告白と勧誘
薬の効き目がきれてきたのか、五匹のビートルンが倒れるともうおかわりは出てこないようだった。
切り裂かれたカタそうな体が、ピクピク動いているのが目の端に入る。さっきまで動いてたモンスターの死骸が沢山転がってるってのに、思ったより平気なもんだな。あまりにも現実離れした世界に突然連れてこられて、オレの中の現実感ってヤツは随分カルチャーショックを受けているようだ。
呪いの正体についても、聞いてもそこまで驚きがなかった。何というか、呪いなんて言われて散々脅されてたからもっとすさまじい呪いが掛かっているのかと思ってたんだけど。
「よしわかった。じゃあ、約束通りオレと組んでくれ!」
何のためらいもなく、オレはヒィラに伝える。実際、ヒィラの傍にいて怖い思いなんてしなかったし、戦いぶりも”慣れてます”って感じで、心強さが増したくらいだ。
「……」
しかしヒィラの表情は、相変わらず晴れない。いや、むしろ曇ってると言っていい。唇をキツく噛みしめる様子は泣くのをこらえているようにも――
「お、おい。何で泣くんだよ」
気付けばヒィラの大きな瞳はうるみはじめている。マジで泣くのこらえてたのかよ……。
「……も」
モリィが責めるような、じとっとした目を向けてくる。お前が泣かせた、とでも言いたげだ。
「ご、ごめんなさ、い。少しだけ、あっちを向いててくれますか」
ヒィラは目元からこぼれた涙をぬぐうと顔を伏せ、そう言う。オレは黙って頷き、背を向けるとその場から離れるために歩きはじめた。うーん。うれし泣きって感じじゃなかったな。オレは何か言っちゃいけない事をいったんだろうか。
待つ事、五分ほどだろうか。
「もも……ももも……」
ヒィラが何で泣き出してしまったのか、考えれば考えるほどわからなくなる。オレが落ち着かない気持ちでモリィのつやつやの肌をつっついて時間を潰していると、後ろから砂を踏みしめる音と金属の擦れる音が聞こえた。
ぼんやりとした気持ちでゆっくり振り返ってみると、後ろには目を赤くしたヒィラがいた。
「お待たせ、しました」
「……おう。もう、いいのか?」
ヒィラはオレの隣に立つとそのまま腰を下ろし、頷く。
「はい。取り乱してごめんなさい少し、説明をしてもいいでしょうか?」
「何か傷つけるようなことを言ったなら、ごめんな。わからねえことばっかりで迷惑かけるけど、事情を聞かせてもらえるか?」
「……今まで、ウラシマさんみたいに言ってくれた人は何人かいたんです。でも、みんな最後には去っていきました」
何でだ。一度は受け入れるってことは、ヒィラの呪いはやっぱり大したもんじゃねえと思われるんじゃねえのか。どうにも、話が要点を得ない。
「何で、って顔してますね。確かに私は戦いになればそこそこ腕には自信があります。見ての通り、戦いになれば遅れを取ることもないでしょう」
「ああ、昨日も今日も、しっかり頼りになるところを見た。剣を持たせりゃ無敵って感じだったぜ」
掛け値なしの本心だった。ヒィラが戦っているのを見て、オレは二度も見慣れぬ敵に襲われる恐怖を忘れた。オレはどちらかと言えばヒィラを人間として信じているつもりだけど、戦いになった時の頼れる姿だって、もちろん仲間として魅力に感じている。
「それが、問題なんです」
しかしヒィラはまた辛そうな顔を浮かべる。
「見ての通り、私は探索に出る時は何本も武器を持って身を守っています。でも、戦いに支障のない本数はせいぜい数本……モンスターの群れに出会うか、半日も砂漠を探索すれば、使える武器はなくなってしまうんです」
「で、でもよ。ヒィラはその辺のマグよりずっと強いんだろ? ヒィラの武器代わりに持って貰うとか……そ、そうだ! 馬車みたいなのあっただろ、あれに武器をどっさり――」
しかし最後まで言う前に、ヒィラは首を振ってオレの提案を否定すると、諦めの悪いオレに噛み含めるように説明を始めた。
「砂漠の探索は長期戦です。パーティは長い時は数か月、砂漠をさまようんですよ。荷物を持ってもらったとしても私は数日で役立たずになるでしょう。それに、馬車は本来、大型のモンスターを狩りに行く時や砂漠の奥まで入るようなパーティが使う、高価なものです。私の武器で馬車を独占してしまうくらいなら、別のマグを雇うでしょう」
そこまで話すとヒィラは腰を上げ、服についた砂を払いながら、オレを向いて言った。
「そもそも、武器代がすごいですよ、私。一人で暮らす分にはなんとでもなりますけど、世界の果てを目指すウラシマさんの仲間にはなれないと思います。それでも、仲間にしたいと思ってくれるんですか?」
オレは、勢いよく立ち上がってヒィラに詰め寄る。
「当たり前だ! 約束通り呪いがどんなもんか、見て、知った。それでも、オレはお前と組みたい!」
楽観視していたことは認めるが、ヒィラを手放すなんてやっぱり考えらない。オレはしっかりと力を込めて、ヒィラを見つめ、まっすぐに手を差し伸べた。




