二章 第22話 朝比奈尾道は目撃する
カリカリとシャーペンを走らせる音だけが聞こえる。周りから見たらこの光景をどう思うか? 間違いなくなんでここにいる? だ。
今日は勉強会をするべくファミレスに来ているのだが、どうも雰囲気が良くない。いつもなら集中が切れそうな春野や片桐も黙々も手を動かしている異様な光景だ。
むしろ俺の方が集中が切れている。テストも三日前だというのにこれはまずいかもしれない。だが気になることがある以上、どうも手につかない。
テストの敵は本当はテスト範囲の問題ではない。精神状態だ。ゲームしたいなあとか勉強なるべくしたくないなあとかいう雑念との勝負だ。その中には当然、不安事も入る。
安達は何かしら問題を抱えている。これは学期始めの生徒会の集まりからなんとなく感じていた違和感に通ずるものがある。
それが顕在化したのは間違いなく四日前の勉強会だろう。そこから連日、勉強会を行っているが、その違和感が尾を引いてどうも空気が悪い。始めは活発に行われていた教え合いも何気ない会話もすっかり無くなってしまった。
だがこれを不安事と言っていいのだろうか。安達すみれは俺にとって一番距離の近い他人である。その点でいうと春野と片桐とは一線を隠す。
だから他人の問題を俺の問題として扱うには抵抗がある。
はあ、ホント集中できねぇ。連日、勉強会をやってるのに一人でやってる時の方が効率がいい気がするほどだ。
もしかしたら他の二人がこんなに集中して勉強しているように見えるのも虚勢なのかもしれない。
全く集中できてないのにおかしい所を見せないように振る舞っているか、その問題を気にしているのにあえて忘れようと勉強に専心するかのどちらかもしれない。
もしかしたら二人は距離が近いからこそ身動きができないのかもしれない。その距離感を壊さないように振る舞うことしかできないのかもしれない。
なら俺の出番になってくるかもしれない。距離感はそんなに近くないし、そもそも安達との関係性などどうでもいい。春野の友人。それだけで十分だ。
そんな気取った感じだが本当はわかっているのだ。それが安達のためでないことを。これは俺のためだ。俺が前に進むためだ。
安達の今の姿は星合夜空と重なるのだ。ほとんど完璧な人間でありながら弱さを抱えてるあたりが。
俺は星合夜空に何もできなかった。それどころか相手を勝手に傷つけて、挙げ句の果てには逃げてきた。どう考えてもいい印象は持たれていまい。
だからせめて似たような人がいたなら救いたいと思っているのだ、俺は。
「うーん。あ、もう九時かあ」
春野がぐっーと体を伸ばしながら言う。俺も腕時計を見ると九時前だった。早いな。全く勉強した気がしない。ほとんど手を動かしてるだけだった。
「じゃあもうそろそろ帰ろっかな」
安達は自分の鞄を持って立ち上がる。それが皮切りとなったのか他も帰り支度を始める。
そういえば今日はある漫画の発売日だったな。帰りに買って帰るか。残念ながら学生といえどテスト一週間前といえど漫画が大事なのだ。
ファミレスで会計を終え、店を出る。
「じゃ、また明日」
安達が声をかける。各々、同じように別れの言葉を言って散り散りになる。
俺は徒歩で本屋まで歩きながら、先ほどの違和感についてまた考えている。嫌な性格だとは思う。こうやってあることについて永遠と考えてしまう性格は。
だがこれも一つの防衛本能だし、こういう人間だから仕方ないと諦めている。こういう諦めのいいところが長所かもな。
それは置いといて先ほどの違和感について考える。それの急先鋒はなぜ教え合いがないのに毎日、勉強会を開いているのかだ。
俺と安達は間違いなく一人でやった方が効率がいいし、春野と片桐にとっては教え合いがないのだからあまり集まる意味がない。それは皆、重々承知だ。
なのにこの集まりが中止されることはない。それどころか始めは乗り気ではなかったであろう安達が率先して集めている風ですらある。
まあ悩んでも仕方ないか。問題は解決したいが、安達が問題と思っていなさそうな時点で手の出しようがない。俺たちが安達の違和感に気づいてることに安達は気づいてそうだからいつか話してくれるのを待つのが正攻法だろう。
はい、考え終了。俺は諦めがいいからな。さっさと漫画買って家で読むか。夜に勉強? なにそれおいしいの?
夜遅くまで開いている本屋に入り、お目当ての漫画だけ買うとすぐに店内を出る。
ちょっと遅くなりすぎたな。補導される時間ではないが、盛り場に行きそうな人間が闊歩する時間ではある。絡まれると面倒なので、最短ルートで帰る。
が急がば回れと言う言葉は本当らしくこういう時に限って出会いたくない人々と出会ってしまうのだ。
高校生の制服を着た派手めな人間がたむろしていた。派手めと言ってもよくある茶色に染めるとかピアスを開けるとか生半可なものではない。
ほとんどが金髪。それだけでは飽き足りないのか紫とか赤とか過激な色の髪をしているやつもいる。ピアスも耳に何個も開いてるのはザラで、唇に開いてるやつもいる。
これを見ると片桐なんて全然怖くないな。そもそもあいつが怖いのは言葉遣いだけだし。理由は多分モテたいとかそんなところだと思っている。
俺はその集団に気づいたが、あっちが気づいた様子はない。やはりぼっちステルススキルはやっぱ鍛えておくべきだな。
ここは退避しよう。面倒だし。最後にあの集団を一瞥する。
それが大きな間違いだった。いや、それは長い目で見ると正しいのかもしれないが、俺は後悔した。
その集団の中に安達すみれがいたのだ。
「この後どするー?」
「カラオケとか?」
「いやーボウリングっしょ」
「ていうか酒飲みたい」
「じゃあお前んちでぱっーとやるか?」
「いいぜー」
そんなチャラい会話が展開される。だが法は完全無視だな。しかもここから遊ぶとは条例にも反している。
それを駄目だぞと咎めるつもりはない。煙草、飲酒くらいなら未成年がちょっと背伸びをするために普通にやっている。
だから何がいけないといえば、その行動に対する罪の意識といったところだろう。それが全くなければ、どんな理由も許されないだろう。
安達はと言うと顔は笑っていた。ああ、楽しんでいるな。それならいいや。とはならなかった。
確かに顔は笑っている。けどその笑顔は俺が見たことのない笑顔だった。もちろんどちらが安達の本当の笑顔なのかはわからない。けど俺はその笑顔にはあまりいい印象は持てなかった。
"何か"がやっとわかった気がする。その予想がどこまで正しいかはわからないが、近しいところは突いているだろう。
だが俺は何も手出しができない。案外あれで楽しんでいるのかもしれないし、問題とも思ってない可能性もある。
けど確かに言えることが一つ。絶対に春野と片桐は関わらせるべきではないということだ。
あの二人は安達のことを大事に思うが故になにがなんでも助けることを優先してしまいそうだ。それはリスクを計算していない。大事にしようとするために、逆に危険が及ぶ確率が高くなる。それだけは絶対に避けたい。
しかもあの手のヤンキーはヤバい。加減を知らなそうだ。
本職の方ならカタギには手を出さないとか、生死のギリギリを見極めることもできそうだが、ああやって悪そうにすることがかっこいいとか思ってるやつはシャレにならないことをしてくる可能性もなきにしもあらずだ。
ならここは冷静に見分けられる俺がやるべきだ。いざとなったら退くくらい身の前はわきまえているし、だいたい安達は大切に思ってる人間を危険に曝したくはないだろう。
やることはどうやらたくさんありそうだ。確認や計画、実行、他にも後処理とか。けれど不思議とそれを面倒くさいとは思わなかった。
俺も変わったのかな。前ならいろいろと理由を付けて回避していただろうに。そんな確かな感触を噛みしめていたのだ、あの時は。
小説を書いていて一番、困るのは女キャラの衣装です。なんとなくイメージは出てくるのですが、服の名前が出てこない。だから制服とかだと楽ですね。カフェが尾道のバイト先で本当に良かった。




