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砂漠と厄日

 オレはとぼとぼ歩きながら、己に降りかかった不幸を一つ一つ思い返していた。本当に、厄日以外に表現のしようがない一日だ。まあ、そうなってしまったものはしょうがない。何かヒントはないかと、指折り朝からの出来事を思い返してみることにした。


 まず一つ目。この不幸な日は、目覚ましがなる前にかかってきた電話で始まった。

 電話の主は、探偵仕事を主に担当している古参の従業員の一人、岡山タナゴから。

 渋みのきいた……いや、ドスのきいた声で話すこのおじさんは、おっかないお兄さんも泣いて逃げ出しそうなコワモテでもある。元は別の探偵事務所でエースをしていた凄腕で、巡り堂でも探偵仕事はこのおじさんが対応する事が多い。

 ところが。中年男性の素行調査を担当していたはずのタナゴさんは、朝の電話では随分と弱々しかった。


「社長、すまねえ。先代に世話になった恩を返すまでは死なないつもりだったが、俺はここまでのようだ」


 寝起きでいきなりそう言われた時はなにがあったのかと驚いたが、詳しく聞いてみれば腰を痛め、動けなくなったらしい。仕事とはいえ、叩き起こされる方としては堪ったもんじゃない。


 そして、二つ目。

 ターゲットは電車を使って移動しているとタナゴさんは言っていた。

 正に会社員の通勤時間、真っ只中だ。おかげでオレは大嫌いな通勤時間に大嫌いな通勤ラッシュに紛れられるよう、大嫌いなスーツを着込んで、大急ぎで家を飛び出すことになった。

 人権とパーソナルスペースと人としての尊厳を全て無視したあの満員電車は、普段乗らないオレからすれば奴隷船にしか見えない。


 満員電車だけならいい。ここで、三つ目。

 どこぞで起こった事故の影響で電車は止まり、しばらく足止めを食らうことになった。

 そして、その後運転を再開してからが地獄だった。おしくらまんじゅうでもこうは激しくなるまいと思うほど激しい満員電車は、どこかの駅に止まるたびに更に満員になった。

 満員と一目みてわかるのに、なぜ社会人は「今乗らないと死ぬ」とばかりに体を押し込むのか、オレにはどうしてもわからない。そもそも、満員なのに躊躇なく乗るとはどういう了見だ。

 足の踏み場もない電車に乗り込もうとする企業戦士たちの気迫に、心底恐怖した朝だった。


 で。やっと缶詰から開放されたかと思えば、ここで四つ目がやってきた。

 ダイヤが乱れに乱れた満員電車からやっと開放され、ターゲットが下りる駅にたどり着いたまでは、よかった。満員電車から解き放たれた企業戦士達が次なる戦場を求めて一つの群れとなってオレを押し流し、オレはいつの間にかターゲットを見失い、フラフラと行方を捜しているうちに、今度は歩くのもままならないような豪雨に見舞われ、身動きが取れなくなった。


 とことんついてない。探して追おうにもに雨で身動きがとれず、結局駅の入口付近でうろうろとあちこちに電話をする事しか出来なかった。あれよあれよと不幸続きで、気付けば十時過ぎ。ターゲットがどこに向かうかはわかっているが、調査依頼を果たす為には出来るだけ目は離したくなかった。


 不幸はその後も、まだ続く。ほとほと困り果ててしまったのは、その先。

 オレはふと、スマートフォンの充電が切れそうになっていることに気付いた。手元で簡単に情報を手に入れられるスマホは、仕事をする上で欠かせないアイテムだ。間に合わせで充電器でも買おうとコンビニを目指していたオレは、偶然そこでターゲットを見つけた。


 今朝から視界の端で追っていたその中年は、歩道橋にいて。

 手提げバックを歩道橋において、安全柵を昇り始めたところだった。

 オレは店番をしているタニシと電話で相談しながら、細い安全柵越しにその光景をぼんやりと眺めていた。頭の中で「あのおっさん、何してんだ?」と言う疑問が「あ、飛び降りる気だ」と答えを導き出すまで。


 幸い、その痩せた男は高い安全柵を登るのにもたついていた。

 だから、オレが歩道橋を駆け上がりだせば間に合う、と思った。思ってしまった。ただおっさんの調査するだけの仕事なのに、何故命を助けなきゃと思ったのかは未だにわからない。


 ただ、気付けばオレは息を荒くして、ヤツが着ている背広ごとひっぱりおろしていた。仕事が失敗しただけなら、まあまだいい。まだ電話が繋がったまま放置していたスマホからタニシさんの怒鳴り声が聞こえる中、何故かそのおっさんは光り始め……


「あー、タニシさん? なんか亀田さんすげー光ってるんだけど、こんなの調査資料にあったっけ」


 と、怒鳴り声に耳を塞いで訊ねたのが、巡り堂にいれた最後の連絡と言う事になった。


 まずい。あんなわけのわからない連絡で消息が途絶えていたら、間違いなく怒られる。それに、心配もされてしまう。主に頭の。


 しかし、このどこだかわからない砂漠から巡り堂に戻ったとして、ターゲットの亀田さんを助けた後の説明にはもっと苦戦しそうだ。眩しくて閉じていた目を開くと、もうそこにおっさんの姿も、さっきまで目の前にあった安全柵も、まわりの車や人の賑わいも消えていた。これが、五つ目。右手を握りしめて、オレはため息をつく。

 

 ペットショップ。

 光が消えた先にあったその場所を表すのに一番近いのは、それだろう。

 ガラス張りの区分けされたショーケースにあるえさ皿、反対側に並んだ水槽。そして、通路の奥には少し大きめの鉄檻は、どれも生き物を中で生活させる為のものにしか見えなかった。どこかエレガントさ漂うおちついたパステルカラーの店内に、見知ったペットショップと違う点がいくつかあった。


 オレ以外に人影がないこと、ショーケースのほとんどが空になっている事、それにもう一つ……いや、一人。内観をぶちこわしにするような、クマを模したようなかわいらしいフードを被った女性が、そこにはいた。


 その人と目が合ったときから、オレは雰囲気に飲まれていたと思う。

 どちらかというと男と話している方が気が楽なオレにとって、もこもこのフードにもこもこの着ぐるみを着た女なんて苦手以外の何者でもない。はっきりいって、会話が成立するとは思えなかった。


 更に困った事にフードから覗くその顔は、どうみても整っていた。ファンシーな格好とは裏腹に、どこか冷たさを感じる醒めた切れ長の目に、小さくとがった鼻。そして、形の整った唇。落ち着いた頭で考えると、人形のような、とか作りものめいた、という表現がしっくりくる。


 そのエラい美人は


「いらっしゃいませ、選定者様。私、宗教法人幻獣委託販売員のカンナと申します。誠に申し訳ないのですが、ご覧の通り、現在品薄でご紹介出来る固体がほとんどいません」


 だの、


「現在ご案内出来るのは、辛し味噌を練り上げる兎に、綺麗な布を織る鶴。それと、運ぶ亀……ですね。どれになさいますか?」


 だのと言っていたが、手元の資料のようなものを差し出そうとしていた様子から察するに、あれはこれから始まる説明の前振りかなんかだったんだろうか。結局説明は聞けなかった。


 ”亀”というキーワードから、姿を消した亀田(ターゲット)のことを連想してしまったオレは


「亀田……どこいったんだ……」


 とこぼしてしまったからだ。

 もちろん、目の前で首をかしげている彼女に答えを期待した訳じゃない。考えたことをそのまま口走っただけだ。しかし、それをカンナと名乗った女性は違った意味で受け止めてしまったらしく、


「亀。亀が宜しいのですね」


 とオレに差し出そうとしていた資料らしきなにかをひっこめて、頷いた。


「ち、違う。そうじゃなくてな、助けた亀田が……」


 と、必死に否定をしようとはしたが、もうカンナはどこかへと歩き出していて、否定は届かず。

 次に現れた時には、”亀”を手に持っていた。


「こちらが、運ぶ亀です。お名前は選定者様がお付けになってください。今は幼い亀ですが、成長すれば必ず、助けになるはずです。では、良い旅路を。”世界の果て(・・・・・)”で、お待ちしております」


 オレは一方的にそう告げるデフォルメされたまるっこいクマ耳を見つめるうちに再び光に包まれ、気付けば砂漠の上にいた、と言うわけだ。




 ――思い出してみたはいいものの、やはり事態の理解には程遠い。亀が何だというのか。世界の果てを目指せと言われても、全く検討も付かない。


 悪い夢だったら、どれほど良かっただろう。しかし、はかない希望は捨てなければならない。

 現にオレはこうして、半ば強引に託された亀と共に見知らぬ砂漠を歩いているのだから。右手だけじゃ足りなくなって、オレは左手の親指を折る。これで、六つ目。そりゃあ心も折れるぜ。

第二話お読み頂き、ありがとうございました!

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