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内職で異世界の暗黒神はじめました!  作者: 蘇芳ヨウ
【第1章】創神記 黎明の神
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004 眠れる乙女と無力な神と

 眠れる少女は羊飼いの娘のようだった。

 異世界人は我々人類との差異は外見的にはなさそうだった。おれのようなアジア系ではなくロシア系や北欧を思わせる面立ちではあったが。

 年の頃なら十五、六といったところか。まだ寝顔からはまだあどけなさが残っていた。

 ファッションは詳しくないが、服装や装飾品はボヘミアン風みたいだ。けっして高価なものではないようだが細部にこだわった緻密な細工がなされている。

 ただし文明レベル的に衛生観念は未成熟らしく現代日本人の感覚からするとやや薄汚れた感があるのは否めない。


 それにしても本当に気持ちよさそうに眠っている。

 おれは初めて出会った異世界人という理由だけでなく、この子に自分の最初の信者、開祖になってもらいたいという気持ちがふつふつと湧いてくるのを感じていた。

 モーセ、イエス、ムハンマド、釈迦といった中年男性が伝統宗教の開祖となるのが定番なのだろうが、おれとしてはどうせなら若く美しい巫女みこのほうがいいに決まっている。

 開祖ではないが古代日本の卑弥呼のような巫女にして女王でもあるような人物だっていることだし、男でなければならないということもないはずだ。


 しかし最大の問題は神であるおれのことを信仰してくれるようになるかということだ。

『やあ、ぼくは神さまなんだ。よかったら崇めてくれないか?』

 そんなことをいきなり言われたって、おれが彼女の立場なら絶対に信じない自信がある。

 そもそもこんなイケメンでもなんでもない、ありふれた学生風情を神として見てもらえるのだろうかという疑念もよぎる。彼女がおれを見るときは背中から後光が射して見えたりするものなのだろうか。

 この際、おれの見た目は一旦置いておくとして、自分を神として認め、さらにあつく信仰してもらうためには神にふさわしい『きっかけ』が必要だ。

 ファーストコンタクトに失敗したらただの変質者だ。日本なら即”事案”である。


「さてどうしたものかな……」

 おれは悩みに悩んだ。ここで失敗して彼女に愛想をつかされたくない。

 彼女の美しいかおを見れば見るほど慎重に慎重を期した完璧な作戦を練らなければという気ばかりがはやってしまう。

 だが結果としてそれが油断となってしまった。

 この広い土地にはおれと彼女以外に誰もいないと思っていたのだった。

 その荒い鼻息の音に気がついて、後ろを振りかえったときには、もう目の前にそいつはいた。


「――うわわぁっ!」

 おれは神らしくない素っ頓狂な悲鳴をあげて彼女のすぐ横に尻もちをついてしまった。

 人と犬の中間のような顔、湾曲した背、手の先には鋭い鉤爪……そいつは人間ではなかったのだ。

 ボロ布のような服を身に着けているところを見ると獣ではないことは明らかだ。ある程度の知能を有する異世界の怪物だと本能的にさとった。

「起きて! 逃げるんだ! 起きろっ!」

 おれは寝ている彼女に叫んだ。

 しかし反応はなかった。すやすやと寝入ったまま目を覚ます気配がない。

「起きろってば――」

 おれは怪物を睨んで牽制しつつ彼女を揺さぶり起こすべく手を伸ばした。

 だがその手はなんと彼女の体の中をすっと突き抜けた。まるで霧にでも触ろうとしたかのようにすり抜けてしまったのだ。


「……もしかして、さわれないっ!?」

 神ゆえにおれの体はこの異世界においては実体を伴わない霊的な存在ということなのか。たしかにおれの肉体は今も下宿の四畳半に置いてきた感覚があるし、ロマもそんなことを言っていた。

 とするなら物理的な接触が不可能。彼女に触れることはもちろん怪物を阻止することもできない。

 おれはまさぐるように何度も彼女に触れようとしたが無駄だった。


 どうやらおれの声も聞こえていないらしい。いくら声を張り上げても彼女は身じろぎもしない。

 怪物も同じらしい。おれの声に耳ひとつ動かさないし、その目線はおれを素通しして、その先の彼女を捉えて離さない。

 獣そのものの黄色い目は血走っていた。口はだらしなく開き、赤い舌がちらちら見える。なにより腰に巻かれた布を押しあげ、股間から屹立した醜い陽物が飛びだしていた。

 この獣人が乙女に何をしようとしているのか問うまでもない。

 しかし、そうとはわかっていても幽霊同然のおれに怪物を阻止するすべはない。バイトで成りたての新米とはいえこの世界の神だというのに――

 世界の救済や人類を善き世界に導くどころか、たかが目の前のひとり助けることができないのだ……


「畜生っ、このまま黙って見てろっていうのかよ! おれはこの世界の神様なんだろ?」

 おれは歯噛みしたまま自分の無力さを呪うしかなかった。

 自然と涙がとめどなく流れていた。

伝統宗教

新しく創唱されたり布教されたりする宗教に対し、古くから信仰されている宗教。

相対的・地域的な概念であり、何が伝統宗教であり何がそうでないかは一定ではない。

伝統宗教に対する伝統宗教でない宗教が近代の創唱宗教の場合、「新宗教」と呼ばれる。(wikipediaより)


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