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二章 第5話 朝比奈尾道は意外に思う

  夜空のイメージを一言で言うと、現時点では女王だろう。自信家なところも不遜なところも毒舌を吐く一面もこの言葉で全て解決される。けしてSMの意味じゃないことだけはわかってほしい。知られれば殺されそうだし。


  ふとそんなことを思ったのは夜空と100円ショップにいるというシチュエーションがあまりに不自然だったからだろう。

  別に100円ショップが悪いものだとは思わない。むしろこの店を始めに考えた人はなかなか策士だと思う。

  まず全てのものが100円ということ。安いという感想が真っ先に思い付くがすごさはそれだけではない。いちいちお金を計算しなくてもいいのがこの一律100円の凄みだ。品物を数えるだけでいいなんて、創業者すげぇ……。

  それに100円ショップの品物は幅が広い。文房具も食器もお菓子もはたまたおもちゃなんかも置いてある。餅は餅屋とか言うが、これは既に100円ショップのおかげで例外ができてしまったと言っていい。

  すげぇ! 100円ショップすごすぎる!


  とまあ、冗談は置いといて100円ショップはすごい。だが夜空にはなんか合わない感じがする。こう庶民派という感じが。

  一生懸命、装飾品を選んでいる夜空に話しかける。

 

  「お前、100円ショップには結構くるのか?」

 

  「まあ、来ないことはないわよ。アイデアに溢れた商品も多いし」

 

  おっとまじか。先ほど俺は100円ショップのいいところを挙げたがそれ以外のいいところを挙げてくるとか、最早100円ショップソムリエのレベルだろ。語感悪いな。

  なんとなく優雅な生活を送ってるように見える夜空だが、よく考えればこうした庶民的な生活でもおかしくない。結局は父子家庭なのだから経済状況はウチとそう変わらないだろう。

 

  「ふーん、意外だな」

 

  なんとなくそう言うと、

 

  「あら、そう? あなたが私をどう勘違いしてるのか、よくわかったわ」

 

  夜空をそう返し、俺を見つめてくる。見つめてきたが目が少し怖い……。だが少しそれは不自然だと思った。理由は上手く言えないが。

 

  「うん、これでいいわ」

 

  そう言って何個か装飾品をカゴに入れるとレジへ持っていく。

  レジは一つしかないらしく、しかも研修中と胸のプレートに書かれた子がやっていたので少し並んでいる。その待ち時間。


  「他に買うもんあるか?」

 

  「このくらいで十分よ。100円ショップは意外に良かったわね」

 

  「まあな。でも何か忘れてないか?」

 

  これはクリスマスには不可欠なものだろう。むしろこれがあるからこそなんとかクリスマスの体裁を保つことができる。


  「忘れていないわ。クリスマスツリーのことでしょ。それなら家にあるわ」


  心の中で軽く舌打ちする。夜空を出し抜けたと思ったんだが、もう確認済みとは。

  仕方なく別のことで水を向けることにする。

 

  「それにしても夜空がクリスマスだからって騒いでるのは想像できんな。子供の時からサンタはいないとか決めつけてたタイプだろ」

 

  軽く笑いながらそう言う。ほんのジョークのつもりだった。毒舌をくらうのも承知の上だ。

  すると夜空は不自然に黙りこむ。一瞬、話を聞いてないのかと思ったがそうではないらしい。

 

  「そう……かもしれないわね……」

 

  どうも煮え切らない答えだった。快刀乱麻は夜空の領域だったはずだが。ここで気づく。子供の話はまずいと。

  確か夜空の母親は月子と言ったか、その人と夜空には並々ならぬ因縁がある。それは多分、心の傷になっている。

  脳内で危険信号が鳴り響いている。どう返しても失敗し、どう言われても何も言い返せない気しかしない。

  しかし今日ばっかりは運が良かった。その空白を埋めるようにレジがあく。すぐさま逃げるように会計をした。それでも後味の悪さだけは治まらなかった。


  無言の帰り道。これほど居心地が悪いものはないだろう。だがあの100円ショップでの買い物の後、二人でショッピングモールを軽く散策したが、かなり気まずく、途切れ途切れの会話しか続かなかったので結局は帰ることを提案したのだ。

  帰宅というのはその人の人格を表していると言っていい。友達と遊びながら帰る者は遊び人で、一人で帰る者はぼっちで、勉強しながら帰る者はガリ勉で、読書をしながら帰る者は本好きといった風にだ。

  こうして男女二人で帰るのもきっと何かの人格を表している。そしてそれは言葉に出すと恥ずかしいものかもしれない。だがこの静寂。それだけでそれを否定するには十分すぎた。


  「尾道君は学校には行かないのね」


  いつか俺が言ったような言葉を夜空は発する。静寂を打ち破る声に思わず夜空を見てしまう。しかし夜空は下を向いたままで目は暗い。だから一瞬、本当に夜空が言ったのかわからなくなる。

 

  「前に尋ねたでしょ。私が学校に行きたくないかって」

 

  「ああ、そうだな」


  覚えていたのかという気持ちだった。もうあれは自分にとっては黒歴史だ。思い出したくもない。そのくらい悪いことをしたと思っている。

  夜空は同年代と比べ、比較的大人びていると思っている。だからこんな俺の根幹に関わる危ない質問はしてこないと思ったんだが意外だった。というか今日俺は何回、夜空に驚かされているんだろう。


  「学校か……。どうなんだろうな……」


  夜空がそんな話をしてくる衝撃が尾を引いて曖昧な返事しかできない。だが夜空は先ほどと打ってかわって俺の方を真剣な目で見ている。これは真面目に答えて期待に応えないといけない。

 

  「やり直したい、そう思う。けどそれは今からもう一度行くんじゃなくて、行かなくなった時に戻りたいだけなんだ」

 

  言葉が不思議とするすると出てくる。あまりにも滑らかなものだからそれが自分の本心なのか、それともそうじゃないのかよくわからない。

 

  「……意外ね、あなたはもっと」

 

  それで言葉は途切れる。夜空は顔を赤くしている。何が何だかよくわからなくなってきた。夜空が紅潮する理由も。もっとの後に続く言葉も。自分の本心も。


  そこからは何も会話がなかった。もう住宅街に差し掛かって喧騒から離れたというのに少し騒がしさは残っており、たまにすれ違う人々は誰も彼も幸せに満ちている。

  そんな人々から俺らはどう見えるだろう。とりあえずいい雰囲気には見えないと思う。俺らの幸福をぶち壊しやがってと思うならそれは素直に悪いと感じる。


  そんなことを思いながらやがて岐路につく。ここで夜空とは別れておいた方がいいだろう。

 

  「そんじゃ、ここらへんで」

 

  「ええ、さよなら」


  そう言って俺と夜空は別々の道を歩き出す。心残りを抱えながら。それは夜空も同様だろう。


  帰路を一人で歩いていて思う。今日は何度、夜空に意外と思わされ、夜空が俺を意外と思ったのだろうかと。

  人の意外な一面を見ることは何も悪くない。意外に思う感情は話のタネにもなるし、人のより深い所まで知るきっかけにもなる。しかしこれにも例外はある。

  人の根本的な部分は意外に思ってはいけないということだ。それはつまりその人のことを何も理解していなかったということになる。

  その微妙な人の評価のズレはコミュニケーションにおいて多大な影響を及ぼす。例えば夜空が俺は不登校であるのに後悔などまるでしてないように思っていたこととか。

  そしてそれを人は「誤解」という。


  気まぐれで上を仰ぐと一面の星空。星は一つ一つ強い光を放ち輝いていており、それが所々に散らばっている。聖夜にはふさわしいロマンチックな景色だ。さぞやリア充もお喜びのことだろう。

  だが俺はどうしても満天の星空を見るとばつの悪い気持ちになる。この美しく、それでいて隙がなく輝いている姿が星合夜空を連想させるからだ。

  それを眺めながらふと思う。いつもがどうかよく覚えてないがきっと言っていたであろうあの一言。それが今日はなかったことに。


  そういえば「またな」って言ってないな。

 

他の作家の方の作品を見るとこの後書きの部分を使っていない人が多いなと思いました。自分は使います。お喋り好きなんで。

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