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二章 第3話 朝比奈出雲は静かに呟く

  あー、暇だ。ホント暇。マジ暇だわー。いやもう暇すぎて暇。

  俺は自分の中にある構文という構文に全て暇を当てはめるほど暇だった。

  12月のある日。この日はカフェ「三ツ星」の定休日である水曜日で当然俺もお休み。ということで俺の原点であり、終着点である自堕落ニート生活を謳歌せんとしていた。

 

  自室の窓の外を見ると、雪がしんしんと降っている。ニュースを見るとこの地域では初雪という情報が流れていた。

  寒い。エアコンは一応、ついているが調子が悪いらしくイマイチ暖かくならない。

  あまりに寒いのでカフェ「三ツ星」で仕事して暖まりたいところだが、行くのがそもそも面倒くさい。なのに寒いから自室には居たくないという矛盾。

  この問題を解決するためを俺はある一つの行動へ出る。


  そうだ、リビングに行こう。

  大仰に聞こえるかもしれないが、俺はその位の覚悟でリビングへの階段を降りる。

  そんな覚悟で行く理由は……。着いたら分かる。

  ということでリビングの扉の前へ立つ。扉は閉まったままだ。小さく息を吸う。そして吐く。ドアノブに手をかける。覚悟を決め、引き戸をゆっくり開ける。

 

  「くそう……」

 

  小さく悪態をつく。そこには母がいた。いつもなら日中はブティックで働いているが、週に二回は休みがあるためしばしばこういうことがある。

  別に俺は反抗期な訳ではない。なので母を嫌っていたりはしない。だがニートであるので当然、「学校行けや、オラ」みたいなオーラは出される。ちなみにダジャレなのは偶々だ。

  ということで一緒のリビングにいるのは嫌だ。そっと扉を閉め、なかったことにしようとする。


  しかし基本マイペースな母だがこういう時だけ鋭い。扉を閉めようとする俺に声をかける。

 

  「どうしたの? 尾道」

 

  「いや……、別に……」

 

  そう言って扉を閉めようとする。だがここは逆にマイペースに母は

 

  「え~ちょっとくらいお話しようよ~」

 

  これが同世代の女子なら嬉しいことこの上ないが、肉親に言われてもなあ……。そういう感じで悲しくなるが、こう言われては断れない。渋々、リビングの中に入り、手頃な椅子に腰かける。


  「んで、なに?」

 

  母がこう言うのは俺に何か用があるからだと思いそう言った。だが母の答えは煮え切らないものだった。

 

  「んー特に何もないけど」

 

  はあ……。自室に戻ってもいいかな……。俺はここにいたいわけじゃない。にも関わらずこうして話をしたいと言うからここにいるのにこうも曖昧な答えだと、いよいよここにいる理由がなくなる。

 

  だが母は何故かいつもより表情が晴れやかで、鼻歌を歌いだしそうなくらい機嫌がよく見える。

  いつも機嫌が悪いということではないが、俺を見るとやっぱり 「学校に行ったら?」みたいな視線を少なからず向ける。なのでここまで上機嫌なのはかなり珍しい。


  それがとても気になってその事を母に言う。

 

  「なんか機嫌良さそうだね」

 

  「やっと尾道が居場所を見つけたっぽいからね」

 

  と母は口の端を上げニコッと笑って言う。

  居場所。多分これはカフェ「三ツ星」の事を指しているのだろう。まず驚いたのはそんなに自分がその雰囲気を出していたのかということだ。

  だがその疑問を遮るように母は言う。

 

  「前だったら家から出るなんて嫌がっただろうに、最近、バイトの日はさっさと身支度して家出てくもんね」

 

  言われてみれば間違いない。前なら遅刻ギリギリまでベッドにくるまって「仮病使おうかなー」とか考えて結局は妥協して学校に行くことが多かった。

  それに比べると自発的にバイトに行くのは、世間一般的に当然ではあるが俺基準にすると凄まじい進歩だ。

  だがそんなのが見え見えなのはどうも恥ずかしい。なので照れ隠しに


  「まあな」


  とそっけなく返すことになってしまう。

  だがふと思い出す。俺はその居場所が危うくなっていることに。前まで居心地が良かったものの最近はあまり居心地がいいとは言い難くなってきた。

 

  理由は夜空との関係性のズレだろう。あいつは学校に行きたいが行くことができない。逆に俺は学校に行くことができるが行きたくない。

  そんなの些細なことかもしれない。しかし持たざる者は持つ者に羨望を向け、持つ者は持たざる者を不憫に思うようになる。どちらも相手を思うからこその感情だがそれは、時に大きなズレをもらたす。


  その証拠に最近はカフェ「三ツ星」に行く足も重く感じられるようになった。なんとか惰性で行ってるものの俺の経験上、長くは続かないと思っている。

  予想では年末年始の長期休業で完全にやる気をなくし、行かなくなると踏んでいる。


  だがそれを今更、悲しいなんて微塵も思わない。慣れているんだ。些細な感情のズレがやがて俺の身を蝕み、そしてそのことを遠ざけるのは。

  悲しいとは思わないし、後悔もしないだろうがもう一度あの居心地のいい場所に戻って欲しいとは強く思う。


  「? どうしたのボーッとして」

 

  母から声がかかる。どうやら物思いに耽ってしまったらしい。

 

  「いいや、別に」

 

  「なんか悩んでる?」

 

  そんなことを声に出したつもりは全くなかった。なのに表情や態度で分かってしまったらしい。母は俺のことになると元々ほとんどないはずの勘が冴え渡るので困る。

 

  「悩んでないことはないけど気にすることはねぇよ」

 

  「ふーん。ならいいけど」

 

  それで会話は終わり。そう思った。俺が一方的にシャットアウトしたのでもうこれ以上、母が言えることはないと思った。

  そう思った通り、会話は終わった。だが母はポツリと呟く。


  「珍しいけどね、尾道が悩むのは」


  そうか? と思う。人は誰だって悩む。当然俺もだ。そう思っていた。しかし俺はハッとする。

  確かに俺はあんまり悩まないかもしれない。悩むというのは何かを停滞させ、長考することだ。

  だが俺の場合、何かつまずいたりすると諦める。その場に踏ん張って状況をゆっくりと好転させようとはほとんど考えない。


  なので母の言葉は鋭いと思う。そして俺はその言葉に不思議な安堵を覚える。悩んでいるのは諦める気がないということ。つまり居場所を失いたくないということだ。

  俺がカフェ「三ツ星」で働く理由。それはただ居心地のいい場所を保持するためだけだと思っていた。言い換えてみればそれは「場所」という確かなものに理由を求めていた。


  だがそうじゃなくてもいいのでは?


  母を安心させるため。夜空が勉強できるようにするため。流成さんを休ませるため。


  そんな「誰か」なんていう不確かなものに理由を求めていいのではないか。そう思えた。

  確かなものはそこにあるだけで解決を導いてはくれない。だが不確かなものは自由に動き回るので解決に導いてくれるかもしれない。


  久しぶりに母といてもあまり居心地が悪い気がしなかった。それは母が俺がちゃんと働くようになったことへの安心が伝染しているからだろう。

  だが実際、バイトは上手くいっていない。そんなことに罪悪感を感じる。


  それでもこれからその状況が好転しそうなことに俺は確かな満足感を抱いていた。

 

 

 

この部分の執筆中は肺に穴空いていました。やっぱり健康が一番ですね!

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