二章 第2話 朝比奈尾道は間違える
いよいよ今年も一ヶ月を切り、世の中はクリスマスやお正月などに向けて忙しさを増しているように思える。
一方でカフェ「三ツ星」はというとそんな熱はどこへやらいつも通り、いやいつもより閑散としている。
流成さんに冬にカフェが繁盛しない理由を聞いたことがあるが、どうやら冬だと暑さによる疲れがなく、カフェによる特有の理由である「ちょっと一服」というのが失われるかららしい。
となると俺は完全に手持ちぶさたここに極まりという感じでなにもすることがない。まあ、元々大繁盛しているわけじゃないからいつもこんな感じではあるんだが。
今日は珍しく俺と夜空だけで店番をしていた。ほぼ毎日、流成さんが店番をしているが、今日は客入りが少なく人手が少なくても上手く回せるのと年末ということで確定申告をしないといけないらしい。だから今日はお休みだ。
確定申告で思い出したが流成さんはもちろんのこと夜空もしなければならないらしい。なんか立派なワーカーって感じする。人間性はアレなのに。
そんなことを思っていると、
「何、休んでいるの? 暇なら掃除してなさいよ。トイレを」
「なんで場所限定なんだよ……」
そう言いながら俺は立ち上がる。一応、一日店長(仮)から命令があったのだ。これは素早く仕事をして免罪符を手に入れてから休むのが得策だろう。
それに対して夜空は少し驚いたような顔で俺に告げるり
「あら、夜空ジョークを本気にするのね」
ジョークなのかよ……。
「お前のジョークはいつもの罵詈雑言と分かりづらい。もっとはっきりさせろ」
すると小首をかしげきょとんとした顔で言う。
「いつもなら素手で掃除してきなさいくらい言うわよ」
「それってただのいじめじゃねぇか……」
俺が呆れているとそれでもなお、夜空は髪をかきあげながら言葉を続ける。
「嘘よ。まあ、それでもバイト入りたてよりかは仕事もちゃんとしているようだし、それなりの評価はしてあげるわよ」
おっとこれはうれしい言葉ですね。内心、喜んでいると
「そう言われて口をほころばせるのは単純にも程があるけれどね」
やっぱこいつ可愛くねぇ……。なんでただ誉めることができねぇんだよ……。
まあ、このバイトは飽きっぽくて面倒くさがりな俺にしては中々、続いている方だと思う。多分、他人との距離感をよく分かっている人が多いからだろう。
高校生の時期は大人と子供が入り交じった思春期だとはよく言われるが、それはつまり発展途上と言える。だからこそ何事も学習中で特に他人との関係性はそれが顕著に見られる。
距離感が分からないととりあえず近づく。しかしこれを繰り返すといつか衝突したり対立する。そこから距離感を学んで、衝突を避けたりする。
別にそれは悪いことではない。経験から何かを学ぶのは人としての当然の行為だ。
だが俺はそれがいいとはあまり思わない。距離感というのは一歩間違うと危険なものだ。離れたいのに離れられない。それが一番、最悪なパターンだろう。
そう考えると夜空は周りと比べると大人だし、流成はかなり出来た人だ。当然、距離感をよく分かっている。俺は関わりすぎると一歩引いてしまう人間だと分かっているから、他人ではないが、同僚以外何者でもない感じが楽なのだ。
そう思っていた。だからこそこのリラックスした環境でこの言葉がポロリと出てしまったのは失策だったと思う。
「夜空って学校行きたいとか思わねぇの?」
多分これはずっと俺が思っていた疑問だ。しかし口には出さなかった。夜空の厳しい事情を知っていたから。
だが前の環との話が俺の心から離れなかったからこんなことを口走ってしまったのだと思う。
「あ、いや……、これは」
上手く弁明しようとするが出てくる言葉は途切れ途切れの言葉だけ。とても見苦しいと我ながら思う。
だが夜空は意外にも親切に答えてくれる。
「思うわよ。だけど勉強するならどこでも出来ると思わない?」
そうだ、こいつはそういうやつだと思った。巷では天才少女とは言われているがこいつはそうじゃないと俺は思う。秀才の極致という言い方が正しい気がする。
こいつの頭の良さやスペックの高さは努力に由来するものだ。なのでその能力を見て天才と言うのは努力を全て否定することに他ならない。
だから努力できるならどこでもいいのだ。美しい魚はドブでも美しく生きているのとよく似ていた。
「まあ、それもそうだが学校でしか出来ない経験もあるだろ」
「そうね。けれど今、こうして仕事をしてるのも今しか出来ない経験ではないかしら?」
夜空の言うことは間違っていない。しかもそれに加え、ちゃんと仕事をしたという裏付けも相まって容易に口出し出来ない。
ここで適当に相槌をうって話を打ち切っても良かったが、俺は夜空のことをもっと知りたいと思ってしまった。だからまた言葉が出て来てしまう。
「そうだけどよ、理屈を聞きたいんじゃないんだよ」
意地悪な言い方だと思う。というかこれは揚げ足取りと何も変わらない。にも関わらず謝罪の言葉だけは口から溢れ落ちない。
それでも夜空は優しかった。基本、優しくないのに何故かこういう時だけは丁寧に俺の質問に答える。
「さっきも言ったけれど、私は学校には行きたいわよ。けれど何も意志がなく、なあなあで学校に行くほど怠惰なものはないと思うけれど」
それは間違いなく夜空のそうなりたくないという願望だろう。だがこいつの言うことは万人にとって耳が痛くなるような言葉だ。もちろん俺もそうだ。
これの例えは学校の話だが、一般化させると何も考えずその場に甘んじてるやつは怠惰だと言いたいのだ。
こいつはそうではないから何でも言えるが、むしろ夜空のような人間の方が少数派だ。だから誰にとっても厳しいものになりうる。
俺もこの夜空が怠惰という人間に当てはまっているのだと思う。元々、自分は怠惰な人間だと自覚しているがそれとは違う。
状況に流されること。それが怠惰だと言いたいのだ。
俺の場合だとこのニート生活のことだろう。こうなった直接的な原因は環との噂が高校に上がっても広まってしまい居づらくなったからである。
だがここまで休もうと思ってなかった。ちょっと俺の怠惰な部分が僅かに顔を見せ、つい一日休んでしまった。そうなるともうあとはずるずると落ちていくだけだ。
一日が一週間になり、一週間が一ヶ月になり、気付けば半年間学校には行っていない。
「そうか」
俺はそれしか言えなかった。これ以上、何か言っても全てうわべだけの言葉になるだろう。
強烈なしっぺ返しを喰らった感じだった。自分がつい言わなくていいことを言ってしまったがために起きた事故だ。
夜空の本心を知ってしまったこと。そしてそれは夜空に持ち得ず、俺には持ち得ること。
その事実があるからこのカフェ「三ツ星」の店内に重苦しい雰囲気が立ち込める。元々の静けさも相まって、この空間だけ音が完全に失われたような感覚に陥る。
こんな時に流成さんが居てくれたら……。そんなことを思う。多分こんな時でも上手く空気感や関係を調整してくれるだろう。だが今日はそこに生憎、流成さんはいない。
雰囲気がだんだんと暗くなっていく。窓の外を見ると、さきほどまでなかった暗雲が立ち込めている。
何も起きない。それは全く当然のことだ。俺と夜空は友達なんかではない。同僚ということを除けば、そこに関係性などありはしない。
なのにそれを俺が勝手に近くなった、もしくは近くなりたいと勘違いした結果がこれだ。お互いがお互いを意識はするが何も口に出しては言わない。
俺と夜空は交わらない。交わらなければ対立なんて生まれない。
その距離感が俺は嫌いではなかった。だが今になって思う。それはひどく虚しいことなのではないかと。
対立して分かり合うことなど到底、ありえない。それなのに対立して距離を置くこともない。ずっと平行線だ。だから何も言えない。
この今の居づらい空気感は経験したことがある。ああ……、きっとあれだ。中学校三年生の時と高校生活の始めの一ヶ月間の空気感だ。
その空気感になったら俺はどうするか決まっている。だが初めてそれでいいのかともう一人の俺が語りかける気がした。
一応、設定では夜空は銀髪なのですが全く活かされる部分が出てこないですね……。まあ、これからその設定使うかもしれないので覚えていて欲しいです。




