野先生、今、暇っすか?」
「え……あ、うん。暇だよ」
戸惑った風に吉野先生は返す。まあ、普段から話しかけたりする生徒じゃないしな。むしろ誰にも話しかけないまである。
「安達のことなんすけど……」
「……ご、ごめん。職員室まで運ぶものあるから手伝ってくれないかな?」
どうやらビンゴらしい。ここでは話ができないということか。
「別にいいっすよ。テスト終わりましたし」
本当はテストが終わったからどうということはない。いつも暇だし。吉野先生はわからないだろうなあ……。
「じゃあこれよろしく」
「えー……」
ちょっとかっこつけて仕事を引き受けたのだが、荷物を見てしまうとやる気が一気に失われる。
それは山、間違えた。ノートだった。これを一度とかこの先生、鬼畜なの……?
「も、もちろん半分持つから」
慌てたフォローが入る。……まあ、そうだよな。一人で持とうとした俺が早計だった。ぼっちの特徴として集配物はどんなに多くても一人で持とうとする。理由は……言わずもがなだな。
ここで渋っていても仕方ないと思い、ノートの山に手をつける。
「で、これって何すか?」
「んー。英語のノート。朝比奈くん出してないよね……」
吉野先生は英語教師らしく注意する。そういやテスト終わりに出すはずなのだが、忘れていた。しかも家に忘れてきてるな。
「あー、明日出します」
「はいはい。まあパッと見、テストはそんな悪くなさそうだったし、勉強はしてたみたいだね」
「今回は結構、勉強しましたからね……」
俺は血涙を流しそうになる。謙遜して結構なんてつけているが、過去最高にした。密度だけなら高校受験と時とほぼ同じ。
からからと吉野先生は笑う。……こんなに感情豊かだったっけ、この人。
「やったんじゃなくて、やらされたんでしょ? 勉強会とかで」
「なんだ知ってんじゃないですか」
「環さんに聞いたからね」
ああ、なるほど。最近は吉野先生、女子と仲良さそうだし。
「あと安達さんにも……」
俺は思わず、先生の方を見てしまう。急にそうしたせいでバランスを崩してしまう。
「くっ、がっ!」
「ふふふ。早めに行った方がいいね」
そこからは無言。一度、安達の名を出したので話の論点をずらすのを避けた結果だろう。運ぶのに集中したおかげかすぐに職員室に着き、ノートを机に置く。
「じゃあ、行こうか」
どうやら話す場所は職員室ではないらしい。そんなに話しづらいことなのか。
俺は先生についていく。するといつか見た教室に辿り着いた。相談室か……。なんか閉鎖的で拷問施設みたいだから好きじゃないんだけどなあ。
が駄々をこねても仕方がない。そもそもこんな厄介にしたのは俺なのだ。
吉野先生は、はぐらかしてもいいものをこうして誠心誠意、俺に向き合ってくれている。なら俺も同じようにするのが筋に決まっている。
ゆっくりと前と同じ場所に腰かける。
「それで安達さんのことだよね」
すぐに切り出してくる。もう覚悟は決まっているのだろう。
「はい。まず教えてください。なんで今日昨日と欠席なんですか?」
「その前に一つ。今から言うことは悪用しちゃ駄目だよ」
「しませんよ、悪用なんて」
利用はするけど。その言葉はぐっと堪える。
「風邪ってことになってるわ」
「白々しいっすね」
速攻で返す。もちろん、安達も吉野先生もということだ。むしろここまで来させといて風邪でしたなんてジョークとしては最悪だ。
「だから『ことになってる』って言ったじゃん」
また笑う。もしかしたら安達が大変なことになってるかもしれないというのに、笑っているのは危機感の欠如というより余裕があるということなんだろう。
「それは二日とも連絡しましたか?」
「そうね。どっちも朝に、本人が」
てことは監禁、軟禁はないか。可能性は低いと思ってたけど。
「本当の理由はわかりますか?」
「わからないわね。追及しないことが優しさだと思うから」
一応、本人から確認を取ったからとりあえず安心ということだろう。俺も追及しないのには賛成だ。安達のためにやってる以上、安達の嫌がることは避けるのかいい。
「じゃあ少し話、変えます。安達が生徒会なのはなんでですか」
「それもわからない。けど結構、ギリギリで慌てて選挙の準備してた印象があるわ」
この情報がどういう影響を及ぼすかはわからない。けれどあの生徒会の不可解な部分はこういう普通とは言えない部分から来ているのかもしれないとは思った。
「じゃあ最後です。ここ以上、嗅ぎ回るのは悪いんで」
「それは誰に?」
ニヤニヤしている。……これは知ってるっぽいぞ。片桐、残念だな。お前の恋心は先生にもバレてるぞ。てことはクラスの女子はだいたい知ってるな。
「ご想像にお任せします。安達が反省文とか書いたりしてません?」
「それだけは絶対に教えられない」
吉野先生は厳しく言う。まあ当然だよな。吉野先生ならワンチャンあるかと思ったが、やっぱないか。根は真面目ということか。もしくは口は堅いか。
そんなことを考えた後、苦笑する。どれも見当違いだな。生徒の秘密をばらさないのは先生という生き物だからだ。
「少しだけでも……」
「その少しは全部でしょうが……」
その通りだ。そのために図々しく聞いたのだがこれも駄目か。俺の戦法がチープすぎるな。もはやおちょくっている。
「じゃあ話はこれで」
「はい。時間、取らせてすみませんでした……」
「本当にね。だからこのノート、安達に返しておいて」
人、扱うの雑だな……。しかもお世辞をガチで返されても……。一瞬、そんなことを思ったがノートを渡されて驚きに変わる。
「これって……」
「じゃあ私はこれで。相談室、別に鍵閉めなくていいから」
そう言ってそのまま出ていってしまう。残されたのは俺だけ。ただのノートに驚いたのはその持ち主が安達であったからだ。
どうして俺に……。渡せと言われても家知らんし。だが中身をパラパラと見てみるとその理由が分かった気がする。
一見、ただの英訳和訳の添削ノートのように見える。でもこんな課題の提出はなかったはずだ。つまりこれは安達が自主的にやってるもの。やはり学年上位となると違うな。
しかしよく見ると提出を一回するごとに安達からのコメントが書かれている。俺はそれを見て、血液が凍ったようにヒヤリとし、動けなくなった。
それは日記のように雑然とした感想だった。ほとんどは俺には全くわからないものだ。だがわかるものもある。
『噂の不登校の子が来た。春野ちゃんが言うよりも腐っていた』
あいつ……。これはディスなの? 先生はまさか俺が傷つくことに期待してるの?
『生徒会、頑張りたいけど噂がね……』
『球技大会! みんなすっごい頑張ってた。仲良い人が活躍すると嬉しいな~』
『冬、さぶい……さぶいさぶい。早く春よ、恋!(あえての誤字)』
そんな安達らしいフランクで楽しげな文が続く。これには先生も軽いコメントを添えている。
しかし目についたのはそれだけではない。むしろそれよりも先に目についてしまった言葉に俺は慄然とした。
『中学校の人と遊んだ。けどなんか違うかな~』
『煙草と酒って不味いんだね……。大人って大変』
『人との付き合いって流行りだから見始めたドラマの四話みたいだよね……』
これもフランクさは変わらない。けど暗い影が帯びているように思う。先生もここはコメントに苦心しているようで曖昧なことしか書かれていない。
やっとこのノートを受け取った理由が分かった気がする。先生なりの抵抗なのだ。
確かに先生がどうにかして安達の悩みに介入する方法はある。担任として悩みを聞けばいい。けれど問題があったとしてもどうにもならない可能性がある。
安達から問題の解決を拒否された場合だ。もしくはそれを問題と思っていない場合。
そうなると教師という立場ではどうすることもできない。ただ何か起きるのを待つだけ。しかしそれは不本意だろう。有事が起きてからじゃ遅いのだ。
だから俺に委任することがせめてもの問題解決への方策なのだ。これはきっと吉野先生が考えぬいた答えなのだ。
ここで臆病と責めてはいけない。臆病ではなく、慎重なだけだ。自分と安達に。
俺は慎重じゃない。なら好きなようにやらせてもらう。もちろん問題を表面化させるリスクと何かあることを待つリスクを比べ、やるつもりだ。
期待とは重い業だ。だがそれを抱えなければ助けたいものは何も助けられないのだ。
そんなことを思いながら、俺は相談室を出、帰路につく。
ここに書くことがない……。何か質問とかありませんか?(超他人任せ)




