二章 第1話 環春野は説得する
「学校に来ない?」
それは俺が最も恐い言葉だ。俺のニートの快適生活を殻の外からぶっ壊してくるものだからだ。
しかも大抵、それが言えるのはいい意味で空気が読めないやつだ。この表現あんまり誉めてる感じしねぇな。
だからこそこんな言葉を言えるのは環春野だけなのだろう。こいつと関係性を持ってしまったこと。これが俺の人生の誤算と言ってもいい。
「いや、行かない」
すぐに断言する。ここまで断固拒否なのだから普通なら遠慮する。そう、普通なら。
「えー! なんで!? もう学校行っても嫌な思いしないじゃん」
こいつは異常だ。優しいなんて評価を取り消したい。いや優しくない。ホントに優しいなら俺に学校に行けなんていう鬼畜なことは間違っても言わない。
はあ、と溜息を吐いて春野に言い聞かせる。
「確かに中学の誤解は解けたかもしれない。けどな不登校のやつがいきなり学校来るなんて好奇の目で見られるに決まってる」
すると春野は唇を尖らせて、
「むー、それもそうだけどさ……」
それきり春野は黙ってしまう。まあ、仕方ないだろう。
俺はもっともらしい理由をつけて登校を回避しようしている。この牙城を崩すのは容易ではない。俺の理論武装は夜空との言い合いの中で成長し鉄壁と化した。
しがも言い訳ならまだある。半年学校には行っていないのだから留年確定であることや勉強についていけないとか友達できないとか。おっとそれは学校行ってても出来なかったですね。
まあ、これらの理由を絡めていけばどうにかなるだろう。ふっ、勝ったな。これで俺のニート生活を続けられる訳だ。
勝利の余韻に浸っていると、環は目を急に輝かせて
「あ! じゃあわかった! 私が尾道君来ても好奇な目で見ないでって言えばいいじゃん!」
「それはそれで変な誤解生むだろ……」
春野がこんだけ俺を気に掛けている。春野にとっては普通かもしれないが、周りから見たら環が何か特別な感情を持っていると勘違いされてもおかしくない。
だいたい、そんなことした方が好奇の目で見られるだろ。春野が気に掛ける男子として。
しかしここまでグイグイ来られると断りづらい。しかも春野の頼みというのは普通より断りづらい。多分、全部本心からの言葉だからだろう。
困ったな……。どうしよう……。そううんうん悩んでいるとドアが開く音が聞こえた。
「たっだいまー。どう姉ちゃん?」
このやる気のない声は何度も聞いたからわかる。夏樹の声だ。
これぞ天恵と言える。夏樹は先ほど春野から怒りを買っている。そうなると春野は間違いなく夏樹に色々と文句を言うだろう。
結局、俺の勝ちかよ。そう思ったが、
「おかえりー夏樹。そうだ! 聞いてよ! 尾道君が学校に来てくれないの!」
すると夏樹はすごく冷めた目で、
「当然だろ。尾道先輩だよ。学校に来るわけないじゃん」
「いや、俺先輩、先輩だから」
すごく大事なことなので二回言ったが、夏樹は悪びれる様子もなく、
「尾道先輩が学校に来る理由なんて強制しかないでしょ」
こいつ……。先輩をなんだと思ってんだ。しかもそれは理由じゃねぇ。他人が俺を無理矢理、登校させようとさせてるだけじゃん。
まあ逆説的に強制でないと行かないということだから、環が俺に「学校に来ない?」と訊いている以上、俺が学校に行くなどありえないのだ。
その事実に安心感を覚えていると、春野は何か思い付いたのか手をポンと叩き、
「なるほど。つまり強制させればいいんだね」
「俺を無理矢理、学校行かせるなんて出来るかな?」
俺は少々、偉そうに言う。なんということはない。この半年間、色んな人からの「学校行けオーラ」出されても尚、学校に行っていないのだ。ちょっとやそっとでは俺の「学校行きたくないオーラ」は揺らぎもしない。
すると春野はぶつぶつ独り言を言い始める。
「……うーん。毎日、携帯に電話する? いや、それだと電源切られたら終わりだし……。あ、家に直接電話すればいいのか。……それは家族の人に迷惑かかるし」
なんかやばいことを言っている。ストーカー? 弟さんがちょっと引いてますよー。
そんな引いている男子衆をもろともせず、春野の妄想は爆走する。すると何かいい案が思い付いたのか、指をピンと立てて、
「そうだ! 毎朝、家に押し掛ければいいんだ!」
怖い……。怖いよ……。なんでそうなるんだよ。もっといい方法あるだろ。とゆーかこれが一番、やばい方法だろ……。
春野とはあまり学校では関わりがなかった。あったとしてもそれは中三の時くらいだ。だからこそこいつをよく知らなかった。それはあまりいいことでないかもしれない。
しかしその人の人間性を知らなくていいときもよくある。例えば春野のヤンデレ属性とか……。誰得なんだよ……。
その異様な光景を見かねたのか夏樹は春野をたしなめる。
「まあ、落ち着こうよ。そんなことしても尾道先輩は居留守使って学校には行かないよ」
夏樹はちょいちょい俺のことディスるよね……。間違っちゃいないんだが。
俺と夏樹の距離感は本来なら部活の先輩後輩であるはずだが、友達によく似ている。だからこそ何でも言える。先輩的には遠慮を覚えさせたいところだが。
まあこの位の遠慮ない関係が俺は気持ちよかったりする。クラスメイトの顔色を伺いながらも仲良くする気味の悪い関係よりかはよっぽどいいと思っている。
「はあ……」
軽く溜息を吐く。本当なら夏樹が買った新作のゲームをやるために環邸に来たんだが、こんな話をして興が削がれてしまった。
その俺の雰囲気を感じ取ったのか、夏樹が
「まあ折角、尾道先輩も来たしゲームでもしようよ」
そう言ってちゃかちゃかとコントローラーを出してくる。それを俺は受け取ると早速ゲームを始める。
相変わらず夏樹はゲームが強かった。楽しくない訳ではないが、負けが込むと少し落ち込むのは仕方がない。俺も家でよくゲームをやるし、それなりに上達した気もするがそれでも全く敵わない。
それはまるで俺のニート生活が無意味だったと告げてくるようだった。
環家を後にし、家に帰ろうと自転車を漕ぐ。もう秋の終わりであるだけあって、まだ六時前だというのに辺りはすっかり暗くなっている。
とっくのとうに太陽は隠れ、暗闇の中で涼しい風だけが自転車を漕ぐ俺に吹き付ける。昼も寒くないことはなかったが、まだましだった、そう思えるくらいにその風は冷たい。
こういう時は寒さを意識してはいけない。暑いと感じるから暑いんだという言葉は根拠はないはずなのに、謎の説得感があるのと同じだ。
しかし、思い出すのはゴールデンウィーク明けには行かなくなった高校とその後の快適で楽なニート生活。
前者はとても苦い思い出で後者は甘い思い出だ。しかし甘すぎるとやがて飽きて、挙げ句の果てには胸焼けをおこす。今の心中はそれによく似ていた。
ここ最近のことを思い出す。カフェ「三ツ星」は俺にとっては悪くない場所だった。そこにバイトの行くように勧めたのは母親だが、断ってもよかった。
なのに断らなかったのにはやっぱりニート生活に少し飽き飽きしていたからかもしれない。面倒くさがりなのに暇すぎると飽きてくるのは都合がいいとは思うが。
俺にはカフェ「三ツ星」という居場所がある。だからこそ学校なんていう居心地の悪いところに戻ろうとはこれっぽっちも思わない。
カフェ「三ツ星」という居場所があること。ただそれだけで俺の心は温まり、この季節の変わり目の寒さも吹き飛ばしてくれる気がした。
満を持して二章開始です!
そしてこれまた満を持して環夏樹の登場です!本来なら一章最終回で登場させるつもりだったんですが、尺とテンポを考えこっちに初登場はもっていきました。
一章完結記念企画の方が彼の初登場って感じはしますが……。




