栄光と転落
「ヒィラ嬢がこの街、エントランスにやって来たのは五年くらい前って聞いてます。一人でふらっとやってきたマグなんて珍しくもなんともないですけど、まだ小さい女の子がめちゃくちゃ強いって言うんで、一時期かなり話題になったらしいですよ」
イワシ君はそう、視線をさまよわせながら始めた。
「え。あいつそんなちっちゃいころからマグやってるの?」
そしてオレは、いきなり話の腰を折った。
いきなり気になる発言が聞こえたもんで、つい反射的に口を挟んじまった。
「ええ、まあ。ヒィラ嬢、あちこちでかわいがられて、古株のマグたちが面白がっていろんな事教えたりしてたみたいですね。ヒィラ嬢はヒィラ嬢でそれをぐんぐん覚えて、最初の二年であっという間に昇格重ねて、フィフス認定されて……」
「おお、すげえなヒィラ。よくわかんねえけど、二年で昇進って結構すごいんだろ?」
「当たり前です! マグが昇進するのにどれくらい時間かかると思ってるんですか。サードに上がれず一生終えるなんてザラなんですよ。フォース以上への昇進には、機会に恵まれる運だって重要に……って、こんなことも説明しなきゃいけないのか……」
イワシ君は、壁にもたれていた体を起こして身振り手振りを付けてそう答えた。反応から見るに、いらだったり呆れたりとこの少年は大忙しだな。しかし、仲間がこう褒められるって言うのは実に気持ちのいいものだ。オレはホクホク顔で続きを促す。
「まあまあ、そう言うなよ。で、何があったんだ?」
「やだなあ、もう見たんじゃないですか? 呪い、ですよ」
両手を組んで頭の後ろに回し、イワシ君は再び壁にもたれかかった。そして、少し声のトーンを下げて口を開いた。
「シクスの昇進をかけた遠征で、ヒィラ嬢は呪いを受けたんです。細かいことは聞いてませんが、戦力の要だったヒィラ嬢は愛剣を失って戦えなくなり、遠征隊は無念の帰還。僕はその当時ここにいなかったので直接は知りませんけど、ヒィラ嬢含む精鋭達のその時の姿はそりゃあもう無惨だったそうです」
ふわふわ浮かんでいた気持ちが、一気にしぼんでいく。そうだ、オレは今、決して愉快な結末にならない話を聞いてるんだった。オレは気持ちを引き締める。
「……それでヒィラが呪いにかかったせいで遠征が失敗した、ってことになったとでも言うのか?」
「今のヒィラ嬢への扱いが、その答えってことじゃないですかね? 上位のマグにとって、未踏の地を目指す遠征は名声や評価を高める大チャンスですから。皆、無念さをぶつける先があれば……」
なるほど。わかりきってたことだが、やっぱり面白くねえ話になってきた。
「まあそんなわけで、ヒィラ嬢の快進撃はそこまでになりました。いくら優秀でも呪いがある限り、かつての剣姫は長くは戦えない。それで自然と、彼女は探索に誘われなくなりました。その後も何度か、過去の栄光を知ってヒィラ嬢を仲間に迎えようとした人はいたみたいですけど……」
そこまで話すと、イワシ君からオレの様子を窺うような視線を感じた。オレが急に黙りこんだのが気になったんだろうか。続きが気になるオレは、小さくうなずいて先を促す。
「……仲間にしようとした人はいたみたいですけど、ヒィラ嬢とパーティーを組む人は結局誰もいませんでした。呪い持ちの剣姫として、ヒィラ嬢は悪い意味で有名になってましたし……。それに、周囲の妨害もあったらしいですね」
妨害ってのは、オレも経験したな。例のヤドカリなんかがそうなんだろう。不愉快なモヒカン姿が脳裏に浮かぶ。で、ものすごく気分が悪くなる。
「……大人が、寄ってたかって子供を仲間外れにしてるわけかよ」
「あはは、そういうことになりますね。まあヒィラ嬢、長く戦えないってだけでご存知の通りつよーいですから! 嫌がらせしたくてもそれくらいしか出来ない、ってのが本当のトコロなのかもしれませんよ」
オレのつぶやきに不穏なものを感じたからか、イワシ君は慌てて取り繕うようにおどけて見せた。面と向かって立ち向かえないで、ちまちまと子供に嫌がらせする大人なんてみっともないことこの上ないぞ。どんどん胸糞が悪くなってくる。
イワシ君はそんなオレの様子を察したのか、あえて大げさに指を突き付けると、気を取り直すようにこう言った。
「派遣者さん! 上を目指すマグに一番大事なのはなんだと思いますか?」
「んー。強さとか?」
突然でよくわからんが、気を使われている気がするので乗ってやることにする。ただ、自分で答えておいてなんだけど、この答えが正解ならオレは上を目指せねえことになるな。
「惜しい! 生き残る事、ですよ」
突き付けられた指が、今度は横に振られた。オレは黙って続きを待つ。
「実は腕が立っても、ケガしたり命を落としたりで昇進出来ないマグって一杯いるんです。強さを頼られるってことは、それだけ危険な場面が増えるってことですからね。マグはそれじゃダメなんです。どんな成果を上げても、探索の成果を持ち帰れないと意味はない。それが探索者です。だから」
しゅびっ!
指が力強く、オレの目の前に突き付けられた。
「だからね。ここだけの話、僕はヒィラ嬢はすごく優秀なマグだと思ってるんですよ。以前ヒィラ嬢が参加した遠征隊だって、呪いを受ける前の彼女が大活躍したおかげで、かなり被害が抑えられてたらしいですから! なんて言うか、今の扱いは不当だと思うんですよね、僕」
何故かドヤ顔でイワシ君はそう結んだ。なるほど、だからこの少年からはヒィラに対する否定的な感情を感じない訳か。話を聞いていても、どちらかと言うと尊敬とか憧れみたいな感情を受けていたのは間違いじゃなかったわけだ。
でもそんなことより、大事なことがある。オレはイワシ君の励ましっぽいものを無視して、質問をぶつけることにした。
「なあ、イワシ君よ。その、ヒィラをかわいがってた連中ってのも一緒になってヒィラを仲間外れにしてんのか?」
「僕の励まし、無視です!? ええと、それは……まぁ、はい。そうですね。今賑わってるあそこ」
そう言うと、例の賑わっている遠征隊をイワシ君は顎で指した。
「あの遠征隊って、実はヒィラ嬢が呪いを受けて以来、はじめて結成された遠征隊なんです。これがどういうことか、わかります?」
わかんねえ。大人しく首を振り、オレは己の無知を素直に告白する。
「いいか、ヒラメ君よ。オレに物事を教える時は、三歳児に世間のルールを教えるつもりでやってくれ。この世界の常識は、なんにも知らねえんだ」
「自慢げに言うことじゃないですよ、それ……。まあいいです。つまりはですね。ヒィラ嬢が呪いを受けてから約三年、大規模な遠征隊が組まれることはなかったんです。それだけ稀な機会を棒に振ったことで、どれだけのマグが彼女に恨みを向けるかは何となく想像つくんじゃありませんか?」
言ってることは、わからなくもない。そういう気持ちが生まれることは、不愉快だが理解出来る。
「まあそんな理由で、ヒィラ嬢は寂しくマグを続けてたんです。まさか、派遣者さんが仲間に迎えることになるなんて、ほんと驚きですよねぇ……」
イワシ君はしみじみと、締めくくった。うーむ。もしかすると、この恨みを向けるマグの中にヤドカリ野郎が含まれてるのもしれねえな。
「あのよ、その恨んでるマグの中に……ん?」
疑問を口にしようとした時、オレの太ももがブルブルっと振動した。電話でもかかってきたかと思ったが、スマホはここでは使えない。と言うことは、例のメダルが揺れているんだろう。オレはスーツのポケットに手をつっこんで、メダルを握りしめる。
案の定、揺れているのはメダルだった。それを見て察したのか、イワシ君は壁に寄り掛かるのをやめて、オレを覗き込んだ。
「あ、査定が終わったみたいですね! じゃ、早く受け取り済ませちゃいましょう! それと、約束忘れないで下さいね!」
「はいはい、オレのカメを好きなだけもてあそぶといいよ」
「ももっ!?」
「まだそのノリ続けるんですか!?」
オレは不満げに視線を向けるモリィとイワシ君を無視して、カウンターに歩き始めた。
まったく。一日働いた報酬が得られるってのに、どうしてこんなに足が重いんだろうな。




