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二章 第7話 環春野は強く願う

  ニートのファーストステップは言わずもがな、家に籠ること。それを考えれば人に会わないことがニートの大原則といえる。

  そもそも人嫌いだからニートになるのか、ニートになるから人嫌いになるのかよくわからん。鶏が先か卵が先かということだ。

  そしてわからないことは危険なのだ。何の穴かわからないから突っ込むなんていうのは愚者がやることだ。そしてその穴は蛇か蜂のもので痛い目を見る。

  だからの今のこの状況は異常で危険だ。まじ帰りてぇ……。


  今日は一月一日、ご存知の通りお正月である。朝比奈一家は神社に初詣せんがため神社に来ていたのだが……。

  その母はどこかへ行ってしまいもういない。代わりに隣にいるのは元クラスメイト(今もクラスメイトではあるが俺が不登校だからあんま関係ないだろう)の環春野だ。

  そして俺たちは賽銭をしようと参拝客が作る長い列に並んでいた。はあ、帰りたい……。

 

  「あ、今帰りたいって顔したでしょ」

 

  よくお分かりで。だが俺にも言い分はある。

 

  「そりゃそうだろ。わざわざお正月に神社に来ること自体おかしんいんだよ。神は一月一日なんていう大事な日を捧げないと助けてくれねぇのか? でも神はそんなことしねぇだろ」


  「うっわー、ひねくれてるなー」

 

  呆れたようにため息をつく。いや、だってそうじゃん。一月一日以外の日に参拝したって神は同じ恩恵を与えるべきだろ。なら俺らはいつ参拝してもいいことになる。

 

  「まあ、こんな混雑するところ今日行かなくてよかっただろうにって思っただけだ」

 

「えーでもこうやって会えたんだからいいじゃん」

 

  そう言って春野はにひっと笑うが何がうれしいのかわからない。だいたいこいつとはあんまり会いたくない。なまじ俺のことを知ってるがために馴れ馴れしいからだ。

 

「あーそうかい」

 

  適当な返事をしても、こいつの上機嫌は変わらない。まじなんなんすか……。

 

  「そういや、学校の方はどうだ?」

 

  「何、その親バカみたいな質問は」


  俺の質問に春野はそう返すが仕方ない。俺は学校行ってないんだから春野の学校生活がどうなのか知りようもないし、行ってたとしても内情までは探ることができないだろうし。

 

  「うーん。まあいいんじゃない。自分も、クラスも」

 

  それでも春野はやはり優しい。こんなどうでもいい質問にもちゃんと答えてくれる。

 

  「そういやクラスはよくなったんだな」


  前、春野がカフェに来たときに、クラスがより活発になるにはどうしたらいいかを相談したのを思いだした。

 

  「うん。でも意外に変えるの難しくなかったよ。やっぱり誰かが率先してやるのが大切だったんだね~」

 

  そうしみじみ言う。難しくなかったと言いながらそれなりに苦労したに違いない。しかしそれを苦痛とまで思わなかったのは春野の意志の強さ故だろう。

 

  「あ、そうそう私、学級委員長やってるんだよ」

 

  「ふはっ」


  思わず笑ってしまう。何やら春野が軽く睨んでいるが仕方ない。だってキャラに合わなさすぎなんだよ。

 

  「何、その笑い。私だって一生懸命やってるのに~」


  「いや、だってお前が委員長とか。よく承認されたな」


  春野は頬を膨らませながら反論するが、その反応すら面白い。

 

  「まあ、他に立候補者いなかったからね。いなかったらこっちのもんだよ!」

 

  「他に立候補者いたら落ちてただろうな」

 

  そう笑いながら水を向ける。

 

  「うう……。かもしれない……」

 

  それは本人も自覚していて突かれたら痛いところらしくて、さっきの自信はどこへやら、身を小さく縮こまらせている。

 

  「しかも私はまだ学級委員長として大切なことやってないしね」

 

  なんだろうと思うがこんなことを話しているうちに賽銭の順番が回ってきた。


  賽銭箱に100円玉を投げ入れる。ある一つのことを思い出して春野に話しかける。


  「そういやお賽銭を投げる理由って知ってるか?」


  「さあ? 知らない」

 

  そう言ってこみかみに手を当てるが、答えは出そうにない。ふふんと自慢気にその知識を説明してやる。

 

  「お金は悪運をためるものだからそれを投げ捨てることで厄を祓う目的らしいぜ」

 

  「え、でも皆不幸なことくらいあるよね。それってお賽銭入れてないってことかな?」


  春野が正論を返してきた。まあ厄払いしても効果がなさそうに見えるのは間違いないんすけど……。

  神社の鐘を鳴らす。からからという音が境内に響き渡る。この音は落ち着くからいい。


  二礼してから二拍手、目を瞑る。ああ、そういやお願いの内容考えてなかったな。ええっと。

  今年もほどほどの生活を送れますように。

  最後に一礼をしてその場を離れようとする。するとその背中に声がかかる。

 

  「どんなお願い事した?」


  「今年もほどほどの生活を送れますようにって願った」


  春野が明らかにゴミを見るような目で見ている。え、これそんな悪い願い事? むしろ何もないことこそが最大の幸福だろ。


  「いや、悪くないんだけど。それって現状維持ってことだよね……?」

 

  俺は縦に首を振る。まあ、そういうことだ。今の生活は至高であり、最高と言っていい。

  先ほどより春野は汚物を見る目で俺を見てくる。俺の願い事なんだから何でもいいだろ……。ここまで来ると俺が悪いのかと思ってしまう。

 

  「そういうお前はどうなんだよ」


  そう言うと明らかに春野は動揺する。バタバタと体を揺らし忙しない。

 

  「えっ、私? えっーと恋愛成就……?」

 

  「まじか!?」

 

  柄にもなく大声が出てしまう。おかけで先ほどの春野のように視線を集める羽目になる。だが彼女と違うところは目が集まった時の対応だ。


  「あっ、いや、すんません……」

 

  蚊がなくような小声になってしまう。あまりその声が通ってる感じもしないので明らかに俺は変人扱いされていた。

  次は声を抑えて言う。

 

  「本当に?」

 

  「う、うん。まあね」

 

  俺の周りには変わった人が多い。そもそも俺が風変わりだから変わった人が集まって来るのだろうが、その中でも春野は一番、普通と言っていい。二番は……接戦すぎて決められない。いや、泥仕合かな?

  春野は確かに軽い天然味はあるものの、明るく優しい高校生だと俺は思っている。

  だからこそ春野が恋に恋する女子高生でもなんら不思議ではないのだ。むしろ女子高生で恋の「こ」の字すらないのはあり得ないのかもしれない。

 

  「ふーん。頑張れよ」


  「え」

 

  春野は口をポカンとしている。明らかに困惑しているが、その態度を見ると逆にこちらが困惑する。

 

  「どした?」

 

  「い、いや……、もっと興味持つかと思った……」

 

  「他人の恋なんて俺には関係ないしな」


  実際、よく恋などの相談をしても相談する側はガチでも相談される側は適当だったりする。

  そりゃそうだ。だって他人の恋が自分に与えるメリットなど皆無などだから。むしろデメリットの方が多いから、フラれろと思うやつも多いかもしれない。

 

  「他人事じゃないんだけどなあ……」

 

  何か春野が呟いたが神社の喧騒に呑まれて全く聞こえなかった。しかし春野が肩を落としているのでなんとなくいいものではないのはわかった。

 

  「は? なんて?」

 

  「いや、なんでも……。それよりもおみくじ引こうよ」


  一応聞き返したのだが、前言を繰り返してはくれなかった。その代わりにおみくじを引くのを提案したが、何か聞き覚えあるなあ。

 

  「まあ、いいよ」

 

  「やったー♪」

 

  そう言って早速、おみくじを引き始める。本日二度目のおみくじだがこうして見てると俺も引きたくなってくる。……まあ、損はないだろ。

  そう思い、100円玉を箱に入れおみくじを箱の中から一つ引く。

  先に引いていた春野が声を上げる。

 

  「あっ! 大吉だあ~、いいことあるかも。」

 

  「なんでそんな皆大吉引くんだよ……」

 

  母も大吉だし。もはや大吉を引くのは幸運でもなんでもないんじゃないだろうか。さすがに二回連続はやばい。しかしこうなると流れ的に俺も大吉来るんじゃね?

  期待を胸におみくじを開く。そこには

  凶、の一文字がでかでかと書かれていた。なんでこうなる……。

 

  「うわっ、凶だね……。初めて見たかも。もっとよく見せて~」

 

  そう言って、せがってくるが、正直見せたくねぇし、だいたい人の不幸に寄り付くってどうなの? と訊きたかったが人の不幸は蜜の味と言うし、こうなっても仕方ないかと諦めて春野に見せる。


  「うわっ、ホントに凶だ。大丈夫? 今年」

 

  「大丈夫だ。なんといっても家に出ないからな!」

 

  胸を張って言うが、春野は完全に引いている。春野って優しいと思ってたんすけど……。

 

  「はあ……」

 

  何やら春野が深刻そうにため息をつく。

 

  「なんか悩み事でも?」

 

  「そりゃあるよ! さっき大切なことやってないって言ったでしょ?」

 

  言っていたし実際、気になってもいた。

 

  「ああ、言ってたな」


  「大切なことっていうのはね……君がまた学校に来ることなんだよ。だから君が不登校なこと、それが私の悩み。」

 

  今度は俺がため息をつきそうになる。俺はここは最終防衛ラインだ。譲ることもないし、それは分かっているものだと思っていた。しかし分からないなら分からしめよう。


  「言っておくが俺は学校には行かない。これはもう確定事項だ。覆すなんて不可能だし、覆しても長続きしない。多分、学年末には学校辞めるんじゃないかな」

 

  そうさらっと言う。詳しく言うとまだ確定ではないが、まあ行ってないのに授業料をとられてもつまらんし、だいたいもう留年確定だ。

 

  まだ春野は黙ったままだ。いつもなら素早く返してくるのだが、全然そんな雰囲気も出さない。不思議に思い、隣を見てみると春野の頬には一筋の涙が流れていた。


  「えっ……」

 

  「あ、ごめん……」

 

  そう言って振袖の裾で涙を拭う。そうして春野は一つ深呼吸する。

 

  「なんか少し悲しくなって……」

 

  自分が狼狽えているのがよくわかる。次にかけるべき言葉が見当たらず、何も返せない。

  女性の涙は正直ずるいと思う。有無を言わさぬ美しさがそこにはあり、それには閉口するしかない。そこからの選択肢などないのだ。

 

  「ごめん、ちょっと夏樹探してくる。またね」

 

  「ああ……また」

 

  春野は足早にその場を立ち去る。その背中にはまるでなにか返すことを許さない意志の絶対の固さを感じられた。

  頭をポリポリと掻く。追いかけても無駄だろうしな……。それに追いついたとしても泣いている女の子を励ます自信なんてない。

 

  「はあ……」

 

  ため息をつきながら、先ほどまでおみくじをしていた机を眺めると春野が先ほど引いたおみくじがあった。なんで置いていくかな。

  それを手に取ると、やはり大吉という文字が大きく描かれている。だがそれ以上に目につくものがあった。


  願事:ほとんど叶わない。待つと吉。

  と書かれていた。大吉でもこんな悪いのがあるのか、そう思うがあいつは一番「願事」に期待していたのかもしれないと感じる。俺が学校には来るのを望んでいたのだから。

  それで願事が叶わないと知った途端、悲しくなってしまった。そうではないだろうか。

  本当に悪いことをしたと思う。少し俺も言い過ぎたかもしれない負い目を感じる。

 

  全く最悪の一月一日だ。だけどその涙のワケははっきりしている。それを解消する方法はすぐに思い付くが、それでいいのかと思ってしまう。

  しかもこれは尾を引きそうな気がする。これは三が日は安眠できないな。

 

つくづく思うのは多分自分の小説のような人生を送っていたら、小説を書くことなんてなかっただろうということです。でも結構、今の人生には満足してます。

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