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親子と脚

 テーブルが四つに、カウンターに椅子が六つ。

 ヒィラに連れられて入った店は、外で見たこじんまりとした感じそのままの、一目で見渡せる小さな店だった。元の世界でも見るカウンターキッチンを挟んで、赤い髪のおじさんと若い女がのんびり話している。どうやらヒマらしい。


「あら。ヒィラじゃない、今日はお仕事終わり? 無事で何よりね」


 声をかけてきたのは、ヒィラと同じ年頃の腰に前掛けを巻いた女の方だった。木製の盆を小脇に抱えたその女性は、にこにこ笑うその様子は見るからに人懐っこくて、ショートカットも相まって愛嬌がある。


 ヒィラもヒィラで、見知った様子で


「こんばんは、ハル。持ち込みなんだけど、お願い出来ますか?」


 等と言いながら、店員らしいその娘に包みを手渡している。どうやらヒィラとは顔なじみらしい。


「わぁ、立派な脚ねえ! いいわよ、そこで座って待っててね。お父さーん、ヒィラが来たわよー!」


 ヒィラが渡した包みを少し開くと、ハルと呼ばれた女は嬉しそうにカウンターをくぐって奥の厨房に入っていった。

 声をかけられた男の方は、返事もせずに黙って頷く。どうやら親子らしい。よく見てみれば、二人とも気の強そうな勝気そうな目がそっくりだ。


 それにしても、店の外は見るからに賑わってたのに、オレら以外に客らしい姿が見えないのが気になる。本当にここの料理に期待していいんだろうか。一抹の不安が脳裏をよぎる。しかし、ヒィラはオレの心配をよそに、カウンターから一番近いテーブルに腰掛け、


「おじさん、いつものアレお願い出来ますか?」


 などと言っている。ヒィラの話じゃ味に期待出来るらしいが、サソリの脚なんて初めてだ。いつものから何の想像も出来ない。と言うか、あのおっさん、さっきまでしゃべってたはずなのに一言もしゃべらねえ。ただ頷いてるだけだ。不安はどんどん積み重なっていく。


「どうしたんです? 難しい顔して」


 ヒィラが不思議そうな顔でオレを見ている。”味が心配だ”とも”暇そうな店だ”とも、カウンターが近いこの席じゃ言いにくい。


「……ああ、いやな。ルカから教えてもらったことで、まあちょっと」


「不安、ですか。私も話には聞いてましたけど、派遣者に会うのはこれが初めてです。元いた世界と違う場所に、って言うのは想像も出来ません」


「オレだって、狼男やら巨人やらが街中歩いてる世界でのんきにメシなんて想像もしなかったぜ。まあ、何もわからねえで放り出された訳だから、状況は大分マシになった気はするけどな」


「光栄に思いますよ、案内出来て。それに、可愛らしい幻獣さんにもお会い出来ました」


 そう言うとヒィラは、テーブルの脇に伏せている亀を見てにっこり笑う。かわいいのは認めるが、この亀は亀で悩みの種なんだよな。


「こいつが何なのかも、まだよくわかんねえんだ。まあ、おいおい調べてみるよ」


 肩肘を突きながら足元の星型の甲羅を眺め、オレは溜息をついた。




「お話中にごめんなさい、テーブル空けてくれる? はい、お待ちどうさま」


 どうやら料理が出来たらしい。ハルがカウンターから大皿を受け取り、そのまま机の上にドスンと乗せた。オレは皿の上に載っているものをみて、思わず目を見張る。


「おいおい……これさっきの脚か?」


 大皿にどっかり盛り付けられた料理は、さっきまでオレを追いかけてた憎さも忘れそうなほどうまそうな匂いを立ち上らせていた。毒々しかった青い殻は今ではほんのり赤く染まり、食いやすいように入れてくれた殻の割れ目からは、旨みの詰まった白い身が顔を覗かせていた。これじゃまるで――。


「カニじゃねえか」


 だいぶ大振りだが、見た目も色も、カニらしさがふんだんに現れていた。途端に、腹がなる。どうやら音がでかかったようで、ヒィラとハルが顔を見合わせて笑いだした。


「最初に見た方は大体驚くんですよ、この色。どの色のスコルピオも、茹でると綺麗に赤くなるんです」


 ヒィラは皿に盛られた脚を一本取り、手でその殻を剥いて見せた。ますます、カニだ。殻に隠れていた白い身はぷりぷりしてて、思わずよだれがあふれる。


「塩茹でしてもらっているのでこのまま食べても美味しいんですけど、この店で食べるなら……」


 と意味ありげに、ヒィラはハルに目配せをする。ハルはにこやかに頷くと、カウンターまで戻って小皿としょうゆ差しみたいな小瓶を持って戻ってきた。


「ちょっと辛いですけど、これがオススメです。さ、食べましょ?」


 オレは、口からあふれんばかりのよだれを飲み下して、まずはタレをつけずに口いっぱいに、ぷりぷりの白い身を頬張った。砂漠でいつまでもオレを追ってきたあの脚は、予想したよりずっと柔らかくてうまみにあふれていた。塩加減もちょうどいい。砂漠の生き物だから当然と言えば当然だが磯臭さもない。


「うまい……」


 期待以上の味に、すぐさまもう一本脚を掴む。今度は小皿のタレをつけるのを忘れなかった。鼻先をくすぐるスパイスの香りがたまらない。


「おお……コレはいけるな、何本でも食えそうだ!」


 オススメするだけあって、甘辛いタレは食欲をそそる味だった。食えば食うほど、もっと欲しくなる。ヒィラが殻をむいて渡してくれるのをいい事に、オレは次々と脚を手に取ってはむしゃぶりついていった。




「……すまねえ」


 気付けば大皿のほとんどを、オレが平らげていた。ヒィラがどんどん手渡してくれるものだから、調子に乗って食いすぎた。


「いえ、気に入ってもらえてよかったです」


 ヒィラはニコニコしながら首を振る。目の前の食い物をほとんど食えてないっていうのに、そこには一切、オレをとがめる様子も見えなければ、呆れてもいない。本当に、気のいいヤツだ。

 不思議と、その様子を見てオレはある決心をしていた。だからオレは、決心をそのまま口にすることにした。


「あのよ。ヒィラ」


「はい? お代わりですか?」


 そんなに食い足りなそうな顔をしてるのか、オレは。まあいい。首をふって否定し、オレはヒィラの目を見て決心を伝える。


「ヒィラ。オレと組んでくれねえか?」


「はい?」


「は?」


「あ?」


 ヒィラとハル、そしてもう一人。カウンターで難しい顔をしている親爺が、驚きの声を上げた。何だよ、あの親爺やっぱりしゃべれるんじゃねえか。

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