表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/103

一章 第1話 星合夜空は許せない

 隣町の中学校には、天才少女がいる。そんな噂を盗み聞きしたのは、俺がまだ真面目に学校に通っていた時のことだ。聞くところによると、彼女は校内テスト1位は当たり前。100点を連発し、全国模試でも、1位を譲ったことがない。正に絶対女王だ。

 周囲からも偏差値70オーバーの公立校に行くのかとか、大学附属の有名私立に行くのかとか、彼らの期待を一身に背負っていた。


  しかし彼女を有名にしたのは、その圧倒的な学力なんかではない。彼女を町境を越えて、有名にしたのはある教師とのエピソードだ

 その教師はその天才少女の進路が気になり、そのことを訊いたらしい。それに対し彼女は真顔でこう答えたという。

 

  「私は卒業したら、高校に進学するつもりはありません。だって父を愛していますから」


  まさかのファザコン宣言。しかも結構、重めだ。それ目の前で聞かされた教師はどう思ったのだろう。それは定かではないが、とりあえずニヤニヤしながら御愁傷様と言ってやりたい。

 誰もがこの話は嘘だと思った。けれどそこは絶対女王。その言葉を有言実行した。つまり周囲の期待を華麗に裏切り、高校に進むことなく中学校を卒業した。らしい。


 そんなことを思い出したのは目の前に噂の天才少女がいたからだろう。

 肌は白磁のように白いなどとテンプレじみた言葉では表現しきれないほど白い。硝子のようだ。そう言うと過剰表現な気もするが、あながち間違っていないかもしれない。

 髪はシルクのように艶があり、窓から差し込む日光を鈍く光っている。背中にまでかかりそうな長い髪を衛生的な理由なのかひとつにまとめている。色はハーフなのかどうかは知らないが、銀色をしている。

 天才少女にはもう一つ有名な逸話があり、それがこの、そこらへんの女優顔負けの美しい容貌だ。

 彼女の容姿端麗さに見惚れていると、その顔に収まりがいい小さな口から雰囲気をぶち壊す一言が発せられる。


  「何そんなにじっと見ているの? 久しぶりにホモ・サピエンスに会って感動した?」


  最悪だ。これはもう毒舌とかそういうレベルではなく、舌に爆弾を抱えていて、話す度に爆発しているとかそういう感じだ。

 しかし言われっ放しでは男の沽券に関わる。だからあくまでもクールに言い返してやった。

 

  「……ち、違うわ!別に毎日、母親と会話してるし! あ、あと初対面の人間にこんなこと言えるお前はヒトじゃねぇ!」


  ……ふぅ。少しテンパってしまったが言いたいことは言えた。半年間、親以外と会話しなくても、コミュニケ―ション能力は失われないみたいだな。

 僅かながら達成感を覚えていると、彼女はあくまで冷静に言い放つ。

 

  「ただのマザコンじゃない……。あと私の親の目の前でヒトじゃないなんて言えるあなたもヒトじゃないのかもしれないわね」


  うるせぇよ、公式ファザコン。そう言ってやろうかと思って口を開きかけたが、その言葉は別の言葉で遮られる。


 

  「まあまあ、落ち着こうよ。お二方」


  やけに落ち着いた声音で話すのは、今日から俺がバイトで入るカフェ「三ツ星」の店主兼バリスタの星合流成さん。

 体格は細身ながらも弱々しい感じは全くせず、身長が高いのも相まって安定感がある。更に娘をヒトじゃないと言われた後に、こののほほんとした感じからすると器の広さを感じられる。

 

  「この男が下卑た目で私を辱めるので、とっさの防衛本能で」


  おっと、夜空さん。中々ひどいことをおっしゃりますね。少し泣きそうですよ。……いや、本当にそんな目で見てないからね!

 

  「まあ、昔馴染みの出雲の息子さんだし、勘弁してあげてよ」


  おっと、流成さん。その言い方だと僕の価値、友人の息子オンリーになりますが。

  そんな俺の思いを知る由もなく、流成さんは話を進める。

 

  「尾道君は今日、初めて仕事するみたいだから、店について説明しようと思うけど……」


  そう言って流成さんはおもむろに壁掛け時計に目をやる。短針は10を指している。そこで何かはっとした様子で、

 

  「しまった。もう開店時間だ。悪いけど説明はお客さん入れてからでいい?」


  俺は首肯で返事代わりとする。

 

  「じゃあ早速、開店しますか、今日も頑張っていこう」


 開店から2時間ほどすぎたが、店の中は閑散としている。さっきまではそれなりに客入りは良かったのだが、お昼時になると、どうやらちゃんと食べ物にボリュームがある飲食店に行ってしまうらしい。ふと気になって、この店のメニュー表を見るとコーヒーには多くの種類があるが、軽食となるとサンドウィッチが数種類あるだけだ。

 俺はメニュー表をそっと置き、ざっと店内を見渡す。

 内観はアンティーク調である。入り口から見て、左手にはバリスタがコーヒーを作るバールと呼ばれるらしいスペースがあり、その周りにカウンター席が6席ある。右手にはテーブル席が3席ある。微妙に右手の方が明るいので、どうやらこっちが南側にあたるらしい。


 して、俺は何もすることがない。ただ突っ立っている時間が続く。やっていたことをしいていうなら、2人の仕事ぶりを見ていただけで、何もしていないと言われてもその通りとしか言いようがない。

 そんな感じで手持ち無沙汰なままいると、予想外に夜空から声がかかった。

 

  「どうしてずっと突っ立っているの? 新しいオブジェを買ったつもりはないのだけど」


  これは手厳しい。だが質問されたので答えは返してやる。

 

  「どうもこうも、やることがないから立ってるんだよ」


  そうすると、夜空は僅かに顔を歪ませる。しかしすぐに無愛想っぽい表情に戻り、そう、とだけ言って俺との会話を終わらせる。何、新手の若手いびりっすか。

 そこへ流成さんから声が掛かる。

 

  「もう正午だし、お昼休み入っていいよ」


 お昼休憩を取った後、午後の仕事を再開する。だが俺はまたしても、突っ立っている。客入りはさきほど比べて増えたが、それもたかがしれてるし2人だけで十分回っているように見えた。

 それより全然、仕事の説明ないんですが……。

 これはまさか職人における「見て覚えろ」とか「仕事は盗め」とかそういう感じのアレか? それなら大変そうだなあ……。申し訳ないがすぐ辞めてしまいそう。

 それともこれは俺が空気なのか? 中学校、そして高校入学当初の俺の個性を発揮しているの?

 その強度は怪盗として盗みに入っても、誰にも追われない並みだ。……なにそれ悲しすぎるだろ。

 そういえば流成さんはマイペースっぽいから、うっかりして忘れているのかも。


 その3つの仮説をうんうんと考えているうちに流成さんが


  「2人共。もう5時だし上がっていいよ」


  と言う。

 労働基準法では16歳以上18歳未満の者は1日8時間、週40時間の範囲での労働が認められいる。なのでまだ法的には大丈夫だが、まあ基本、会社は定時は5時なのでここらへんが妥当だろう。

「お疲れ様でしたー」

 と軽く会釈しながら俺は言い、従業員控室に戻っていく。その後を追うようににして、夜空がついてくる。夜空がついてくるって表現、詩人っぽいなあ。

 他愛もないことを考えていると、後ろから声を掛けられる。

 

  「どういうつもり?」


  それは谷の底からのうなり声のように低い声だった。


  「どういうつもりって何が?」

 

  「ずっと1日中、突っ立っていたことよ」


  従業員控室までの廊下は日暮れということもあり薄暗い。心なしか夜空の表情まで暗くなっていく。

 

  「ああ、いや、何していいかよくわからなくてな」


  と真面目に返すと、

 


  「だから私はあなたを三ツ星で働かせたくなかったのよ」


  さっきまでの暴言とはまるで違うと思った。だがその言葉には攻撃性が孕んでおり、元々の声音も相まって、異論を許さないように感じられた。

 叱責を受ける側からすると、普通の言葉でさえも暴言に聞こえる。それは自分の心に突かれると痛い部分があるからだ。だから決してそれをを間違ってはいけない。ここで論点をずらそうとしたり、あからさまに嫌そうな顔をしてはいけない。ここは慎重に言葉を選ぶのが、正しい選択だ。


  「それはどうしてだ? 言ってもらわないと直しようがない」


  「本当は分かっているのによくそんなことがのうのうと言えるわね」

 

  「……」

 

  「まあ、いいわ。言わないと分からないみたいだし言ってあげるわ。……あなたには覚悟が足りないのよ」


  自分が思っていた今日の俺の行動で良くないところとはすこし違っていた。てっきり何もしていないところを責められるのかと思った。なので、

 

  「覚悟? なんでだ?」


  そう言って言葉の続きを待つ。

 

  「なにを、とは訊かないのね。そこそこ勘はいいみたいね。普通なら、バイトに覚悟なんていらないわ。どうせバイトの目的なんて、お金を稼ぎたいとかそんなところでしょうから」


  そして夜空は俺を睨み付けるのをやめて、少し俯く。それを見て、なにか壮絶な背景がありだと感じる。


 

  「でも、私はそうではないのよ。正直、16歳で労働だなんてとは思う。一般的に16歳なんて高校生活を謳歌している時期じゃない。それでも私は、父の足手まといになりたくなくて、少しでも父の助けになりたくて、こうやって働いているのよ。だから、あなたのようなたいして覚悟のない人を見ていると、虫唾が走るのよ」


  夜空の独白を聞くと、あの噂に出てきたエピソードは笑い話などではなく夜空の自分の意志を知らしめるための宣言であるように思えた。でもこの言葉はあまりに的外れだ。それを指摘してやる。


  「お前が言う覚悟は分かった。今まで手を抜いてきたのも悪いとは思う。だけどそれはお前の私情なんじゃねぇの?」


  覚悟がないのは別にいい。だけどそんな状態を私の目の前では見せないで。それはひどく独善的に聞こえた。それならしっかり怒る方がまだいい。

 

  「そうね。確かに私情ね。でも分かるでしょう? 私は他人にあれこれ言うほどお人好しではないの。だからあくまでに私が思ったことを直截に言うわ」


  そんなことは分かっているという様にすぐさま言葉を返す。声は機械的で温かみなどなかったが、その表情には僅かに温かみがある。それを不思議に思っていると、


  「それにあなたは心から反省なんてしないでしょう。それなら結局、また同じようになるに決まっているわ。それならそれは嫌だって言ってしまった方が、あなたも手を抜くのをあからさまにしなくなるでしょ」


  確かに夜空の言うことは間違いない。だがそう決めつけられるのも少々、癪なので、

 

  「なめんな。俺は自分の行動をちゃんと悔いるし、直そうとする。俺は出来た人間だからな」


  つい見栄を張ってそう言ってしまった。夜空はさきほどと変わらない表情、変わらない言葉でそう、とだけ言って先に行ってしまう。

 だが振り返るとただ一言、


  「期待してるわ」


  と言って微笑んだ。

 その表情に俺は不覚にも見惚れてしまう。その微妙に働いていない脳である考えが浮かぶ。


 ――俺は利用されているのでは?


 ――俺がこうやって出来もしないことで見栄を張らせて、その後に期待してると言うことで後戻りできないようにしているのでは?


 そんな根拠もない考えが浮かんだが、利用されてもいいかと思ってしまう。そのことに俺ははっとする。ここまで反抗心を起こさないほど人心を掌握してしまうことに。

 汚い言葉で罵りもするが、それでも人を惹きつける。

 そんな彼女はやはり絶対女王で間違いない。



 執筆中にこの部分のデータが飛びました。そんなことがあったので、早くこのサイトに慣れたいと思った今日この頃です。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ