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地下室のメイちゃん  作者: 霧原リキ
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第一話


「おはよう、皐月さつき君」


この学校に入学して、早一年。

窓の外は、はらりと葉桜が舞う季節。

高等部2年1組の教室は、まだ朝が早いためか閑散としていた。

そこに透き通った声が教室に響き、俺の本をめくる動作を止めた。

顔を上げれば、見慣れた一人の女子が笑顔で俺に言ってくる。

俺は、微笑み返しながら彼女に言った。


「おはよう、美麗みれい



私立欅ヶ丘けやきがおか学園は広い校舎に広い庭園、広いコートに広いグラウンド、広い体育館に広い教室……という様に、とにかく広いことで有名な、頭の良い金持ちが通う学園である。


俺_____長谷川はせがわ皐月は、学園側が実施する『特待生制度』によって高校から入学する事のできる2人のうちの1人だ。ま、自分で言うのもあれだけど、ぶっちゃけ頭良い。

ちなみに、1年のクラスは入試の成績順、2,3年のクラスは3月にやる進級テストの成績順によって1組から振り分けられる。

先ほど声をかけた彼女もこの学園の生徒であり、クラスも1組、一緒だ。


彼女______鳳城ほうじょう美麗は、俺のガールフレンドだ。

鳳城美麗は、祖父がこの学園の理事長、父があの有名会社『鳳城グループ』の社長で、母が弁護士から父の秘書になった超優秀で大金持ちの家の一人娘だ。

名前の通り、美しく麗しい。艶のあるショコラブラウンの髪は背中まで垂らし、ピンクのリボンを付けている。瞳は大きく、鼻や顔は小さく、綺麗な輪郭にちょうどいい所に収まっている。

性格は天使のように優しく、先生、生徒、好き嫌い関係なく誰にでも笑顔で対応する。

きわめ付けは、成績優秀スポーツ万能やれば何でもできるという天才少女っぷり。

……そんな彼女に告白されて、『NO』といえる奴を一度、見てみたい。



「明日からテストだけど、本なんか読んじゃって。ずいぶん余裕なのね」

「おお?美麗、俺が天才過ぎて嫉妬しちゃってんの?」

「もー、そんなわけないじゃない。……数学、教えてくれない?」

「はいはい。じゃ、放課後、いつものカフェでね」


申し訳なさそうにお願いポーズなんかされたら、断るに断り切れない。

本を片手に頭をポンポンやってやると、美麗はくすぐったそうに頬を赤らめた。


「お前さぁ、朝からそんな事やってると、また”美麗親衛隊みれいしんえいたい”に殴られっぞ」

「あ、龍輝りゅうき。おはよー」

「龍輝君、おはよう」


後ろからかかってきた声に振り向けば、俺の友達、紅月あかつき龍輝が鞄を片手に呆れ顔で言ってきた。


「キャッキャウフフしてる場合か。今年こそは勝つんだろ、万年二位の皐月君?」

「あ、あたりまえだろ」


少しむっとしながら言い返すも、正直自信がない。

”万年二位”は俺の仇名だ。特待生制度で入ってきているのに、去年、学年1位を一度も取れなかったことから言われ始めたのだ。

俺には、去年からずっと勝てない相手がいる。どんなにたくさん勉強しても、全然勝てない。逆に相手は、満点をさも当然という様に取っていく。正直カンニングでもしたのか、って言うぐらい完璧だ。

この学校は年に7回、大きなテストがある。去年、俺は7連敗、7回連続2位だ。

俺から去年、全ての1位を取ったのは_______。


「お、ナイスタイミング」


ぼそりと呟いた龍輝の声に目を向ければ、廊下から、1人の女子生徒が静かに、まるで空気と同化したかのように教室へとするりと入ってきた。


もう一人の特待生、俺から学年1位を奪っていった女。

彼女の名は、宇月うづき芽衣めい

通称、『天才魔女』。


「今日も天才魔女は黒いなぁ。暑くねーのかな」


龍輝が言いたいことも分かる。

天才、と呼ばれているのは、まぁ学年一位保持者、って感じだからなのだが、『魔女』と呼ばれるには理由がある。


黒い。

彼女はとにかく黒い。

艶やかでサラサラな肩までの黒髪、前髪が大幅にかかっている光のないような黒い瞳、学園の中で最も不人気な「カラフルセーラー」の中、さらに最も人気のない黒を着用、足は紺色のハイソックスときたもんだ。

逆に、雪のように白い肌や、血のように真っ赤な唇、セーラーのタイは黒より目立ち、妖艶な雰囲気を漂わせている。

この見た目から、『天才魔女』というあだ名が付いていた。


俺自身ちょいと彼女は苦手だ。まあ、7連敗した思い出もあるからだろうが。

それに、むちゃくちゃ暗い、失礼だけど。要は、ノリ悪い、的な感じ。

そう思いつつ、宇月の方を見ていたら、こつんと頭を叩かれた。


「へ?」

「へ?、じゃないよー。皐月君、いくら悔しいとかそういう思いがあるとはいえ、その、さ?見るべき女の子は違うんじゃないかなーって思うんだけどさ?」


美麗が本を握りしめて、頬を膨らませていた。

俺は、クスリと笑って言う。


「大丈夫だよ。美麗が一番だからさ」

「う、うん。その、また今度…それ言って、欲しいなぁ」

「何度でも言ってあげるよ」

「はい死ねー」


横で龍輝が悔し紛れに呟いている。クスリと笑いながら、時計を見上げた。

こんな会話をしているうちに、もう20分ほど経っていたらしい。扉の奥から、ガヤガヤとした声が聞こえてくる。きっと、他の生徒も登校してきたのだろう。



そして今日も、明日も、いつもと同じ日常が続いていく。

美麗と笑って、龍輝と遊んで、家族の元へ帰って。



そう、思っていたのに。



そんないつもと変わらない日常が。

かけがえのない日常が、一瞬で終わるなんて。

その時はまだ知らなくて。


彼女があのような目で見て、思って、感じていたことも知らなくて、気づかなくて。



俺は、あの時、ただ一人、


幸せそうに、笑っていたんだ。

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