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嫌悪と憂鬱

 突然だが、オレには嫌いなものが三つあった。

 いや、三つだけってわけじゃない。実際はもっと沢山あるが、とりあえずすぐ挙げられる嫌いなものは、三つだった。映画館でうるさいカップルと、冷めた味噌汁を平気で出す定食屋。そして、仲間の落ち込んだ顔だ。何かの機会に嫌いなものを聞かれれば、こう答えるつもりでいた。


 で、何で過去形かと言えば。

 もし今、誰かに嫌いなものを聞かれればオレはきっとこう答えるからだ。ファンシーなクール美人と、ヤドカリ、そして今にも泣き出しそうな仲間の顔だ、と。特にヤドカリ野郎は現時点で一番嫌いだ、最上級だ。もし許されるなら、あいつをヤドカリたらしめている例のでかい巻貝みたいな防具を、段ボールか何かにでもすりかえてやりたい。それくらい、オレは怒っていた。


 あいつがすて台詞を残して去っていってから、ヒィラはめっきり口数が減ってしまった。時折何かを言いたげに振り返ってオレを見つめてくるが、その口元は堅く結ばれていて、悔しそうにも悲しそうにも、泣くのを堪えているようにも見える。


「今日も、うまいもん食おうな!」


 と話しかけても


「今日の稼ぎはどんなもんかね?」


 と訊ねてみても、ええ、だとかはい、だとか、一言くらいしか返事をしてくれない。せっかく今日は、二人と一匹で絆を強められたと思っていたのに。せっかく、仲間としてやっていこうとヒィラが考えてくれるようになったのに。くそ、あのヤドカリ野郎め。あのドリルみたいにおっ立てた自慢のヘアースタイル(推定)を、さび付いたバリカンで刈り取ってやりたい気分だ。さぞかしすっとするだろう。


 もう視界には協会が見えはじめている。出来れば納品の仕方なんかも教わろうと思っていたんだが、この調子だと今日は難しいだろう。それどころか、今日予定していた結成祝いだって開催が難しいかもしれまない。


「はぁ……」


 返す返す、あのヤドカリが恨めしい。ヒィラに気付かれないように、こっそりオレは溜息をつく。と、それに反応したように前を歩いているヒィラが振り返り、こちらを見た。


「あの、ウラシマさん」


 やばい。溜息が聞かれてしまっただろうか。オレは慌ててごまかしにかかる。


「い、いや、違うんだよヒィラ。今のはあれだ、恋に恋焦がれる気持ちがあふれて……」


 我ながらひどい言い訳だ。が、ヒィラは少し困ったような表情を浮かべて首をかしげ、気を取り直したように口を開いた。


「何の話でしょう? それより、今日の納品お願いしてもいいですか?」


 どうやら溜息が聞かれたわけではないようで、ほっとする。しかし納品頼むって、そんな簡単に出来るものなんだろうか。


「いいけどよ……やったことねえぜ?」


「窓口でやり方を教えてくれると思いますので。協会に二人で入ると、その……」


 ああ。あのヤドカリみたいなヤツがまた来るかもしれないって事か。まあ、やり方教えてもらえるなら、何とかなるだろう。これ以上ヒィラに嫌な思いをさせるわけにもいかないしな。


「いいぜ、やってくる。ヒィラは先にハルのところにでも行っててくれ。その荷物も、あとはオレが運んでおくからさ」


 ヒィラの発言をわざと遮って、さも何でもないことのようにオレは答える。実際のところビートルンの殻が四体分増えたら身動きが取れなくなる自信があるが、そんな事でヒィラに心配をかけても仕方ない。ヒィラを見送ってから悪戦苦闘することにしよう。


「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて」


「おう」


 ズシっと重そうな音を立てて、ヒィラは背負っていた荷物を地面に降ろす。あれをここから運ぶと思うと気が滅入るが、協会はもう目の前だしなんとかなるだろう。最悪、オレの腰の寿命と引き換えにしてでも――


 ――いや、そんな事より。


「ヒィラ」


 オレは現実から目を背け、ヒィラを呼び止める。


「戻ったら、結成祝いしような。ハルとメニューでも決めておいてくれ、とびっきりうまそうなやつ。仲間になって最初の宴会だから、いい思い出にしようぜ」


「……はいっ」


 ヒィラの目が潤み始めているのを見て、オレは慌てて目を逸らした。さ、それじゃもうひとふん張りしますか。


「じゃ、またあとでな、ヒィラ」


 ペコリと頭を下げると、今度こそヒィラはオレに背を向けて歩き出した。心なしか、さっきまでより足取りがしっかりしているように見えるのは、気のせいか、はたまたオレのうぬぼれだろうか。まあ、いい。


「さて……」


 目を逸らしていた現実(ずっしり重い殻四つ分)に向き合い、オレはもう一人の相棒に相談してみる事にした。


「モリィよ」


「も?」


 オレたち二人のやり取りを眺めていたモリィが、首をかしげてオレを見る。


「殻二つくらい、背中に乗らんもんかね?」


「もも!」


 任せろ、と言う様に、モリィは荷物を載せやすいようにオレに背を向けた。全く、頼りになる仲間ばかりでありがたいぜ。




 

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