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砂漠とサソリ

 走馬灯が走る、と言う表現がある。命の危機が迫ると過去の記憶がまるで人生を早送りの映画のように振脳裏によぎり、一瞬でその生涯を振り返る現象がソレだというなら。


「ひいぃぃぃぃっ!」


 悲鳴を上げて走りながら、オレは思う。走馬灯が見えない以上、命の危機はまだ遠いんじゃないかと。



 わかりやすく言うと、オレは追われていた。

 追われているといっても、化石からDNAを採取して作った恐竜だとか、ホッケーマスクのアメリカンな怪人が迫っているわけじゃない。後ろに迫っているのは、どこからともなく沸いてきたサソリだ。

 

 ただのサソリなら、いくらなんでも悲鳴をあげて逃げたりはしない。

 だが背後に迫っているのがつや消しブルーのいかにも堅そうな外殻を持った、グレートデンくらいありそうなサイズのサソリなら、逃げない方がどうかしてる。


 サソリのハサミも尾針も、当然でかい。針だけでオレの肘から先くらいはあるだろう。あれは絶対に刺されちゃダメなやつだ。毒があろうがなかろうが命が危ない。


 とことんついてない。やっと目印を定めたと思ったらすぐ更なる不幸とは、いよいよ厄日だ。

 なんなんだ、ほんとに。あんなデカいサソリがいるなんて、聞いたことないぞ。


「も! も!」


 と、腕の中ではしゃいでいるのは、亀だ。

 サソリに遭遇して逃げだす時、とっさにこの亀を抱き上げてからずっとこの調子だった。オレの気も知らずに、いい気なもんだ。何が楽しいのかさっぱりわからない。

 

 不幸中の幸い、と言っていいのか悩むところだが、青サソリの足はそこまで速くない。

 ただ、ある程度引き離せている今でも、逃げきれる気がしない。街中ならともかく、遮蔽物もなにもない砂漠で、砂に足をとられながらじゃいくらなんでも体力が持たない。

 

 戦うか。

 武器になりそうな棒切れでもあれば、立ち向かえるかもしれない。

 ふとそんな考えが脳裏をよぎり、慌てて打ち消す。オレは職業上でも経歴上でも、多少の荒事にも慣れている方だと自負している。しかし、今この場では、多少の武勇伝はアテに出来ない。


「どんどん増えてるじゃねえかよ、ちきしょぉぉぉ!」


 ギチギチ、ギチギチと何かのきしむような音が、また増えていた。

 最初は一匹だったはずのサソリは、振り返るたびに増え続け、既にその数は二十匹くらいにはなってるだろう。

 普段から肉体派便利屋として酷使されているおかげでそこそこ体力に自信はある。だが、このまま逃げ続たとして、増え続けるサソリから逃げ切れるだろうか。いや、不慣れな砂漠で亀を抱えて逃げ続けられるとは思えない。


「はぁ、はぁ……」


 現に、息はあがり足ももつれ始めていた。

 ポケットに入れていた靴はどこかで落としたようだし、靴下もほとんど脱げかけている。

 熱い砂で足が焼け付きそうだ。乾いた空気が、喉を焼く。いっそ足を止めれば楽になれるかも――



 ――いや。それはだめだ。

 あのサソリ共に穴だらけにされて食い荒らさるなんて、ごめんだ。オレはまだ死にたくない。

 こんなよくわからない場所でなんて、死ねない。自分になにが起きてるか知らないまま死ぬなんて、いやだ。

 水分不足と暑さで、考えがまとまらなくなっている。目の前には、砂の小山が立ちふさがっていた。オレは生きたい一心で、目の前の坂を昇り始めた。






「……あ?」


 山のてっぺんに誰かいる。一瞬幻かと思ったが、確かにいる。

 沈み始めた太陽を背にして立つその姿に、目を奪われる。砂漠で見た初めての人影は助けか。それとも敵か。オレは不安と期待に揉まれ、足を止めそうになっていた。


「そこの人! もう少し頑張って下さい!」


 と言う声を聞かなければ、そのままそのばに立ち尽くしていただろう。逆光でよく見えないが、確かにそう言った。女の声だ。

 

「くそっ……登ればいいんだなっ」


 歯を食いしばって、また坂を昇り始める。助け。あの口ぶりだと助けてくれる、らしい。

 しかし、助けだとすれば妙だ。彼女の他に仲間がいるようにも見えないし、一方で後ろのギチギチ音は増える一方だ。登りきれば何かあるって言うのか。

 

  あの声、背後に押し寄せるサソリに一歩もひるんでいる様子がなかった。今は助けだと信じるしかない。砂に足を取られながらも、片手で亀を抱えなおし、這うように砂山をよじ登る。もう、下も上も見なかった。そしていつしか、伸ばした手は山の頂上に達していた。


「これをふりかけて、そこでじっとしていて下さい! 動かないで」


 砂山の頂上まで昇りきると、その言葉と一緒に小瓶を押し付けられた。

 小瓶の中には、何やら毒々しい紫色の粉が詰まっている。振りかけろと言われても、とてもこの深緑と紫を混ぜて銀色ラメを練りこんだような粉を体にかけたくはない。


「な、なあ。これ……」


 オレは四つんばいのまま小瓶の使い方を問おうとしたが、既にそこにはオレと亀しかいなかった。

 すさまじい速さで丘を駆け下り、サソリの群れに飛び込んでいった彼女には、もうオレの声は届かないだろう。オレは右手に亀、左手に小瓶を握り締め、その女のうしろ姿を見ていた。


 彼女はフードつきのマントを脱ぎ捨てると、青い群に向かって悠々と進んでいく。まさか……戦うつもりだって言うのか? 

 女一人であれをどうにか出来るはずがない。オレは慌てて助けに入ろうとして立ち上がり……すぐまた、膝を落とした。砂山のふもとでは、強者の一方的な蹂躙がはじまっていた。



 目の前で繰り広げられる光景に、オレは思わず息を飲む。

 見るからに堅そうな大サソリを、彼女はまるで飛んで来る羽虫をハエ叩きで払うかのような力のない所作で剣で切り裂いていく。どうやら彼女が持っていたのは、あの飾り気のない、両刃の片手剣だったらしい。

 銃ならまだしも、剣かよ。しかもよく見ると彼女の背中と腰辺りにも、剣の鞘らしいものが何本か括りつけられていた。

 

 使い慣れた様子で振るわれる剣は、夕日の中で舞い一匹、また一匹と青サソリを断ち割る。丘を駆け下りたばかりだと言うのに、動かなくなったサソリは既に五匹を越えていた。


 彼女は特に息を切らした訳でもなく、突然握っていた剣をぽいっとその場に放り投げた。

 捨てた、という言い方がしっくりくる仕草だった。そしてそれを見計らったように、三匹のサソリがその鋭いツメを突き出して彼女に飛び掛る。


 息をのんだ。アレは避けられない。

 思わず、凄惨な光景を想像して目をつぶりそうになった。しかし、彼女はさして気にした様子もなく、構わずサソリ達に一歩踏み出し、そのまま通り過ぎる。サソリの尾針もツメも、彼女にかすりもしなかった。それどころか、襲い掛かっていたサソリの方がバラバラになって砂の上に転がっていた。


 いつの間にか彼女の手には、別の片刃の反りのある剣があった。あれで斬りつけた、のか?

 オレがぼんやりそんな事を考えているうちに、彼女はその剣を前にいるサソリに投げ付ける。剣が勢いよく、サソリに突き刺さった。剣が根元まで刺さったサソリは、ピクピクと震えながらその場に崩れ落ちる。


「すげえ……」


 別の曲刀を腰から抜いた彼女を見ながら、オレはついそう口にしていた。

 今度は、青竜刀みたいに大振りな刃の剣だ。厳つい剣とは対照的に、持ち主の動きはサソリ達の間を軽やかに舞う。


 這い寄るサソリをかわして、真横から一匹、二匹と真っ二つに断ち割る彼女は、まるで動かない薪を相手に薪割りでもしているみたいだった。まだまだ群がってくるサソリ相手に、全く危なげがない。


 五匹目の犠牲になったサソリだけが何故か切れず、鈍器で殴られたようにひしゃげた。彼女はそれを見ると、曲刀をサソリたちの死骸の中にそっと手放し、また腰から別の剣を手に取った。


 彼女が四本目の剣を握る頃には、サソリ達は後ずさりを始めていた。

 多分あのサソリは思いがけない反撃にあって、逃げ出す構えなんだろう。オレはその様子を見て、やっとほっと胸をなでおろす。よくわからないが、助かりそうだ。


「危ないっ!」


 彼女の声が、聞こえた。危ない……?

 気配を感じて、慌てて振り返る。いつの間にか回り込んだ大サソリが一匹、尻尾は高々と尻尾の先をオレに向けていた。近くで見ると、いよいよ凶器のような針だった。


「マジか……マジかよくそったれ……」


 助かったと思ったのに。恐怖で顔がひきつる。一度気が抜けてしまったせいか、立とうにも力が入らない。何とか逃げようと体を動かしてみても、砂の上でもがくくらいが精々だ。

 やばい。この距離じゃ、いくら彼女でも間に合わないだろう。サソリの尾は、放たれる前の矢のように後ろに引き絞られていた。


 これはダメだ。さすがに終わった。オレは思わず、目を閉じる。


「もも! も!」


 その時、胸の辺りから何やら勇ましい亀の声が聞こえた。

第四話お読みいただきありがとうございます!

引き続きお楽しみ頂ければ幸いです!

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