説得と信頼
恐らくヒィラは、ここまで話せばオレが勧誘を取り下げると思っていたんだろう。
彼女の口ぶりからして、これまで何度か他のマグの勧誘を受け、実際にパーティに入ったこともあったのかもしれない。さっきオレに説明してくれた呪いの影響のうちのいくつかは、実際に仲間が去っていく時に口にした言葉もあったと、オレは思う。
だからか、さっき隣に座って話をしていたヒィラの横顔は、とても辛そうだった。
そして今も、ヒィラは差し出した手を握ろうとせず、ただ困ったような表情を浮かべてオレを見ている。
「どうしてですか?」
やっと口を開いたと思えば、こうして疑問を浮かべる有様だ。ヒィラは前言をあっさり翻すようなヤツじゃないと思う。”呪いを受け入れる”という条件を満たしてもまだ、仲間になることにためらっているのは、多分ヒィラ自身がオレの仲間になることを納得していないからじゃないだろうか。
自分に自信を失っているんだろう。オレにも、身に覚えがないでもない。
オレが父親の会社を継いでほしいと言われた時も、随分拒んだもんだ。今では恐ろしい顔でオレをしかりつけるだけの従業員達も、あの時ばかりは、優しくオレを励ましてくれた。だったら、オレも同じようにヒィラを迎え入れてやりたい。
「お前以外いない。オレは改めて今、そう思ってる」
だから、オレは素直に気持ちを伝える事にする。小細工なんて、今のヒィラにはきっとマイナスにしか働かない。
「その理由を、聞かせて欲しいんです」
ヒィラは畳み掛けるように、そう言ってきた。少しイラついているようにも見える。でも、これは悪い傾向じゃない。発言から察するに、ちゃんとオレの気持ちを知ろうとしてくれているんだろう。
「まあ、色々理由はあるんだけどよ。ついさっき、すごく大事な理由が一個増えた」
続きを促すように、ヒィラはオレの目をじっと見返してきた。
「探索ってさ、長い旅になるんだろ。だったら、一緒にいて楽しいやつがいいに決まってる。ヒィラの腕っ節ももちろん魅力的だとは思うけどよ、何て言うか気遣いとか優しさが、オレは気に入ってるんだ。それに、武器が無くなったら自分だってあぶねえのに見知らぬ男を助けに駆けつけちまう、お人良しな所もな」
「で、でも。それだけの為に私を仲間にしても……。もっと効率的に世界の果てを目指す事だって出来るんですよ?」
「目指すことは、出来るだろうな。でもそれだけだ。ルカに協会で聞いたよ、世界の果てに辿り着いた派遣者は一人もいないって。オレは、意地でも辿り尽きてえんだ。派遣者と幻獣の力だけを目的に集まってくる仲間はいらねえ。ヒィラだって、そういう奴に心当たりがないわけじゃねえだろ?」
きっと、過去にヒィラを仲間に誘った奴らの中にはそういう奴もいただろう。オレが誰かに見せられた過去の派遣者の死に際のイメージでも、裏切りにあったとしか思えないような凄惨な顔つきの男がいた気がする。
「それは、そうですけど……でも、私じゃ足をひっぱるだけになってしまうかもしれません」
「オレは戦えそうにねえし、モリィも戦えそうにねえ。足手まといになる。足をひっぱるってんなら、みんな一緒じゃねえか。逆にさ、足並みが揃いそうだと思わねえか?」
「そんな無茶苦茶な!」
「無茶でも、オレは確実に帰らなきゃならねえ。だから、慌ててドジ踏むなんてごめんなんだ。ヒィラの武器の事はわかった。どれだけマズいかも理解した。でも、ヒィラみたいに信用出来る仲間は絶対にいる。だからさ、一緒に旅出来る解決策を考えていこうぜ。足ひっぱりあって、のそのそ少しずつ、世界の果てに近づいていこうぜ。仲間ってそういうもんだろ」
人は求められれば変わる、その形に合わせようとする。
オレもそうだった、仲間に必要としてもらえたおかげで、自分が求められる人間でいようと努力できるようになった。だからきっと、ヒィラと助けあって行こうと思えば、理想の形が見えてくるはずだ。
「まあ、ご存知の通りオレは一文無しだからな。まずは探索の事を色々覚えて、装備を揃えて。金貯めて、ゆくゆくはヒィラ専用の馬車でも買う、ってのはどうだ? いや、武器屋でも連れて歩くのもいいかもな」
「そこまでお金貯めるのに、何年かかると思ってるんですか……」
「何年もかける、ってのはまずいなあ……出来るだけ急ぎたい」
うちの従業員達は年寄りが多いからな。あんまりのんびりしてる訳にはいかない。アサリさん達が元気な顔を見せて、たっぷり怒られて、早く一人前になった所を見せてやらねえとな。
「ウラシマさんって、頼りにしていいのか危なっかしいのか、わからない時ありますよね」
何故かヒィラは呆れたように溜息をつく。
「それ、よく言われるんだよなぁ。まあその辺りは、今後に期待ってことで一つ」
「……期待、してます。その、これからに」
「と、言うと?」
「約束ですからね。それにウラシマさん頑固だし、一緒に行くっていうまでずっと説得されそうです」
おお。これは。
これは説得に成功したのか? 思わず両手を握り締めてガッツポーズを取る。
「じゃあ、仲間になってくれるんだな!?」
「はい。呪い持ちをこんなに欲しがるなんて、本当に変わってますね。ウラシマさん、これからよろしくお願いします」
ヒィラが微笑みながら、握り締めて振り上げたオレの手を取り、握った。
「でも本当に、私を仲間にするとお金かかりますよ。あとでお金についても説明しますけど、多分思っているよりずっと、金策するのは大変ですからね」
ヒィラが、手を握りながらプレッシャーをかけてくる。
言葉の圧力だけでなく、手も心なしか強く握られているようだ。ちょっと痛い。
「わ、わすれたか? オレにはモリィがいる。未だに能力がよくわからねえけど、こいつ”運ぶ亀”って呼ばれてたんだよ。今日も荷物持ちしてくれたし、オレとヒィラを運んでもらおうじゃねえか、世界の果てまでさ。な、モリィ!」
「も!!」
オレたちの会話の成り行きを見守っていたモリィが、任せろ! と言わんばかりにヒレをぴこっと振り上げた。頼りになるんだか、ならないんだかよくわからないヤツだ。
「そうですね。さて、それじゃあ、ウラシマさん」
「ん?」
「マグとして、素材収集は基本です。ビートルンの解体から覚えましょうね」
ヒィラがモリィの背からよく切れそうなナイフを取り出し、オレへと手渡す。解体って、あの転がってる死骸をどうにかするわけだよな……。すごく気が進まない。現代っ子がそんなスキル持ち合わせてると思うなよ。
まあ、そうも言っていられないか。まずは資金を稼がないといけないしな。
オレは諦めてナイフを受け取り、溜息をついた。




