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甲虫と剣姫

 ヒィラは剣を斜めに構え、警戒するように周囲を見渡して言った。今彼女が手にしているのは、鉈とサーベルの間のような長さの剣だ。カットラスという片手剣に似ている。


「簡単に説明しておきますね。砂漠には様々なモンスターがいます。獣のような姿のものや、アンデットと呼ばれる動く死体達。そして、虫。どっさり虫寄せをまいたので、虫型のモンスターがすぐにやってくるでしょう」


 なるほど。多分、ヒィラが説明を今はじめたってことは効き目が出るまで少し時間がかかるんだろう。

 それにしても、わざわざあのスコルピオとか言う大サソリみたいなのを呼び寄せるなんて、本来ならぜひとも遠慮したい発想だ。だが、ヒィラのしたいようにやってもらうのが一番だろう。だからオレは頷いて、続きを促す。


「……随分、落ち着いてますね。昨日あんな目にあったのに、怖くないんですか?」


 やりたいようにやらせたらやらせたで、ヒィラに納得いかなそうな顔をされた。

 やれやれ、まだ伝わってねえのか。あれだけ何度も言ってるのに、中々理解されないもんだな。思わず溜息が口からこぼれる。そして、また同じ言葉をオレは口にする。


「信じる、って言ってるだろ。おっかねえとは思うけど、ヒィラの戦いぶりは昨日も見てる。何か考えあってのことなんだろうし、ぎゃあぎゃあ騒いだりしねえぜ。後ろに隠れてるしかねえのが情けねえけどな」


「そう、ですか……でも今日はこれ、ちゃんとふりかけておいて下さいね。虫除けをつけていれば少しの間、虫に襲われませんから」


 そう言うとヒィラは、見覚えのある毒色の瓶を取り出す。どうでもいいが、こんな色の薬ばっかり売ってる市場を想像するとゲンナリするな……。買い物が楽しくなくなりそうだ。まあ、そんな事は今はいいや。とりあえず、今日は大人しく言う事を聞いておこう。


「わかった。じゃあ改めて、今日はよろしく、お願いします」


 荷物の中から瓶を取り出しながら、オレはヒィラに頭を下げる。


「はい、こちらこそ。襲われる事はないと思いますが下がっていて下さいね。っ! ……来ました」


 ヒィラの目つきが、鋭くなった。オレの目には相変わらず一面の砂原しか見えないが、どうやらモンスターのお出ましのようだ。


「もも! もも!」


 モリィが注意を促すように、鳴き声をあげる。こいつにも、何かが来たのがわかるんだろうか。それとも適当に騒いでるだけなのか。何となく、オレを守ろうとしているように見えなくもない。ナマイキな。それにしても、どこから――


「おおっ!?」


 足元が、揺れている。

 次第に強くなってきているらしい。


「これなら、ちょうどいいかもしれませんね。危険にあわせなくてすみそうです、少し離れていて下さい」


 離れろって言われても、オレに安全そうな所なんてわからねえぞ……。

 ここはまだ街からさほど離れてないせいか、割と高低差もないし、昨日みたいに小高い丘から見下ろすってわけにもいかなそうだ。しかし、どうしたもんかとオレがまごまごとその場で戸惑っているうちに、地面からもぞもぞと這い出てくる虫の姿が見えはじめた。


「カブトムシの雌みたいだな……いや、コガネムシか?」


 見覚えのある姿に、思わずぼそりと見知った虫の名前をあげてみる。

 どんくさそうな丸っこいフォルムは、子供の頃、田舎でよく遊び相手になってもらった昆虫達によく似てた。といっても、姿が似ているというだけで、サイズと色は知ってるそれとは全然違う。


 意外にも、というべきかやっぱり、と言うべきか、砂の中から次々出てくる虫達はどれもこれも、子型犬くらいの大きさをしていた。昨日のサソリほど大きくはないが、同じ色味……青い外殻を持ったでかいコガネムシがぽこぽこと地中から出てくる様子は、悪い冗談としか思えない。

 

「っと、そうだ。虫除け使えって言われたな」


 ヒィラのそば、虫寄せをまいたあたりに姿を見せた大コガネムシは、三匹。もそもそと地面をまさぐるコガネムシに目を奪われつつ、オレはとりあえず瓶の中身を頭からぱぱっとふりかけ、ついでにモリィにもふりかける。


「も? もも、もも!」


 粉が目に入ったのか、モリィは顔をこすって騒いでいる。まあなんだ、ごめんな。

 

「ウラシマさん」


 ヒィラが、それを待っていたかのように声をかけてきた。


「このモンスターは、ビートルン。昨日のスコルピオほど危険ではありませんが、ビートルンも攻撃性が高く、群れに囲まれると危険です。鋭い鉤爪かぎづめと、硬くて重い体に注意してください」


 と、随分落ち着いて説明してくれるが、オレはそれよりヒィラの手先に目を奪われていた。

 ヒュン、ヒュン、という風切り音とともに、”硬い”らしいビートルンが、ヒィラの剣にその命を奪われていくからだ。ぱっくり割れた殻からは体のナカミが覗いているが、確かに外側の殻は分厚い。それなのに、あっという間に姿を見せたビートルンたちはその場で切り裂かれてしまっていた。


「動きが鈍く、手足はそこまで硬くありません。倒すなら手足をもいでから、殻の隙間を指すのが一般的ですね」


 と、自分の行動は棚にあげて続きを語る。それにしても、なんというかエグい倒し方をさらりと口にするもんだな。しかし、これで何が危険だって言うんだ?


「た、倒し方は覚えとくよ。で、呪いっていうのは?」


「もう少し、見ていてください。まだ虫寄せの効き目があるはずです」


 ヒィラの言葉を裏付けるように、また地面からつや消しブルーのビートルンが、二匹ほど這い出てくる。ヒィラがそのうちの一匹に剣を振り下ろした。しかし、剣はビートルンを切り裂く所か、硬い音を立てて弾かれた。


「……やっぱり、もうこれもダメですね」


 諦めたかのように、ヒィラはそう呟いた。

 そして片手剣をビートルンに上から思い切り突き刺して手放すと、反対側の腰の剣に手を伸ばして引き抜き、もう一匹を切り裂く。今度は、先端の丸い少し変わった両刃の剣だ。


 しかし、剣がすぐダメになっちまうなんて、ビートルンってのはかなり硬いんだな。


「もう少し、薬の効果があると思います。そろそろ、気付きましたか?」


「ん? ヒィラの強さにか? とっくに知ってるって」


「……ダメみたいですね。もう少し、続けます」


 ヒィラがそういうと、ちょうど出番を待っていたかのように、五匹ほどのビートルンが姿を現した。ヒィラは無言で飛び上がり、ちょうど横並びになっていた三匹のビートルンを一直線に切り伏せる。そして、返す刃ですぐそばにいた一匹を斜めに切り上げ、更にくるりと体を回転させ、残りの一匹に剣を振り下ろし――また、剣が弾かれた。


 ヒィラは素早く体勢を立て直すと、弾かれた剣を構え直す。

 そして、ビートルンの懐に深く剣をもぐりこませると、右側の三本の足をそのまま切り飛ばした。体勢を崩したビートルンはその場でもがくが、頭部の口らしいところから剣を差し込まれるとビクビクと痙攣しながら、力尽きた。



「もう、わかったんじゃありませんか?」


「一つ聞きたいんだけどよ」


 オレは疑問を無視して、疑問で返す。ヒィラは嫌な顔もせず、頷いた。


「砂漠の果てを目指すマグが使う武器ってのは、モンスター数匹を切るだけでダメになっちまうようなナマクラばっかりなのか?」


 ヒィラはオレの質問を、首を振ることで否定する。


「私が使っているのは安物ではありますが、昔はもっと長持ちさせられました。やっぱり気付いたみたいですね……」


「ああ。そういう戦い方をするもんだと思ってたんだが、違ったんだな」


「はい。どんな名工が作った素晴らしい剣でも、私が使えばすぐ切れ味が落ちて使えなくなってしまいます。研いでも打ち直しても、もう使えません。武器を殺してしまうんです」


 そういうと、ヒィラは持っていた剣をオレに差し出して見せる。まだ一匹しか切ってない剣だというのに、素人のオレが見ても分かるくらいに傷んでいるのがわかった。

 なるほど。だから、あんなに沢山武器持ち歩いて、次々使い捨ててる訳か。


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