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プロローグ


******

件名:どうか殺さないでください


田原タニシ様


先ほどは通話中に電話を切ってしまい、大変な失礼をしてしまいました。

日頃から温情あふれる暖かな指導を頂戴している私としましては、このような失態を犯してしまった事を心の底から恥ずかしく感じております。


死んだ父から巡り堂を引き継ぎ、僭越(せんえつ)ながら代表取締役となって、もう三ヶ月が過ぎました。敬語もまだ不馴れな私ですが、あちこちをふらふら旅していた世間知らずな私に、ハサミを突きつけながら優しく接してくれる田原様に

******


 ――何をしてるんだ、オレは。

 スマホで書き綴っていたお詫びのメールを慌てて消して空を仰ぐ。現実逃避も甚だしい。


 困った。これは、困った。

 もし許されるものなら、すぐさま現実を忘れて座り込んでしまいたい。オレはほとほと困り果てて、風のない丘の上でただ立ち尽くしていた。


 二十年の人生でそれなりに苦労はあった。しかし起こってしまったことを悔やむのはどうにも性に合わなくて、全部押し退けるように突っ走るのが、オレの主義だった。でも自他共に認める楽天家でも、今回ばかりはさすがにめげそうだ。朝からつくづく厄日らしい。仕事の途中でこんな目に合うなんて、心底ついてない。


「電話の途中だったのに……やべえ。またタニシさんにドヤされる」


 ついつい、愚痴がこぼれる。ちなみに”タニシさん”というのは、先ほどまで朦朧とした頭で、届く当てのない(・・・・・・・)手紙を書いていた相手だ。

 タニシさんは怒ると本当に怖いのだ。ガミガミとうるさくオレを叱りつける、巡り堂の事務方兼電話番をしている従業員の一人、田原タニシの地獄の鬼のような顔が脳裏によみがえる。いや、鬼もあの顔を見たら地獄から天国へ移住するかもしれない。


 電話をかけ直したくても、スマホはさっきからずっと圏外で使い物にならない。だから、当然メールも送れない。タニシさんへの恐怖と暑さで、どうやらパニックになっていたらしい。


「困った。これは困ったぞ」


 どれだけ睨みつけても”圏外”の二文字は液晶画面に張り付いたようにその姿を変えてくれない。変えてくれるわけがない。オレはまた愚痴ると、役に立たないスマホをポケットにしまいこんで空を仰いだ。


「……。とりあえず、歩いてみるか」


 歩くといっても、どこにいけばいいのかはわからない。でもここでじっとしているのは、やっぱり性に合わない。


「おい、お前なんか知らねえか?」


「も?」


 それに、正確に言うなら一人じゃない。オレの隣には、妙な亀がいた。


「……だよな、わかんねえよな。それにしても、暑い」


 かわいらしく首を傾げた小亀の頭を見ながら、オレはシャツの胸元を開いた。着慣れない格好と言う事もあって、スーツをきっちり着ているのは息苦しい。


「よし決めた。あっちだ、あっちに行くぞ、亀!」


「も!」


 根拠のない決定を聞かされた亀は、気の抜ける返事をして、頷くような素振りを見せた。

 亀。亀だよな、これ。生物だと言う事は、あまりこの手の生き物に詳しくないオレにもわかる。でもこの亀は、やっぱりどこかおかしい。


 上から見ると星型の平べったい甲羅に、陶器みたいな質感の頭と手足。ぴょこんと生えた、尻尾。

 フィギュアやぬいぐるみのように作り物めいた外見のこの亀は、両手で抱えられるほどの大きさなのも手伝って、どこか可愛らしく見える。でもこんな亀、動物園やら図鑑やらでオレは見た記憶がない。


「も?」


 ノソノソ歩き出した亀は、視線を感じて「なあに?」と言わんばかりにオレに向かって首を傾けた。その仕草は、知性を感じさせるものといってもいい。そもそもが、さっきからオレの言ってる事を理解して反応しているフシがある。


 このよくわからない亀も不思議だ。

 確かに不思議だけど、それ以上に優先しなきゃならない不思議は他にもある。


「ここ……どこだよ、ほんと」


 朝から続く不幸と度を越えた驚きに振り回され、見覚えのない場所に亀と共に放り出されれば、途方に暮れるしかない。


「鳥取砂丘……なら電波入るよな。サハラ砂漠か? まさかな……」


 ついさっきまで、オレは東京のオフィス街の真っ只中にいたはずだ。

 しかし、見慣れたビルも電車も、道を行き交うサラリーマンもどこにも見当たらない。と言うか、砂しかない。

 念じて開けばはるか遠くに移動出来る便利なドアがあるわけでもないのに、どうしていつの間にかこんな場所にいるのか。


 砂、砂、砂。見渡す限り一面の、砂。

 時折視界に入る砂以外のものと言えば、所々にまばらに生えた、雑草くらいのものだろう。

 

「……あいつか。やっぱりあの女(・・・)が何かしたのか」


 その元凶らしきものに、心当たりがあると言えば、ある。そうだ、あいつだ。

 あの女(・・・)が言っていることが事実だとして、何をすればいいのかはわからない。大分、頭の混乱が落ち着いてきた。もう一度、朝からの出来事を思い返してみよう。


 ついでに、オレは亀を連れて移動を始める。

 歩くたびに革靴の隙間から砂が入り込んで来るのが少し不愉快だったが、助けが来るかもわからないのにじっとしているなんて、残りの命を無駄にするようなもんだと思った。


「タニシさん、やっぱり怒ってるよなあ……」


 どうしても、その恐怖が拭いきれなかった。

第一話、お読み頂きありがとうございました。


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