誘いと名前
テーブルの向こうで、ヒィラの大きな目が更に大きく見開かれた。今まで一言もしゃべらなかったオヤジまで声を上げたってことは、そんなにオレの発言は予想外なのか?
と言うかあの二人にも会話、聞こえてたんだな。まあいいけど。
オレの気持ちは、もう決まっていた。だからどんなに驚かれようと、この提案を取り下げるつもりはない。呪い持ちが何かは、未だにオレはわからないままだ。でもヒィラの強さと優しさはこの目でしっかり見た。だから困ったような表情を浮かべるヒィラから視線をそらさず、見つめ返して返事を待つ。
「……ウラシマさん」
「ほいほい、何でしょう」
変に深刻になって欲しくなくて、わざとふざけて返事を返す。どの道、返事はイエスしか聞く気がない。
「私が呪い持ちだって、多分どこかで聞きましたよね」
「まあ、聞いたな」
そんなの構いませんよ、と見せ付けるために、わざと頬杖をついてから答える。
こんな質問してくるなんて、やっぱり呪い持ちだという事はこの辺りじゃ知れ渡ってるんだろう。ふと、三ヶ月前社長になった時の事を思い出す。あの時、センパイ従業員達は思い思いにオレを励ましてくれたが、同じように深刻になりすぎないようにしてくれたっけ。
「呪い持ちと冒険なんて危険です、組みたがるマグはいません。派遣者に声をかけてもらえるのは光栄ですが、砂漠でたった二人で旅するなんて……」
「危険? ヒィラは命の恩人じゃねえか。一人で砂漠に出て、見知らぬ男を一人でさっくり助けられるくらい腕が立つところ、見たぜ? それに本当にオレが重宝される存在なら、呪いってのがあっても何とかなるんじゃねえか?」
「そんな……フォースやフィフスのマグだって、きっとウラシマさんを欲しがります。私なんかが……」
なんだよそのフォーだのフィーだの言う奴らは。まあいい、後で聞こう。
「ヒィラさ、オレが派遣者だって知らないのに助けてくれただろ。しかもあんな沢山のサソリの群に、たった一人で飛び込んで、だ」
「助けられるなら駆けつけるのが普通です。私はただ、出来ることを」
「そう。助けられると思ったから来てくれたんだろ。あの数相手に出来るヤツはそうはいない、って協会で別のマグから聞いたぜ。で、恩着せがましくもしない。こうしてメシまで食わせてくれてる。そんなヤツだから、オレはヒィラと組みたい」
ヒィラの言葉を遮って、オレは一気にまくし立てる。自分で言っていて、ますますヒィラ以外に頼る相手がいないように思えてくる。
「……明日、一緒に砂漠に行きましょう」
ヒィラはそう、ぽつりとこぼし、顔を引き締めた。
「エントランスの近くならそう危険はありませんから。そこで説明した方が、わかってもらえると思います。それでももし、私とパーティを組んでくれるというなら喜んで」
一気にそこまで言い切き、ヒィラはまた小さく「多分そんなことにはならないと思います」と呟いた。舐めてもらっちゃ困る。オレはそんなに簡単に前言を撤回したりしない。だからまあ、この返事はOKをもらったようなもんだな。
「よし、決まりだな! よろしく、相棒!」
「もも!」
今まで大人しくしてた亀まで、前ヒレをもちあげてヒィラに挨拶してやがる。こいつはこいつで、オレの相棒みたいなもんなんだろうか。そうだ、大事な事を忘れてた。
「あのさ、ヒィラ。早速で悪いんだけど、一つ頼んでもいいか?」
「はい。なんでしょう」
オレは床から亀を抱き上げ、ヒィラに差し出して言った。
「こいつに名前、付けてやってくれねえか? オレが考えた”ぶっちぎり丸”は嫌らしいからよ」
せっかくだから亀の名付け親になってもらおう。抱き上げられたまま両ヒレをパタパタ嬉しそうに動かしている所を見ると、当の亀も乗り気らしい。
「ぶっちぎり? よくわかりませんが、名前付ければいいんですね。ちょっと、いいですか?」
ヒィラが手を差し出したので、オレは意図を汲み取って亀を抱かせてやる。
「すごく、綺麗な目。それに、賢そうな顔。幻獣は言葉がわかるって聞いたんですけど、本当なんですね」
亀をくるくると持ち上げたりひっくり返したりして、楽しんでいるらしい。そうか、見た目でつけるのもいいな。星型の甲羅だからスーパースター号なんてのもアリか? ヒィラの名前を亀が気に入らないようだったら提案してみよう。
「黒い目……黒水晶みたい。モリオン……モリィ! モリィはどうですか?」
「もー! も!」
おー、それだ! とばかりに、亀がヒレでびしっとヒィラを指す。え。うそ。決まり?
「あなたは今日からモリィですね! いいですか? ウラシマさん」
亀……モリィに頬ずりするヒィラが嬉しそうで、オレは黙って頷く。せっかく考えたスーパースター号は、日の目を見る事はなさそうだ。センスあふれる名前だと思ったんだけどな……。
「おい」
喜ぶモリィとヒィラを尻目にそっと悲しんでいると、キッチンからオヤジが声をかけてきた。仏頂面なのに、何となく笑いたいのを堪えているように見えるのが不思議だ。
「ヒィラは、いい娘だぞ」
それだけ言うと、オヤジは背中を向け、大鍋をかき混ぜたり何かを切ったりしはじめた。
続くセリフはないらしい。いいヤツなのはわかってるが、だから何だってんだ。誰か説明してくれよ。
「あははー。父さん、ヒィラのこと大好きなの。仲良くしてやってくれ、って言いたいらしいよ」
ハルがニヤニヤ笑いながら、そう補足してくれた。なるほど。ツンデレ頑固オヤジなんだな。通訳してくれて助かる。まさかそんな意味だとは思いもしなかった。
そう言えば、この二人はヒィラと親しい様子だ。呪いのことも知ってるだろうに、気にならないんだろうか。
「おにーさんさ」
ハルが少しまじめな顔で、こちらを見ていた。
「派遣者って聞こえたけど、おにーさんがそうなの?」
「そうらしいな」
「……じゃこっち来たばっかり? 宿とか決めてるの?」
あ。言われてみれば、もう外は暗い。寝る場所の事なんて考えてもいなかった。
「宿、か。すっかり忘れてたぜ。泊まろうにもオレ、金ねえぜ」
「そうでしたね。一応協会に言えば手配してくれると思いますけど……」
ヒィラが亀を太ももに乗せて撫でながら、教えてくれる。なら、何とかなるか。
「ならさ」
ハルはさも”いい事をひらめいた”といわんばかりに、指をオレに突き立てて言った。
「なら、うちに泊まってけば? ね、お父さん」
奥でオヤジがむっつりと、頷いた。




