番外編1-2 朝比奈尾道は誕生日
この話は一章第3話の後の話になります。第3話読了後に読むのを推奨しますが、読まなくても特に影響はありません。
誕生日とただの平日を区別しなくなったのは、いつからだろう。いつからかはわからない。だが少なくとも今は区別していない。ついでに言うなら去年もだ。一昨年も……。なんかすごい遡れるんですけど……。
とにかく誕生日といえば、とりあえず親から5000円を貰い、はい終わりだ。おめでとうの言葉もなければ、誕生日ケーキもない。
悲しいとは思わない。だいたい高校生にもなって激しく祝われるというのも……とか思ってしまうには、俺は冷めている。
ついでに言うなら誕生日になると、けたたましく祝う女子たちも憎んでいる。祝うのは好きにしろ。だが教室でやるな。
しかもあれだろ。それである女子が誕生日の人忘れてると総スカン喰らうんだろ? だから忘れても忘れてないフリして、適当なプレゼント渡すんだろ? 白々しいわ!
まあ、この通り誕生日にいい印象など抱いていない。なのにわざわざこんなことを思ってしまったのは、今日は俺の誕生日であるからだ。
10月10日の誕生日の朝、例年通り母から5000円を適当に渡されて、儀式的誕生日は終了する。
実を言うと5000円渡されるまで今日が誕生日なことを忘れていた。5000円を渡された時は「ギャンブルでヤマ当てたのかな?」と思ってしまうほどだ。
まあ、貰えるならありがたく頂いておこうの精神だ。ついでに言うなら誕生日を祝われたくはないが、誕生日プレゼントがあるならやぶさかではない。
早々に家を出て、カフェ「三ツ星」へと向かう。残念なことに今日はバイトの日なのだ。誕生日休暇とかないかなぁ……。
既に秋は深まる季節となった。暑さは若干、夏の暑さを残しているかもしれないが、空模様は秋であまり強くは感じない。
その中で自転車を走らせると僅かに肌寒いかもしれない。まあこれも少しの辛抱だ。初めてそこに行った時は時間がかかったが、馴れてしまえばすぐだ。
思った通り、カフェにはすぐ着いた。腕時計を見ると、ちょうど9時半を指していた。開店は10時からなのでちょっと早いかもしれないが、早いくらいがちょうどいいだろう。……あいつがうるさいし。
星合夜空のことを思い出し、憂鬱になる。ああ……、また俺の存在価値が否定されるんだ……。
そんなことを思いながら、カフェの裏口から店内へと入る。ほどなくして廊下を抜けると、そこには従業員控え室がある。
だがそこには誰もいなかった。おかしいなと思う。いつもなら夜空と流成さんが一足早く、開店準備を始めてるはずなのに。
ちなみにカフェから少し歩いたところに、夜空と流成さんが住むアパートがあるらしく、だいたい徒歩でここまで来るし、来る時間も俺よりも大分早い。
今日って定休日だっけと思いながら周りを見渡すが、何も変化はない。はあ……。若手いびりか……。
だが俺は根気のある方ではない。こんな放置をされたら、長々と待ったりすることなどありえないのだ。さて帰るか。謝罪は後で言っておこう。
そう言って控え室を出かけるとなにか音が聞こえる。これは……歌か? それと共に足音もついてきて、どうやらフロアの方にいたらしい。それでこの歌は?
やがてその音は近くなり、徐々に曲の輪郭がはっきりしてくる。これは……とやっと曲の当たりがついたところでバン、とドアが開く。
「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥー尾道ー。ハッピーバースデートゥーユー」
はあ……。そんな吐息が漏れる。なんかすごくすっとんきょうだ。一周回って愉快になっていくほどに。
そんなに上手くないバースデーソングを歌ったのは流成さん。後ろからついてきた夜空は呆れた表情ではあるものの、ホールケーキを持っている。まあ、歌を歌ってない時点で乗り気じゃないことは確定だな。
「はあ……。ありがとうございます……」
俺も鬼じゃない。ちょっとは反応しようとするが、失敗だ。明らかに嫌そうな感じが出てしまう。俺は祝われるのが苦手なんだな。それに気づく。
「だから嫌だったのよ……。こんな反応になるとわかりきっていたから」
やはり乗り気じゃないか。だが夜空は正しい。急に祝われては困惑するばかりだ。喜ぶのはリア充か祝われる予感を持っていたやつだけだろう。
「よくわかってるな。俺もこんな反応しかできないから嫌なんだ」
二人して頭を抱える。夜空はどうかは知らんが、俺は黒歴史確定だ。祝われないより悪だ。
「え~……。お二方は乗り気じゃないのか……」
逆に肩を落としているのは流成さん。普通に考えて、いや、どう考えても仕掛人はこの人だろう。色々用意したんだろうが、すみませんね、こんな反応しかできなくて……。
「そりゃそうでしょ。性格をわかってくれれば、こうなるのはわかっていただろうに」
中々、厳しいことを言ってしまうが、何も間違いではない。俺
はひねくれて、冷めているのだ。祝い事など最も疎遠な人種だ。
それは夜空も同じことで、こうしてこの場にいるのは、完全に流成さんのおかげと言っていい。
「早くケーキを食べなさい。もう少しで開店だから」
「間違いねぇけど、風情ってもんが……」
誕生日を祝うということは祝われる人は普通、主役だろう。なのにこの急かし様。どこのヒーローに変身をカットするやつがいるんだよ……。確かにあれ間延びするけど。
だが夜空の言うことも間違いではないし、そもそも祝われるのは苦手なのだ。さっさと食べてしまおう。
しかし大事なものがない。思わず尋ねる。
「あの……フォークと取り皿は……」
「あ、そっか。忘れていたよ」
そう言って、流成さんは奥の部屋へと消えていく。多分、フロアから取ってくるのだろう。用意悪すぎでしょ……。なんでケーキを用意したのにこれ忘れんだよ。
夜空と二人きり。そんな状況になってしまった。聞こえはいいが、空気感は悪い。何が話さないと、という謎の強制力がより空気を悪化させる。
まあ、今日のところは俺が折れよう。曲がりなりにも祝ってくれてる訳だし。
「ま、祝ってくれてありがとな。なんというか新鮮だわ」
「でしょうね。あなたの場合、友達が少ない……いえゼロだから」
「わざとだろ、それ。だいたいお前も祝われたことあんのか?」
そう言うと夜空はぷいとそっぽを向いてしまう。この反応が如
実にその意味を表している。多分、父親だけだな、もしかしたら……いやその話はやめよう。
「それでこれは流成さんの企画か?」
「当たり前ね。企画もケーキの用意も全部、父ね。ああ、そうね、私は何もしてないわよ、何も」
「しれっと自分は無関係なのを強調するな。傷つくだろうが」
反抗をするが、夜空は何でもなさそうに髪をかきあげる。……ったく、反省の色をまるで見せないのがこいつだよな。
「……ちなみにお前の誕生日はいつなんだよ」
「プライバシーの侵害ね。ついでにセクハラも」
「お前の犯罪基準はどうなってんだよ。身持ち良すぎだろ」
酷いな……こいつ。話が途切れそうだったから繋いでやったのにこの言い様。その舌鋒を磨くくらいなら、慎みとか覚えた方がいいと思う。
「とにかく教えないわよ……」
この感じからして、本当に教えたくないのだなと思う。たかが誕生日なのにそんなに渋るもんですかねぇ……。
「夜空は七夕生まれだよ~」
のんびりとした声がかかる。声の主を見ると、フォークを持った流成さんだった。
「ちょ……やめ……」
夜空が珍しく慌てるが、もう遅い。完全に聞こえてしまっている。
「へぇ~。七夕ね。そりゃあ言いたくないわけだ。だって似合わねぇもん」
俺を犯罪者扱いした仕返しだ。笑いながら、からかってやると夜空はギロリと睨む。それに思わず震え上がる。……怖すぎだろ。ちょっとからかっただけじゃん……。
しかし俺がからかいたくなるのもわかってほしい。
七夕はご存知の通り、彦星と織姫がお互いを愛しすぎて仕事をサボり、神の怒りに触れ、7月7日しか会えないようにした、という伝承だ。
だが夜空が仕事をサボる姿は普段のストイックさから想像することができないし、そもそも愛し合う前に毒舌についていけなくなりそうだ。それにこいつは無神論者っぽい。
「……なあ、神って信じるか?」
「信じないわね。見えるもの以外信じないわ」
唐突な質問にもすぐさま返すが、思った通りだった。こいつの考えは意外にイメージしやすい。
「ま、まあまあ、そんな話はなしにしてさ、ケーキを食べよう」
手を振りながら、流成さんが声をかける。
忘れていた。店も開くし早めに食べてしまおうと思い、ホールケーキにフォークを刺す。……あれ、そういや。
「フォーク一本だけっすか? それに取り皿も」
すると二人ともポカンと口を開ける。仲いいですね……家族揃って。
「え、いやそれ一人分だから」
「はあ?」
思わず雇い主にメンチを切ってしまう。これを一人分とか……流石に嘘ですよね?
「いやだってカロリーがね……」
「私は甘いもの苦手なのよ。悪いわね」
どっちも申し訳なさそうに言うが、そういうことではない。これは謝罪を聞きたいんじゃない、これの対処法を聞きたいのだ。
そう思い、口を開きかけるが二人は開店準備のため、あっさり引き下がってしまう。
残された俺とホールケーキ。こんなにもシンプルで絶望的なものもない。
「ショートケーキで良かったんじゃねぇの……これ……」
ため息が漏れる。……けど祝おうとした心意気だけは本物かもな。少し開き直り、ケーキに口をつける。
「甘い……」
俺も甘いものはあんまり好きではないのだ。心意気とかを解釈したが、本当はそんな訳ない。からかってるのも同然だ。
やっぱり誕生日というのは祝われていいものではない。そんなことをぼんやりと思いながら、ホールケーキを切り崩していく。
一章の番外編は何を書こうか大分、迷いました。そんな中、自分の誕生日が来たので「なるほど、これはネタにいいな」という感じで話にした経歴があります。意外に現実が役にたった瞬間でした。




