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二章 第12話 吉野深雪は優秀ではない

  はあ……。いきなりため息から始まり本当に申し訳ないと思う。だがどうか許してほしい。誰だって喜んで職員室に入りたくはないだろう。

  しかもそれが並大抵の説教じゃ済まなさそうな不登校という案件なので尚更、たちが悪い。俺の大切な放課後が……。

  職員室の前でふらふらすること十数分。そろそろ職員室に出入りする教師や生徒が気持ち悪くなってきたところだろう。じゃあ入れよ、と思うかもしれないがまじで無理。このまま永眠する可能性もある。

 

  俺はコミュニケーションが苦手なタイプだとは思わない。だったらなんでぼっちを拗らせていたのかと思われるかもしれないが、ぼっち故にコミュニケーションが苦手ではないのだ。

  自分が好かれるタイプではない。だからコミュニケーションなどどうでもいい。確かに上手く立ち回れば、評価は好転するかもしれない。けれどあまり差異はなく、結局嫌われる。

  つまりコミュニケーションをとることに主を置いていないのだ。むしろコミュニケーションをとらないことに主を置いているとも言っていい。


  しかしコミュニケーションだったり、他人にどう思われるのがどうでもよくても説教だけは嫌だ。人に怒られて気分のいいやつはいな……ドMくらいだろう。

  俺はドMではない。逆説的に俺は説教が嫌いということになる。だがこのままふらふらしていても何も変わらない。意を決して、職員室の扉に手をかける。

  一つ深呼吸。そうしてから扉をがらっと開ける。


  少し吉野先生の姿を探すと、奥の方にいることに気づく。そこに近付いていく。

 

  「吉野先生」

 

  そう呼び掛けると吉野先生は仕事を中断し、こちらを見てくる。

 

  「ああ、朝比奈くん。ここだとちょっとアレだから移動しようか」

 

  移動。その言葉に俺は敏感に反応する。移動、それはもしかして拷問施設的な所に連行されるんじゃないだろうか。そこから……ここで言うのは倫理に反するから止めておこう。

  だが嫌がる権利は俺は持っておらず、吉野先生の後についていくしかない。


  おとなしくついて行く先には面談室と書かれたプレートがある教室があった。そこに吉野先生は入っていく。

  中は広くなく机を椅子が二つ向かいに置いてあるだけだ

 

  「そこに座って」

 

  そう言って片方の椅子を指差す。俺が渋々、座ると吉野先生も向かい側の椅子に座る。


  「さて……」

 

  そう切り出してきたが、吉野先生は逡巡したのかそこで言葉は切れてしまう。

  やっぱりか。そう思う。こんなことを言うの偉そうに思われるかもしれないが、吉野深雪先生は教師としては優秀ではない。

  まだ若いということもあるので、これからどうなるかはわからないが現時点ではそう言わざるを得ない。

  根拠……と言っても一つしかないのだが、やっぱり対応の遅さだろう。不登校の生徒が学校へ行く。これは中々、おかしいことだと思う。

  一度、不登校になれば学校に来る可能性は0に近い。しかし来た。けれどそれにはすぐに対応せず、始めは見て見ぬフリをした。

 

  確かに厄介な問題だ。それが自分発端なのだから悪いとは思うが、吉野先生も悪いことがないこともないのだ。

  説教したり話を聞くのは先生の裁量であるが、その前提条件としては厄介な問題ほど早く対応するのが重要だ。喧嘩を野放しにせす仲裁するのと同じことだ。

  だから吉野先生は俺を呼び寄せるのが遅すぎた。放課後になってこれなのは正直、どうかと思う。だいたい早く帰りたいし……。

  俺は吉野先生が何か言い出すのを待っているとやがて意を決したように話し始める。

 

  「朝比奈くんは今になってどうして学校に来たの?」

 

  優しい言い方だった。まるで不登校だったことは咎める気はないかのように。

 

  「いや、けじめをつけたいと思って……」

 

  曖昧な答えだ。自分でもそう思う。けれど学校に行くまでの過程を話せば長くなるし、話すのも恥ずかしい。まあ、訊かれたら話すしかないけど……。


  「けじめ……けじめかあ……」

 

  吉野先生はそう呟くと自分を見つめていた目が遠くなる。しっかり考えているのか、そうじゃないのかわからなくなる。

 

  「ごめん。やっぱり言ってることわかんないや」

 

  やっぱりそうだろうな。こんな曖昧な表現でわかったらそれこそ優秀な先生だろう。しかし吉野先生には続く言葉があったらしく

 

  「私、優秀じゃないから」

 

  そう言って笑顔を浮かべるが力は感じない。この人も相当、参っているのかもしれない。本当の担任が入院して、不登校の生徒が気まぐれで来て。


  「別にいいっすよ。わかるように言ってませんから……」


  なんか申し訳なくなって本音が出てしまう。


  「わかるように言ってよ」

 

  口調は厳しいが、口元は笑っている。

 

  「わかってほしくないですから」

 

  「でもこのままじゃ厳しい……ていうか進級は無理だよ?」

 

  「はあ……そうですね」

 

  それは言われると思った。予想通りではあるのだが、返す言葉はない。詰まっていると

 

  「まず出席日数が足りてない。それと成績も一学期、二学期ともについていない。これはもう……留年じゃないかなあ」

 

  言いづらそうな事実を伝えてくる。多分、かなりシミュレーションしたんだろうなと思う。そうじゃなきゃこの言葉は簡単に出てこない。


  「わかってますよ。わかった上で来ているんだから殊勝だと思いません?」

 

  思わず出てしまった言葉。さすがに偉そうだし、やけくそって感じもする。言い過ぎだと思ったが吉野先生は驚いた顔になって

  「そう。それが朝比奈くんが学校に来た理由なのね……」

 

  完全な静寂が訪れる。俺は負い目から何も話せない。なので吉野先生から切り出すのを待っているが何も話さず、先ほどと同じように遠い目をしている。


  「この際、詳しい理由は訊かないでおくわ。不登校の人がこうして復帰するのは並々ならぬ覚悟が必要でしょうから」

 

  やっとそう切り出す。これにもそれなり覚悟があったろだろうと感じる。

  「だから私は朝比奈くんを全力でサポートします。だから朝比奈くん、あなたもそれに応えてほしいと思ってます。どう?」

 

  「そうっすね。頑張ります」

 

  俺は本心からの言葉を吐いた。多分これに満足したのだろう、うんうんと吉野先生は頷いた後、ぽつりと呟く。

 

  「まあ、それしかできないんだけどね……」

 

  これもまた本心なのだろう。自分の無力を知っている。知っているからこそこうやって周りに吐露しないとやっていけないのだろう。やっぱりちょっと悪いな……。

  そう思っていると吉野先生は席を立つ。

 

  「あれ? こんだけですか?」

 

  驚いて思わず言ってしまう。何か意思確認しただけで終わってしまったんだが……。

 

  「私との話はね。多分、これから学年主任のお言葉があるんじゃないかなぁ」

 

  また衝撃を受ける。は? これで終わりじゃないの? ちょっ、ちょい待ち。え、帰れないの?

  ふふと笑う吉野先生だが目が笑っていない。というかさっきの謎の怖さをまた醸し出している。

  ……わかったぞ。この先生はヤンデレ属性持ちか……。刺されないように気をつけなければ……。


  「今日は帰れるかなあ?」

 

  絶望的な一言が発せられる。いや、凄いいい話で終わりかけてたじゃん。なんか教師と生徒の信頼関係みたいな。で、これ? もう誰も信じられなくなるんですけど……。

 

  「じゃあ、行こうか♪」


  可愛く言った吉野先生に連れていかれる。

  この人が優秀じゃない根拠がもう一つわかった。情緒が不安定すぎるんだ……。


  後日、教室にいた春野によると俺の恐怖の絶叫と吉野先生の不敵な笑いが校内に響いていた、らしい。

 

新キャラその3、といっても登場は一番早いのですが、吉野深雪先生です。学園モノなら先生キャラは必須だろう! と安易な考えで登場させましたが、後々重要になっていきます。このキャラも好きになってくれたら幸いです!

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