解体と荷馬車
一つ、わかったことがある。
ヒィラはわりとスパルタだった。ビートルンの解体を、全部一人でやらされるとは。情けないことに、ナイフを握っていた手はもう力がはいらない。ビートルンは殻以外はそこまで硬くなかったけど、さすがに野菜を切るようにはいかなかった。
そんなわけで、ヒィラにああでもないこうでもないと教えられながらやっているうちに陽はてっぺんを通りすぎ、少しずつ沈み始めていた。そういやメシも食ってない。
ふと、解体が終わったビートルンの山を見る。こいつらも食えるんだろうか。昨日のサソリと違って、脚は食うほどなさそうだけどな。ヒィラには内臓の切り分け方ばかり教わっていた気がするし、もしかしたらあまり食用には向いてないのかもしれない。
「よし、と」
空腹を感じつつ、最後の解体を終わらせてオレは立ち上がる。
長いことしゃがみこんで作業をしていたせいか、体のあちこちがギシギシに固まってるな。オレは傾き始めた太陽を仰ぎ見ながら、思いきり伸びをした。
ちなみに、解体教習を受けている間は一度もモンスターに襲われることはなかった。
ヒィラが言うには、エントランスのそばは基本的に安全地帯らしい。今回みたいに虫寄せを使えば別だが、モンスターはなぜかこの近辺には立ち寄らない。虫寄せでやってくる虫も弱い虫ばかりなので、マグの新人を教えるのに同じような方法が使われているそうだ。
だからと言うわけではないが、ヒィラは今、オレの様子を遠くから見ながら、モリィと進行を深めていた。握手のように握って遊んでいた(?)ヒィラは、解体が終わったことに気がついたのか、ヒレを手放してオレの方へと近寄ってくる。
ちなみに、近くにきて少し表情が曇ったのをオレは見逃さなかった。解体の出来を見てのことだろうか。だとしたら、なかなかに厳しい評価だな。
「お疲れさまでした、終わったみたいですね」
しかし、仕上がりについては触れられなかった。これは優しさだと思うことにしよう。
余計な話をすると、その優しさを踏みにじることになるかもしれない。そう思ったオレは、作業をしていて気付いた疑問をヒィラにぶつけてみることにした。
「なあ、こいつも昨日のヤツみたいに食えるのか?」
「ビートルンは……ウラシマさんには美味しそうに見えますか?」
「少なくとも食欲はわかねえな。食うところもあんまりなさそうだ」
でも、だとしたら、何のために慣れない解体をさせられたのかと聞きたくなる。あと、その理屈でいくなら未だにデカいサソリもうまそうには見えないぞ。
「一般的にはそうですね。食用にはあまり使われません。食べられなくはないけど、あまり美味しくもないですね。ただ、卵を抱えてる個体がたまにいて、それは珍味とされてます。あ、それと。地中から宝を咥えたり、飲み込んだりしているビートルンは、遭遇する事を当たりなんて呼ばれますね」
なるほど。だから、腹を切り分けさせられてたわけか。ってことは解体の出来で表情が曇ってたわけじゃないのかもしれない。しかし、当たりなんてのがあるのか。珍味はともかく、儲けがでかいのは魅力的だった。しかし、それはそうと。
「うまいメシ、実はこっそり楽しみにしてたんだがな……」
「もう……その日集まった素材や稼ぎを受け入れることは大事なことですよ。マグにとって一番の幸せは、無事に帰ることですから」
「それはわかるけどよ……ほら、お祝いは少しくらい豪勢にしたいじゃねえか」
ヒィラはオレの言葉に怪訝そうに首をかしげる。
「結成祝い。今日はオレらが正式に仲間になった日、ってことでいいんだろ?」
「あっ……そう、なりますね」
いかにも、今気付いたと言わんばかりの様子だ。
「ま。これから長く世話になるつもりだし、オレは無一文だから贅沢は言えねえけどよ。任せるぜ」
「ビートルンの殻がこれだけあれば、今日少し贅沢をしても探索資金は十分残るはずです。せっかくですから、ハルのところでまたお世話になりましょう」
おお。それは楽しみだ。しかし……
「どうしました? 早く協会に全部運んで、お祝いしましょう。みんなで」
手放しで喜んでもいられないんだよ。
なんせこのビートルン、スコルピオより小さいとは言え、殻が分厚くてずっしりと重いんだ。解体作業の時も、背と腹を入れ換えるだけでかなり消耗した。もしビートルン解体を仕事にしている人がいるなら、その人は腰痛持ちに違いない。
「いやさ、これを全部運ぶのかと思うと、な」
我ながら情けない話だとは思うが、正直なところ、強い日差しの中で慣れない作業をしていたせいでかなりぐったり来ている。それに、オレがヒィラとは比べ物にならないくらい非力なことは、昨日たっぷりと実感している。
ヒィラもそのことを思い出したのか、納得したように頷いた。
「ウラシマさん、体も鍛えないとですね」
と、ぼそりと聞こえた。何だろう、今すぐ泣き叫びながら砂漠の彼方へ走り去りたい気分だ。まあ、砂漠の彼方が目的地ではあるんだけれども。
「何で街にあんなに馬車があったのか、わかる気がするぜ。はぁ」
必死にショックを隠して平静を装いたかったが、ハードな荷運びへの憂鬱は隠し切れなかった。自然とため息がこぼれる。
「安い馬車でも、二人なら数日分の稼ぎを全部つぎ込まないと買えませんよ。あ、荷を引くためには人を雇うか、それ用の家畜を買わないといけませんからね」
「まじかよ……楽したきゃまずは稼げってことか。魔法でビューン! っていけないのか?」
悪あがきだとは思うが、ファンタジーならそういう人知を超えた偉大な何かがあってもいいとんじゃないだろうか。オレは一縷の望みを掛けてヒィラに尋ねてみた。しかし、
「どこの大魔導士を雇うつもりですか。それに、そんな事に力を割く魔法使いは普通、いないと思いますよ」
と、あきれたように言われてしまった。
ビューンと行けないのは残念だが、口ぶちから察するに魔法自体は割と身近のような印象を受けるな。そういやルカがイメージを見せてくれたあれも魔法なんだろうか。今度聞いてみよう。いやいや、そんなことより。
「やれやれ。やっぱり、頑張るしかねえか。馬車買うまで大変だなあ。どれ……」
ファンタジー性あふれる世界で、夢も希望もない肉体労働を強いられるとはな。受け入れがたいが、受け入れるしかなさそうだ。オレはとぼとぼと解体済みビートルンに歩き始める。
しかし、それを遮るものがいた。オレの前にさっと立ちふさがったそいつは、言った。
「もも!」
救いの神ならぬ、どや顔の亀だった。だから、立ちふさがったというのはオレの誇張だ。オレはモリィをまたいで、通り過ぎた。




