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亀と協会

 建物の中には、結構な数の人影があった。

 ずらっと等間隔に並んだイスが広いフロアに並んでいる様子は、オレにはあまり縁がない病院を彷彿とさせる。こんなだったよな、確か。


 ただ、当たり前だが、病院とは違う部分の方が多かった。

 座っている奴らからして、病人らしい虚弱さはない。むしろ見るからに屈強そうな体に、豪快な笑い声、怒声。それに、男達が持っている武器らしいもの。この人らはきっと、ヒィラと同じような冒険者(マグ)ってヤツなんだろう。


 マグとは違った人影も見える。並んだイスの隙間や建物の奥にある長いカウンターの向こうにいる、似たようなデザインのローブ姿のヤツらだ。色以外は統一されているようだし、あれが制服みたいなものなんだろうか。なら、あいつはこの協会の職員か何かか。


 ヒィラの話ではマグとは砂漠をさすらう冒険者の事で、協会は冒険者のシゴトを管理する団体、らしい。オレは道中で大雑把な説明を受けただけだから詳しい事はわからないが、どうやらオレみたいに突然この世界を訪れる人間は、いつも砂漠に突然現れるようだ。だからこの冒険者協会には、派遣者に対応するだけの準備があるらしい。


 と、言うわけで。

 オレは恩人の手伝いもかねて、ヒィラについてきた

 恩返しがモノのついでのようで心苦しい限りだが、一人で放り出されるのも怖いし案内に付き添ってもらえるならこんな幸運はないだろう。


 

 オレがぼーっとあたりを見渡していると、ヒィラはその場に荷を下ろし始めた。


「空いてるみたいですね。コレ、あとは運んでもらえるのでそこに積んでしまいましょう」


 と、疲れた様子の欠片も見えない。


「お、はいよ。ほれ、亀。それほどいてやるから、こっちこい」


 オレも疲れをにじませないように平静を装いながら、自分の荷を背から下ろした。立っているのが不思議なくらい足がプルプルしているけれども、必死で隠す。


 隣に控えていた亀に手を伸ばしたのは、しゃがんで少し足を休ませたかったからでもあった。もちろん、微力ながらも力を貸してくれた亀の背から、重荷を下ろしてやる気持ちもあった事は、否定しないでおこう。


「……おい、なんだよ、暴れるなって」


「もも! もも!」


 抱きかかえた亀は、何故か荷を奪われまいとジタバタ暴れている。どこか散歩ヒモを外すのを嫌がる犬と飼い主を連想しないでもない。


「私、受付してきちゃいますね。積み終わったら、座って待っていてください」


 オレが亀と格闘していると、ヒィラの笑いを含んだ声が聞こえた。

 顔を上げてると、声の主はもう奥へ向かって歩き出したところだった。ありゃ奥のカウンターにいくんだろうか。オレは亀の背からなんとかサソリの脚を奪取しながら、その後姿を見送っていた。


◆◆◆◆◆◆


 やっとサソリの脚をまとめて積み上げたオレは、目に付いた空いている椅子に腰を下ろす事にした。

 疲れた。ヒィラが戻ってくるまで、少し休みたい。


「ん? なんだ、あのでけぇ扉は」


 見るともなく協会内を見渡していると、変なものが目にとまった。大型トラックが車庫入れ出来そうなサイズの扉だ。街中で見かけた馬車の荷台には少し大きすぎやしないだろうか。


「お、初めて見る顔だな。あそこが気になるか。ありゃあ大物用よ」


 オレがぼんやり扉を眺めていると、傍に座っていた男が話しかけてきた。腕とすねにだけ革製の防具らしきものを身に着けている所を見ると、この男もマグなんだろうか。その割には身体つきは華奢に見える。

 

「大物? なんだよ、でっけえドラゴンでもいるってのか」


 暇つぶしのつもりで聞いてみた。男の隣には先端のとがった岩のような何かがあるが、その他には荷物らしいものは見当たらなかい。この男もオレみたいに受付している仲間を待ってるっぽいな。


「オウ。倒した後、解体(ばら)して持ってくることもあるけどな。まあそうはいかねえ事もあるし、生きたまま捕獲する事もある。そういうのは、あそこに持ち込むんだ」


 こうやってヒマそうにウキウキ答えてくれるあたりが、特に。

 と言うか、今すごい事言わなかったか?


「え……ドラゴンほんとにいるのかよ……勘弁してくれよ」


 冗談を本気で返されるとは思わなかった。というか、ドラゴンなんていて欲しくなかった。ただでさえファンタジーな世界にスーツで迷い込んでるって言うのに、これ以上ファンタジー要素を盛り込まないで欲しい。そもそも、サソリですらあれなのにドラゴンなら――


 ――いや。大型犬くらいある青いサソリ。ばったばったとそれを切り倒す若い娘に、この街で散々見かけた一風変わった姿のやつら。そりゃドラゴンくらいいるだろう。ここはどうやら、いよいよオレの知ってる世界とは違う世界のようだ。オレは溜息をつきながら、思わず天を仰ぐ。この件については一旦置いておこう。考えてもしょうがない。


「おい兄ちゃん」


 天井を見上げ、必死に現実を受け入れようとしているるオレに、男はぐいっと体を寄せて声をひそめ、ヒソヒソと小声でささやく。もういいんだよ、ファンタジーの押し売りは。少しそっとしておいて欲しい。あとこいつ、よく見ると随分目がぎょろついてるな。


「あの女と旅するつもりか? やめとけ、やめとけ」


「え……ヒィラのことか? 何でだよ、オレはバケモノみたいな青いサソリの群れに襲われてもらったんだぞ」


 ないない、と顔の前で手を振りながら言うその様子が、何だか気に入らなかった。恩人を否定されているのは気分が悪い。つい、反論するにも少し言葉が荒くなってしまう。


「そうそう、ヒィラ・メイだよ。確かに腕は立つんだよなぁ。()とは言え、スコルピオの群れをバサバサ切りつけれるヤツはそういねえよ。だがな、あいつは呪い持ちだ。呪い持ち連れて砂漠行くやつなんて、一人もいねえよ」


「スコルピオ? ああ、あのサソリか。強いならそれでいいじゃねえか」


「はははは、その様子だと新米か? 呪われたマグなんざろくなもんじゃねえぞ。いくら強くても……っと、おい、こっちだ!」


 何かを見つけたように、男は手を振って立ち上がる。

 どうやら仲間が戻ってきたらしい。


「ま、組むならよく考えるんだな。……進んで死にに行く事なんてねえんだよ。俺はヤード。また会うことがあればよろしくな。頑張れよ、新参」


 隣の椅子に置いていた何かを片手で持ち上げると、ヤードと名乗った男は仲間たちと協会を立ち去っていった。オレは、ヤードの後姿を見てふとあることに気付く。


「……何かに似てると思ったら、巻貝みたいだなあれ」


 隣の椅子においていた何か・・はどうやらヤツの防具か何からしいのだが、防具をつけた姿といい、やたらぎょろついて飛び出し気味の目といい、浜辺でうろうろしてるある生き物にそっくりだった。気に入らないから、ヤツの事はヤドカリと覚えよう。


 それにしても、呪い(・・)ってなんだ? ヒィラからそんな話は聞かなかったけどな。

 ヤドカリが席を離れ一人になった途端に、不穏な二文字がオレの心の中でもぞもぞ膨らんでいくようだった。


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