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短編003『裏野ハイツ』103号室

作者: 綾野祐介

『裏野ハイツ』103号室

                綾野祐介



 私は32歳の不動産会社に勤めるごく普通

の会社員だ。妻30歳、一人息子3歳と3人

で裏野ハイツの1階に住んでまだ数ヶ月だ。


 3歳ともなると少し言葉を覚えてくる。テ

レビの影響が大きいのか、あまり品のいい言

葉ではないものの方が覚えが早い。下品な言

葉を使わせないよう妻に言ってはいるのだが、

子供は言うことを聞かない。独特の感性で見

たり聞いたりしているからだろう。


 ある日の夜。私が仕事から戻ったのは深夜

0時を少し回っていた。妻も息子も寝ている

ので出来るだけ大きな音を立てないように用

意してある晩飯をレンジで温めて食べ風呂に

入る。1LDKと狭いので奥の洋室に敷物を

敷きその上に布団を敷いて3人で寝ているか

ら玄関から入ってすぐのLDKですべてを静

かに済ませるのだ。


 風呂から上がり持ち帰った仕事に少し目を

通した時には既に2時近くになっていた。7

時には起きなくてはいけない。通勤に2時間

近くかかってしまうからだ。


 そろそろ寝ようかと思って椅子から立ち上

がった時。すぐ後ろに人の気配を感じてあわ

てて振り返った。


「なんだ、健太郎じゃないか。目が覚めてし

まったのか。パパももう寝るから一緒に寝よ

うか。」


 私の問いかけに息子は聞こえてないかのよ

うに無反応だった。斜め上の天井の1点を見

つめて身じろぎ一つしない。


「どうした?何かあるのか?」


 息子は相変わらず無反応だった。やがて見

ていたところを指さした。


「パパ、あれ。」


「ん?あれって?」


 天井には少し染みが出来ていた。1階なの

で雨漏りではないだろう。上の階の人が何か

を溢してしまったのか。


「なんだろうな。明日管理会社に連絡してお

くよ。ほら、もう寝よう。」


 息子は素直に私と一緒に寝るのだった。


 翌日、私は勤め先の関連会社である管理会

社に連絡をした。


「上の階で何か溢されたようで、うちの天井

に染みが出ているんです。一度確認してもら

えませんか?」


 管理会社の担当社員は元同じ会社で先輩と

して一緒に働いていた人だった。左遷に近い

出向だったが先輩なので苦情を言うにも丁寧

な言葉になってしまう。


「ああ、そうなんだ。確認してみてまた連絡

するから。で、最近はどうだ?忙しくしてい

るようだが。」


「お陰様で毎日その日のうちに帰宅するのか

やっとです。」


「そうか。俺も早く戻りたいんだが、お前専

務にそれとなく口添えしてくれないか?」


「わかりました。結果はどうか判りませんが

お伝えしておきます。」


「助かるよ。頼んだぞ。この件はちゃんと調

べとくから。」 


 先輩は社内での不倫が原因で出向になって

いたから戻れないだろう。専務に頼んでも無

駄なのは判っていたが、無下にも断れなかっ

た。自分の苦情を処理してもらわなければな

らない。



 

 その日の夕方のことだった。早速管理会社

の先輩から連絡があった。


「お前、103号室だったよな。」


「そうですけど。」


「調べたら上の階の203号室は空室だった

んだよ。それで一応実際に部屋に行って調べ

てみたんだが、当然誰も住んでいないし何か

を溢した跡もなかったんだ。別のところから

漏れているのかも知れないな。築30年の古

い建物なのでどこからどう伝っているのか、

調べるとしたら大事だぞ。」


「そうなんですね。まあしばらく様子を見て

みます。染みが広がるようでしたら何かの対

処をしていただかないとダメかもしれません

ね。」


「わかった。また連絡をくれな。」


 仕事はまじめにちゃんと熟す人なのだ。




 その日の夜。0時少し前に帰宅した私は、

昨日と同じように晩飯と風呂を済ませた。

持ち帰った仕事はなかったので、少しTV

でも観ようかと付けてみると深夜枠のくだ

らないバラエティ番組をやっていた。この

くだらなさが日々の憔悴した心を癒してく

れるようで少し好きだった。


 深夜枠なので30分で番組は終った。明

日も早いので寝ようとTVを消した。する

と消した画面に映る私の背後に何かが動く

のが見えた。慌てて振り返る。


 背後には誰も居なかった。妻に似ている

ように見えたのだが。気のせいかと思い、

そのまま寝ることにした。多分疲れている

のだ。


 数日は何事も無く過ぎた。毎日同じこと

を繰り返す。不動産会社勤務といっても事

務方なので営業で走りまわることもない。

ただ、事務方の責任者ではあるので毎日毎

日遅くまで仕事は山積みだった。




 1週間ほど過ぎた日。朝から管理会社の

先輩から電話があった。


「お前、借上げ社宅としてあの裏野ハイツ

に住んでいるんだよな?」


「そうですよ、それが?」


「いや、自分で探したりしてないよな。」


「ええ、会社で手配していただいて、引越

しただけですが。」


「そうか。だったらいいんだ。あれから何

もないよな?」


「ありません。何か判ったんですか?」


「いや、また何かあったら必ず連絡くれよ

な。」


「わかりました。」


 何か先輩の奥歯にものが挟まったような

物言いに不安になってしまった。何かあっ

たのならそう言ってくれれば対処しようが

あるのだが。




 また1週間ほどが過ぎた日。先輩が会社

に訪ねてきた。


「どうしたんですか、こちらに用でもあり

ましたか?」


「いや、お前に会いに来たんだ。ちょっと

心配になったから。あれから、どうだ?何

か変わったことはなかったか?」


 先輩の様子は奇妙だった。心配している

というが、どちらかと言うと怖がっている

かのようだ。


「何もありませんよ。どうしたんです。天

井の染みは広がったりしていませんよ。」


「それ以外には?」


「特に何もありませんが?」


「そうか。じゃあ、いいか。悪いな、変な

事言って。」


「先輩、何でそんなことをおっしゃるんで

すか?何かあるなら本当に教えてください

よ、気になるじゃないですか。」


「うん。まあ、それはそうだよな。やっぱ

り話した方がいいな。社員とはいえ、あそ

こに住んでいるだものな。」


「何ですか、だんだん怖くなるじゃないで

すか。」


「いや、実はな。お前、事故物件って扱っ

たことあるか?」


「いいえ、私は事務方ですから、無いです

よ。えっ、あの部屋、まさか事故物件なん

ですか?」


「いや、違うんだ。誰かがあの部屋で死ん

だ、とかそういったことは過去起きていな

いんだ。でもな。」


「でも?」


「あの部屋に入った住人は、みんな何かを

見てるらしいんだ。それが何かは、その住

人によって違うみたいなんだが。」


「それって幽霊ってことですか?」


「そういうものを見た人もいる、ってこと

だ。」


「そんな話、聞いてませんよ。」


「だろうな。実際、事故物件ではないんだ

から説明義務もないんだ。原因や理由は判

らないが何かが見えることがある、という

ことだから。」


「そんな部屋だとは知りませんでした。知

ってたら引越しませんよ。すぐに部屋を変

えてもらいます。」


 私は上司に掛け合って事前に話を聞かさ

れていなかった事を抗議し別の部屋を用意

して貰うつもりだった。




「君が彼に話をしてしまったのか、全く余

計なことをしてくれたもんだ。お陰であの

部屋がまた空いてしまったじゃないか。君

が代わりに住むか?」


「部長、それは勘弁してください。でも彼

は大丈夫でしょうか?部屋を出たら気づい

てしまうんじゃないですか?」


「どういう意味だ?」


「今回の件で彼から詳しく話を聞いた時、

奥さんや子供の話が出てきたんです。」


「え、どういうことだね、それは。」


「彼の話に、つい最近の息子との会話が

出てくるんです。」


「彼の子供は。」


「そうです。彼は奥さんと3歳になる息

子を事故で同時に亡くして、一人であの

部屋に引越したはずです。でも、彼はあ

の部屋で息子と会話を今も続けていると

言うことです。」


「それが今回彼が見たもの、ということ

か。」


「そうなりますね。あの部屋は自分が見

たいものを見る部屋なんじゃないでしょ

うか。それが例え死んでいても。」




 結果この部屋は『見たいものを見れる

部屋』として彼が住み続けることになっ

た。

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― 新着の感想 ―
[一言]  怖いというより、どこか悲しいお話でした。予想外の一撃を喰らった感じです。幽霊を題材とすると、こういったお話もありですからね。  ラストの余韻に、考えさせられます。取りようによってはハッピー…
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