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呪いと迷い

 ヒィラがカウンターから戻ってきたのは、ヤドカリが去ってしばらく経ってからだった。

 オレは合流してからずっとヒィラの顔を見れず、自分の靴下だけの足元を見ながら歩いている。頭の中に、さっきヤドカリが言っていた”呪い”の二文字が居座ってるせい、なんだろうか。


 昨日までなら、ここが今までの世界なら、呪いがどうのこうのと言われても多分気にしなかったと思う。

でもここはオレが見知った世界じゃない。いかにも日常離れした、非現実的な世界だ。なら、呪いってのも実在するのかもしれない。


 危ない所を救ってくれて、色々親切に案内してくれたはずのヒィラが、途端に少し怖くなる。だから


「お待たせしました、ウラシマさん」


 と、彼女が詫びた時も


「ウラシマさん、少しついてきて頂けますか?」


 と訊ねた時も、


「お、おう」


 などという中途半端な反応しか、オレは返せなかった。

 ヒィラはオレのいい加減な返事に気を悪くした様子もなく、カウンターの奥にある階段から、建物の二階にあるらしい部屋へとオレを案内してくれるらしい。


 二階は一階と違って、どちらかというと役所のような作りに見えた。清潔な広い廊下に味気ないドアが並び、ここでもローブの職員らしい奴らが書類を抱えたままうろついている。ヒィラは奥まったところにあるドアの前で立ち止まると、脇についているベルを鳴らした。


 この部屋の中に、詳しい人ってヤツがいるんだろうか。

 ヒィラすら得体の知れないものに見えつつある今、オレの希望はこの扉の先にしかないような、そんな心細い気持ちになる。訳のわからない状況が続きすぎて、オレはどうやら大分参っているらしい。


 一人でうじうじと悩んでいると、ドアが開く。ヒィラはオレを呼び、部屋の中へと進んだ。

 オレは内心すがるような気持ちで、ヒィラにならってドアを潜った。



◆◆◆◆◆◆


 飾り気のない広い部屋で迎えてくれたのは、落ち着いた雰囲気の、真紅のローブを着た女性だった。銀色の眼鏡も胸まで下ろした黒髪も、”大人の女”と言うのがしっくりくる。彼女は部屋に入ったオレと亀を見て微笑むと、


『ようこそ、協会へ。そしてこの世界へ。私、この協会に勤めているルカ・カーブゥと申します』


 と、手を前に揃えて頭を下げた。


「……」


 その様子に、オレは思わず黙り込む。

 挨拶されて返事も出来ないなんて失礼だとは思うが、驚きを隠しきれなかった。

 ヒィラの隣にいる女は、確かに挨拶をした。目の前でオレに向かって頭を下げている。なのに、その女の声はオレの鼓膜を震わせてない。これはまるで


『まるで頭の中に語り掛けられてるみたいだ、とお思いなのですね。そう考えてもらうのが一番理解が早そうです』


「おいおい……マジか」


 今度は頭の中を読まれているような感覚。オレはいてもたってもいられず、助けを求めるようにヒィラを見る。


「ルカさんと話すときは気を付けてくださいね、全て読まれてしまいますよ。特にいやらしい考えなんかは……」


「持ってない。断じて」


 部屋の端で亀とじゃれているヒィラの説明を遮り、オレは断言する。が、万が一と言う事がある。男は心の内では何を考えているか、想像もつかない。たとえ自分自身のことでもだ。


 が、おそるおそるルカを見れば、口元に手をあてて笑いを堪えているだけだった。


『ええ、褒めて頂いただけです』


 勘弁して欲しい。ばっちり読まれてるじゃねえか。

 だが、セーフではあったようだ。


『ふふ……故あって声を出すことが出来ませんが、これから色々説明をする上では私が適任かと。そこに腰かけて頂けますか?』


「適任?」


 オレは相槌をうちながら、ルカが指したすわり心地の良さそうなソファの方に移動し、返事を待つ。


「それじゃあ……私はこれで失礼しますね」


 ルカより先に、声をかけてきたのはヒィラだった。タイミングを見計らっていたかのように亀をあやす手をとめて立ち上がると、ペコリと頭を下げてドアに向かって歩き始める。


 考えてみれば、オレだけが声を出してしゃべってる不思議な空間だ。一緒にいて、あまりいい気分じゃないのかもしれない。声を出さなくても会話出来るのにわざわざ口で返事をしたのは、ヒィラに失礼な気がしたからだったんだが、それでも居心地はよくないだろう。


「どっかいくのか?」


 気付けば、そう声をかけていた。さっきまで怖がっていたのに勝手だとは思うが、知ってる人間がいなくなるのは寂しい。それにきちんと礼も言えてない。


「ええ、ルカさんに会わせてたら戻ろうと思ってたんですが、タイミング逃してしまいました。運んできた()の査定お願いしてるので、受け取りに行きたいんです」


「そうか……」


 まだ終わってなかったのか。結構な量があったから、査定とやらには時間がかかるのかもしれない。ヒィラは善意でオレを助け、査定の合間にこうして案内までしてくれた、って訳か。


「ウラシマさん」


 どう言葉をかけたものかと悩んでいたら、ヒィラが改まって声をかけてきた。


「派遣者の案内を出来たこと、光栄に思います。いい、仲間を探して下さいね。この協会には素晴らしいマグが沢山いますから」


 ……なんだよ。お別れみたいな言い方じゃねえか。


「なあ、ヒィラ」


 礼を言おう。そう思って、ドアから出て行こうとしているヒィラに向かってオレは呼びかけた。


「説明終わったら、改めてお礼言わせてくれ。待っててくれるか?」


 気付けば、予定と違う言葉が口を付いて出る。せっかくよくわからないものとお別れ出来そうだったのに、何でまた顔を合わせようとしてるんだ、オレは。


「……はい! では、あとで」


 ぱっと、表情が明るくなった気がした。

 ヒィラはそう返事をすると、また頭を下げてそのまま部屋を出て行く。どこで待っててくれるのか聞いてなかったが、まあ何とかなるだろう。世話になった礼は、あとでしっかりしないとな。

 今はそれより、本来の目的を果たすのが先だ。


「わりぃ、待たせたな」


 ヒィラが出て行ったドアから、目をルカに移す。


『構いませんよ。礼儀正しいのですね』


 ルカはオレが腰を下ろすのを見ながら、また心を読んだように言う。いちいち心を読まれるのはなんとも落ち着かないな。


『では、派遣者がどのようなものなのか。砂漠がどんな場所なのかイメージを交えて説明した方がわかりやすいかと思います』


「……よくわかんねえけど、よろしく頼む」


 全然イメージ出来ないが、もうここまできたらなすがままだ。


『少し驚くかもしれません。慣れない感覚です。……このように』


 ルカの声と一緒に、ソレは始まった。

 砂。地下迷宮。そして、派遣者。

 絵で、映像で、言葉で。

 頭の中に入り込んでくる何かは、次々オレの頭に、意識に飛び込んできて。


『少し、早すぎましたね。このくらいでいかがでしょう』


 そして、突然ゆるやかに秩序を持って、頭の中で動き出し……解説を始めるのだった。

 何だこれ、ゲームのオープニングムービーみたいだな。

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