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番外編1-1 星合夜空の試練

この話は一章第1話の後の話になります。第1話読了後に読むのを推奨しますが、読まなくても特に影響はありません。

  俺は断言する。この世に自分の能力を測られること、俗にいうテストというやつが好きなやつはいないと。

  壁があれば、乗り越えるのが人間の道理ではあるが、それに反する人はとても多い。

  テストも同じことで能力を測られるならいい結果を出したいに決まっている。なのにそうするための努力を怠るやつはこれまた多い。

  それは何故か。人間は過大評価されることを嫌うからだ。自信がない人間には評価などただの枷でしかない。それが手に入ってしまうくらいなら、努力を怠った方がましなのだ。

  だから俺がこうして試練を課せられても、結果が芳しくないのもきっと本能的に過大評価されることを嫌っているからだろう。……ナチュラルで、能ある鷹は爪を隠すなんて俺、やっぱすごいわ。


  「手が止まってるわよ。何、変な妄想でもしてた?」

 

  夜空のいつも通りの辛辣な声がかかる。


  「してねぇよ。俺は更なる高みを目指すため思考をな……」


  「叶わないのだから、それは妄想ね」


  ぐうの音もでない。なんで学校行ってないのに鬼教官から怒られなきゃいけないんだ……。

  それはそうと、なぜこんなことになっているかというと今が俺にとっての研修期間であるからだ。

  正確に言うなら少し違う。昨日までが研修期間だったのだが、夜空が「信用できない」とか言い出し、テストをすることになったのだ。


  信用できないのはとてもよく分かる。何せ初日にあんな失態をおかしたのだ。人の評価は先入観がほとんどであるならば、俺は最底辺の評価を頂いているだろう。全く光栄だね。

  だからといってテストはやめて頂きたいものだ。テンション下がるし、こいつがOKを出すわけがない。

  と思っていたのだが、意外と評価だけは真っ当で、そうこうしてるうちにテストの最後の科目まで来てしまっていた。


  ちなみに今やっているのはコーヒーの淹れ方のテストだ。今までやったフロアや会計、サイドメニュー作りと比べると、かなり難しい。

  そもそも俺はバリスタの資格持ってないし、淹れることは皆無なのだが、必要のないことを試験に入れるあたり、本当の学校らしい。


  「どうする? このまま集中力に欠けるなら、一からやり直しだけど?」


  絶対に嫌だ。俺は無駄が嫌いなのだ。くっそ。本当ならこんな所でバイトばっくれるのに、先の大見得を切った割にこれとは人間としてやばい。

  だが何かを背負いすぎるがあまり、それのせいでうまく動けなくなるのは世の常であり、俺も逃れることができない。

  コーヒーをドリップする作業。これに一番、苦戦している。ちょうどいい早さで「の」の字を描くらしいが、よくわからないのだ。


  「はあ……」


  隣から夜空のため息がかかる。俺にもわかる。失敗だ。

  くっ、こんな時に流成さんがいれば、もっと楽なのに! ちなみに流成さんは休憩中で今はいない。


  「もう一回ね。どうしそんなに無能なの?」


  「そんなこと聞かれても知らねぇよ……」


  無慈悲な声がかかり、反抗する。無能ってストレートで厳しすぎるだろ……。だいたい俺がコーヒー出したりする日なんてないだろうし。

  あまりにも嫌すぎてこんな言葉が出る。


  「ならお手本見せてくれよ。初心者ってのは完成形が見えないから初心者なんだぜ」


  「そうね。自分の実力もわきまえずにあれこれ言うのも初心者の特徴ね」


  痛いところを突かれた気分だ。まあ確かに実力があるやつは相手の実力を認めた上で、上回ろうとするしな。

  だからといって謝罪する俺ではない。ここは一発、夜空に恥をかいてもらわないと気が済まない。つくづくクズいな。


  「そういう正論は求めてねぇよ。行動が見たいんだよ、俺は」


  言った後、ちょっと挑発しすぎたことに気づく。ていうか子供っぽい挑発だ。方向性を間違えた。こんな稚拙な挑発じゃ……。


  「いいでしょう。目にもの見せてやるわ。その減らず口が閉口するくらいにね」


  そう早口で捲し立てると、カチャカチャとコーヒーを淹れる準備を始める。

  俺はそれを見て唖然とする。え、こいつの堪忍袋小さくない? この挑発に乗るやつなんて小学二年生までだぞ。

  まあ、いい。結果オーライだ。これで恥をかかせる方法だが、俺の悪いことだけに頭が回る頭脳が、速攻で解を導き出す。

  まず夜空が淹れたコーヒーを試飲する。それに色々、難癖でもつければ、怒りの沸点が低いこいつは怒り出すこと請け合いだろう。くくっ、楽しみだ。

  僅かな静寂が漂う。だがそれもすぐに終わりを告げる。


  「出来たわよ」


  そうとだけ言って俺にコーヒーを滑らしてくる。仕事が早いな……。流石だな……。それは評価できるな、ちょっと子供っぽいけど。


  「ああ、じゃあ頂くよ」


  一口、口につける。…………うまいな。まず香りが違う、芳醇な香りと言うべきか。それに味も今まで体験したことがない旨味を感じる。苦さの中の甘味。説明するとこうなるが、わかりづらいだろう。

  だが美味いのだ。そのことに思わず絶句する。


  「どう?」


  笑いながら夜空が訊いてくる。くそ、明らかに「参ったか!」みたいな顔してやがる。ムカつくぜ……。


  「ああ、美味いよ……」


  なんで逆に一本取られてるんだ。その事実に俺は情けなくなる。

  だが俺の減らず口はこんなもんじゃない。味は何も否定すべきことはない。むしろ称賛すべきだ。だが他は?

 

  「けどな、ただ美味いコーヒーなんてどこにでもある。でもそれだけでやっていけないのがカフェ経営だろうが!」


  ドンと力強くカウンターを叩く。

  気づいたら俺はカフェ経営とはなんたるかを高説していた。全く俺らを知らない人が見れば、俺がオーナーで夜空が従業員といったところだろう。

  だが忘れてはいけない。俺はまだバイトを始めて一ヶ月も経たない超が付くほどの新人であることを。

  それでも夜空は歯ぎしりをしている。苦々しそうだ。だが次の言葉は意外だった。


  「……そうね。間違いないわ」


  おや、素直じゃないか。人類は皆、師匠である。この言葉はとてもいい。つまり約70億人が俺のことを師匠と思ってくれているのだ。ははは、敬え敬え、苦しゅうないぞ。


  「でも私も方策は考えているのよ。あなたほど暇じゃないわ」


  「そりゃそうだ。俺ほど暇なやつなんていない。いるなら教えてほしいぐらいだ。そいつを叩きのめしてやるからよ」


  具体的な方法は仕事をサボる。ついでに夜に起きて、朝に寝る。起きてる間は無の状態を維持する。これで全世界一位の暇人になれる。

 

  「思ってる話の流れが違うけれど……。まあいいわ。これもあなたに見せてあげるわ」


  別の準備があるのか、またカチャカチャと何かを用意している。だから挑発に……。

  そんなことを思ってるうちに既にカップを用意し、隣にはミルクが置いてある。これはまさか。

 

  「見てなさい」


  とだけ言うと、繊細な手つきでミルクをカップに入れていく。これはラテアートと言うやつでは。


  「出来たわよ」


  だから早い……。それにはハートのラテアートがあった。

  見せてもらうと確かに上手い。隙があるやつの方が可愛がれるらしいですよ? と教えてしまいそうになるほどにだ。

  だがこいつはそんなの気にしないだろうなと思う。だからこそ美しいのだが。これがわかるやつはそうそういない。

  それはおいといてこいつの有能さに閉口する。まじで手のうちようがない。軽々とボーダーを越えてくるなよ! 苛立ったのかこれからは俺の幼稚な意地悪が続く。


  「ハートはなんというか……定番すぎる。それじゃ凄さは感じない」


  夜空はそれに負けじと、アニメキャラのラテアートを出してくる。なんでこいつこんなの知ってるの?


  「いや、それは著作権が心配だな……」


  その後も俺の難癖は続く。よくこれで夜空がキレないのは人柄の良さを表している。……いや、負けず嫌いなだけか。

  いつまで続くんだ……。そう思い始める。気づけばカウンターには無数のコーヒーカップが並べられている。しかも若干、客が引いてるし……。

  だがそれもやがて終わることになる。


  「ふぅ、休憩終わり。お二人も休憩……って何これ?」


  流成さんが奥の部屋から、伸びをしながらこちらへやってくる。表情は……。まあ、当然か。ポカンと口を開けている。

  俺たちは何も言うことができない。ホントなら謝罪か言い訳でもするべきなのだろうが、俺たちも同様に気づいたらこの光景で衝撃を受けている。


  「ええっとこれは……」


  どうにか言い訳を絞り出そうとする。ここでも謝らないのが俺だな。

  流成はそれを手で制す。何も言うなということか……。目が据わっていて、ヤバい感じがする。


  「……うん、あとで話を聞こうか」


  何も喋らせず、すぐに流成は仕事を始める。

  俺たちは目を合わせる。夜空はイメージにない不安そうな表情をしている。そして口を開く。


  「どうやら引き分けね……」


  「……どこまで負けず嫌いなんだよ、お前。これそもそも勝負じゃないよな?」


  そうだ。元々は俺への試練だったはずだ。いつの間にこんなことに……。俺は怒られたくないのにな……。

  すると夜空は顔を赤く染める。これまたイメージ外の反応。


  「い、いいじゃない。論点をずらしたのはあなたじゃない」


  それは間違いない。だがそちらとて同じ罪だ。もう何も言うことはなかった。俺たちは懺悔のつもりで仕事を続ける。

  この後、流成さんに滅茶苦茶、怒られたことは言うまでもなく、ついでに俺の研修期間も伸びた。全く最悪な一日だ……。


ずっとやると宣言していた番外編です! 一章はカットというか、思い付かなかったことが多くて、後から見ると短い章になってしまったと思っていたので、番外編を読んで満足してもらえると幸いです!

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