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付喪狩り  作者: 桝田空気
6/6

付喪狩りの話

枕陸は、遊美と名乗った人形にむかって、自分のことを語った。



小さい頃からずっと、物を、道具を愛してきたこと。物の姿を見て、物を撫で回し、物がたてる音に聞き惚れ、物の匂いを嗅ぎ、毎日夢中になって物に接してきたこと。それが原因かどうかは、はっきりとはわからないが、ある日突然、物の声が聞こえるようになったこと。



「それ以来、うれしくて、いろんな物の声を聞いてきたんだけど、君みたいに人の言葉を話す物の声は初めてだよ。やはり人形だから、物の声も人の形をしているのかな。……しかも、付喪……なんだね。人を襲わない付喪も、いるんだね」

陸は、興味深げに遊美を見た。

「わたしも、驚いている。あなたみたいな人間、いるなんて」

まったく口を動かさずに、遊美は答えた。

その声は、陸の頭の中に、直に響いてきた。

人形だから当然なのだろうが、遊美の口の部分は、精巧な作り物で、開かないようになっているようだった。しかしその柔らかそうな唇は、奥に濡れた歯や舌の気配を感じさせた。実際の中身は空洞なのだろうが、そんな錯覚を抱かせるくらい、精密に作られていた。物凄い技術だと、感動した。



「どうした?」

「え?あ」

思わず遊美の唇に見とれてしまっていた。顔を赤くして、あわててはなれる。

「わたしの顔、何かついているのか?」

「いや、ごめん、何でもないよ。それよりも、どうして君は、ぼくを助けてくれたの?」

遊美は、まったく動かないまま答えた。

「あなたを助けたわけじゃない。あの割り箸。あの割り箸の声を聞くと、なんだか胸が熱くなって、たまらなくなったから。我慢できなくなった、から。あの割り箸を壊しにきた。それだけ」

声が、震えていることに陸は気がついた。




そのあと陸は、遊美の作られてから、今にいたるまでの話を聞いた。



奇妙な話だった。



座木周一郎という芸術家によって、死んだ娘の生まれ変わりとして作られたこと。作られてからすぐに意思を持ち、付喪になったこと。周一郎と共に暮らしてきたこと。しかし、ある日、その周一郎が、絵の具の付喪に殺されてしまったこと。



「そうすると急に、熱くなった。なんだかよくわからないけど、胸の中が熱くなった。思わず暴れて、部屋を壊した。それでも、熱いの、おさまらなかった。そうしたら、あの割り箸の声が聞こえた。その声に、絵の具と同じ、なんだか嫌なもの、感じた」



どろりとした、黒くて焼けるほど熱い何か。

付喪の声に含まれた、殺意のことだ。



「その声を聞いた途端、壊したくなった。周一郎を殺したものと、同じような声を出した割り箸を、壊したくなった。そして、壊した。でも、おさまらない。熱いのが、おさまらない。周一郎のことが、頭からはなれない。熱くなる。熱くなる。暴れたくなる。ねえ、これは何なのだろう?どうしたら、この熱いの、おさまるのだろう?」



陸は、眉をよせた。

そして、慎重に言葉を選びながら、口を開いた。



「遊美ちゃん、それはね……」





その時だ。





「やかかかかかかかかかかかかかかかっ、やかっやかっやかっ、やかかかかっ、やかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかっ」



どす黒い声が、遠くから聞こえてきた。



付喪の声だ。






「またか」


陸は頭をおさえてうずくまった。

声に含まれた殺意が、頭の中にずぶずぶと染み込んでくる。気持ちが悪い。吐き気がこみ上げてくる。



また、どこかで、何かの付喪が人を殺そうとしているのか。



陸は、穴だらけになった、隣人の林の死体を見下ろした。

彼とは、そんなに親しい間柄ではなかった。顔をあわせれば、軽くあいさつをする。それくらいのものだった。引っ越したばかりの頃に、一度、掃除機を貸してもらったことがあった。思い出のようなものは、それだけだ。他人だった。隣人ではあったが、関係はただの他人だった。



それでも、胸がしめつけられた。



嫌だ。



物が、人を殺すなんて、すごく嫌だ。



陸は、これから自分がやろうとしていることを想像した。手に汗がにじんだ。心臓の鼓動が早くなる。深呼吸をして、吐き気を少しだけおさえる。



目をつぶった。



集中して、頭の中に入ってくる付喪の声が、どちらの方角から聞こえているのかを探る。



「やかかかかかっ、やかかかかかっ」



西だ。



駅前の、デパートがある方向。



「どうしたの?」

遊美が声をかけた。

陸は、はっとして遊美の顔を見た。そして少し悩んだ後、遊美にむかって、深く頭をさげた。

「何をしているの?それはおじぎという人間の行動よね。何で今、そんなことをするの?」

遊美が、不思議そうな声をあげる。

頭を下げたまま、陸は言った。

「お願いが、あるんだ」

「お願い?」

「さっきのあれを、また、してほしいんだ」

「さっきのあれとは、何?」

「この声の付喪を、壊してほしい」

「この声の、付喪?」遊美は上を向いた。「・・・・・・本当だ。聞こえる。やかかかかって、かすかに嫌な声が」

「・・・・・・?」

遊美と陸では、物の声の聞こえ方がちがうようだった。陸のほうが、遠くのほうの声もはっきりと聞き取ることができるらしい。

遊美は陸を見た。

「あの声を出している物を壊せばいいのね?」

「・・・・・・ああ」

「いいけど、何で?」

遊美は聞いた。

陸はその問いに驚いた。

「何でって、あの声が聞こえるっていうことは、また付喪が人を殺そうとしているんだぞ」

「そうね。それがどうかしたの?」

遊美の声は、落ち着いていた。

陸は、一瞬、怒鳴りつけようかと思ったが、彼女の無表情を見て、怒りがしぼんだ。



ああ、やっぱり人形なんだな、と思った。



「人が殺されるのは、嫌なことなんだよ」陸は答えた。「ましてや、大好きな物が、人を殺すなんて、ぼくには許せないんだ」

「そうなんだ。いいよ。じゃあ、壊しましょう」声が、低くなる。「わたしも、あの声は嫌いだから」



陸と遊美は、アパートを出た。



道路の上に立つと、陸は、目をつぶって集中し、もう一度声の方向を確かめた。そして、声の聞こえる西にむかって走り出した。遊美がそのあとをついてゆく。



闇に包まれた静かな街並みの中、ふたりの足音が響いた。



「急いだほうがいいのか?」

走りながら遊美が聞いた。

「当たり前だろ」

陸が、少し息を切らしながら答える。

「わかった」

そう言うと、遊美は手をのばして、前を走る陸の肩をつかみ、そのまま片手で陸の体を持ち上げた。

「な、何だよ?何するんだ?」

宙にぶらさがった陸は、足をばたつかせる。

「急ぐんでしょ?」遊美は陸の体を肩にかついで言った。「飛ぶよ」



遊美は、陸をかついだまま、高く跳躍した。



大きな放物線を描きながら、五百メートルほど飛んだ。



跳躍している間だ、風圧で、遊美のスカートが強くはためいた。陸の前髪も乱れた。



家を三軒ほど飛び越えて、遊美は道路に着地した。かつがれた陸は、肩の上で固くなっていた。



そのあと三回跳躍して、陸と遊美は、駅前の交差点に降り立った。



そこから少し走り、二人はデパートのそばにある三階建てのビルの前で止まった。



洋服のチェーン店だ。深夜なので、入口のシャッターは閉じられている。



そのシャッターが、震えていた。中から、激しい物音が聞こえてくる。



遊美は、シャッターと鍵を玩具を壊すかのように簡単に破壊して、勢いよく開けた。その後ろにある自動ドアもこじ開けて、二人は中に踏み込んだ。



店内は、オレンジ色の間接照明に照らされていた。



売り場は荒れていた。



棚がいくつも倒されて、商品の洋服やズボンが床にちらばっていた。



壁に穴があいている箇所がいくつかあった。



そんな店内を、ひとりの男がふらつく足取りで歩いていた。若い警備員だ。頭から、血を流している。間接照明のせいで、それはひどく黒ずんで見えた。



警備員は、二人に気づくと、うつろな目を向け、小声で、あっとつぶやいた。



そのときだ。



「やかかかかっ、やかっ、やかっ、やかかかかっ」



黒い、十五センチメートルくらいの棒状の何かが回転しながら飛んできて、警備員の側頭部に当たった。声をあげずに、警備員は床にたおれた。



「大丈夫ですか?」

陸は駆けより、声をかけた。

警備員は気を失っていた。

顔が血まみれだが、呼吸はしているので、死んではいない。おそらくさっきまで、何度もあの黒い何かに頭部を強打されたのだろう。あちこちを逃げ回り、何度も転んだらしく、制服が埃で汚れている。



黒い何かは、宙を回転しながら、階段の方へ飛び、二階へあがっていった。

遊美は、レジや試着室を飛びこえながら、それを追った。

規則的な足音が、上にのぼってゆく。

陸は立ち上がって、あとをついていこうとして、足をあげた。



すると突然、床が揺れた。



陸は、転びそうになるのをこらえた。



そばにあったマネキン人形が、ひとつ、またひとつとたおれた。



「地震?」

陸はつぶやいた。



すぐに揺れはおさまった。

しかし、陸が歩きだすと、また一度揺れた。

その揺れ方に、違和感を覚えた。いままでに、何度か体験したことのある地震と、なんだか感触がちがう。

普通の地震は、文字通り、地面の震え、下の方から揺れを感じるものだ。しかし、いま起きたこの揺れは、上の方からきているように感じる。



正確には、このビルの二階から、揺れを感じる。



陸は気付いた。

これは地震ではない。

揺れているのは、このビルだけだ。

二階で、「彼ら」が、このビル全体を震動させているのだ。



遊美。

そして、あの黒い何かの付喪が、いま二階で戦っているに違いない。

その証拠に、天井を通して聞こえる付喪の声が、緊迫感のこもったものになっている。

遊美と、黒い何か。

このふたつの付喪の戦闘が生み出す衝撃が、建物を震わせているのだ。



怪物だ、と思った。

でも、物がこれだけの力を出せるということに、格好良さも感じていた。恐怖や不安の中に、妙な憧れがまじっていた。



ビルの震動は、断続的に続いた。



陸は、転ばないよう気をつけながら、二階へ行くために再び歩きだした。



そのとき、轟音が響いて、天井に穴が開いた。割れた天井板や、コンクリートの欠片といっしょに、小さい学習机が三台と、ホワイトボード落ちてきた。おそらく、二階が学習塾だったのだろう。同時に、濃い綿埃がたくさん降ってきた。



そのあと、遊美が穴から飛び降りてきた。まっすぐな姿勢で床に着地すると、陸を見て言った。

「壊した」

「え?」

遊美は、床を指差した。

そこには、黒い何かが落ちていた。陸は目を細めて、それをよく見た。



それは、懐中電灯だった。



真っ二つに割れている。



懐中電灯の付喪。



それが、黒い何かの正体だった。これが、警備員を襲っていたのだ。プラスチックでできた、古いタイプの懐中電灯だった。割れた部分から、わずかな電線と、乾電池がはみだしている。



陸は、悲しくなった。



この懐中電灯は、おそらくこのビルの備品だ。かなり使い込まれていたようで、プラスチックが、だいぶ色あせている。何人もの警備員に、使われてきたのだろう。何人もの警備員に、見回りのための、ささやかな明かりを与えてきたのだ。



それが、ひとを襲うなんて。



すると、そんな陸の目の前で、遊美が、懐中電灯を踏み潰した。ぱきゃっと音をたてて、懐中電灯は、粉々に砕けた。

「何するんだっ?」

陸は思わず声を荒げた。

遊美は、首をかしげた。

「これを、壊してほしかったのだろう?」

陸は、怒りをこらえた。

相手は人形なのだ。悪気があるわけではない。

「もう、いいんだ。ひとを襲わなくなったのなら、もう、いいんだよ」

「そうなの?」

遊美は、じっと足元を見つめた。

なんとなく、様子がおかしいことに陸は気付いた。

「どうかしたのか?」

陸は聞いた。

遊美は、顔をあげて言った。

「おさまらないの」

「え?」

「熱いものが、まだおさまらないの。周一郎が死んでからの、熱い感情。この動く物、あなたが付喪と呼ぶものを壊しても、全然おさまらない」



陸は、遊美の話を思い出した。座木周一郎という老人に、作ってもらったこと。周一郎と、いっしょに暮らしてきたこと。そして、その周一郎が今日、絵の具の付喪に殺されたこと。それから遊美は、本人にはわからない、熱い感情にふりまわされて、どうすればいいのかわからなくなっていること。



「・・・・・・・・・」

陸は静かに遊美を見つめた。遊美は、レジのテーブルに手をかけると、それを軽く押した。ビシッと、テーブルにヒビが入る。

「わたしはいま、物凄く暴れたい。そうすれば、おさまるのかしら?」

「無駄だよ」陸は言った。「君がいま感じているそれは、物を壊したら、どうにかなるものじゃない。暴れたら、おさまるようなものじゃあない。」



じゃあ、どうすれば、と言いかけて、遊美は絶句した。

陸が、遊美の体をそっと抱きしめたのだ。

「・・・・・・何をする?意味がわからない」

遊美は言った。その声色には、かすかな動揺がまじっていた。

腕に力をこめながら、陸はつぶやいた。

「・・・・・・泣きなよ」




「泣く?」

遊美は、無表情で聞いた。陸はうなずいた。

「教えてあげるよ。君はいま、悲しんでいるんだ。その熱い感情は、周一郎というひとが亡くなったたことへの悲しみなんだよ。これは、物を壊したり、暴れたりして、癒やされるものではないんだ」

「泣く・・・・・・。本で読んだことはある。目にある涙腺という場所から、体液を流す、人間の体に備わった機能のことだな」遊美の声が暗くなる。「そんな機能、人形である私にはないぞ。泣くなんてことは、私にはできない」



「涙なんか流さなくても、泣くことはできるよ」

陸は、優しくつぶやいた。



「言っている意味がよくわからない」

遊美の声は、とまどっていた。

陸は言った。

「君が、周一郎というひとに、言いたかったことを、思い切り叫ぶといい。作られてから、いままでに、いろいろとあったんだろう?想像してみてごらん。もし、君が周一郎というひとと会話ができたとしたら、まず何を言いたかった?何でもいいよ。思い浮かんだことを、言葉にしてみるといい。そうすれば、、たぶんその熱い感情は、少し落ち着くと思うよ」



しばらくの沈黙があった。



遊美は、陸に抱かれたまま、微動だにせずに、無言で立っていた。



周一郎との思い出を、いろいろと反芻しているようだった。



陸は静かに待った。



やがて、顔を上に向けると、遊美は、天に向かって、話しかけるようにして、ゆっくりと、言った。











「・・・・・・お父さん」










遊美は、たどたどしく声をあげた。



「作ってくれてありがとう。きれいな服を着せてくれてありがとう。いろんなことを、教えてくれてありがとう。嘘をついてごめんなさい。わたしは、あなたの、本当の娘ではない。でも、あなたは、わたしのことを、本当の娘として大事にしてくれた。心苦しかった。でも、うれしかった。すごくうれしかった」



そこでいったん言葉を切り、何かを考えるかのように少し黙ったあと、言葉を続けた。



「あの絵の具から、守れなくてごめんなさい。本当にごめんなさい。もっと・・・・・・お父、さんと、いろんなことをしてみたかった。本に載っていた、広い海という場所へ、いっしょに行ってみたかった。美術館に展示されているという、お父さんの作品、わたしの兄弟にあたるものを、いっしょに見に行ってみたかった。守れなくてごめんなさい。本当にごめんなさい」



遊美の肩に力が入るのを、陸は感じた。



「お父さん、ありがとう。ごめんなさい。でも、本当に、ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・愛してる」







遊美の声は、泣いていた。




遊美はしばらくの間、感謝の言葉と、謝罪の言葉を、何度も何度もくりかえした。涙を流さずに、泣きながら、何度もくりかえした。



やがて、遊美は静かになり、下を向いてだまりこんだ。



「少しは落ち着いたかい?」

陸はやさしく聞いた。

遊美は無言でうなずいた。

陸は、ゆっくりとはなれようとした。すると、その腕を、遊美が急につかんだ。陸はつんのめった。

強い力だった。つかまれた箇所に痛みを感じながらも、陸は表情を変えずにゆっくりと聞いた。

「どうしたんだい?」

遊美は、まっすぐに陸を見た。

「あなたにお願いがある」

「お願い?」



遊美は言った。

「わたしを、あなたのものにしてほしい」



「・・・・・・え?」

陸の顔に、動揺が浮かんだ。遊美は言った。

「わたしは、持ち主である、周一郎・・・・・・父を失った。これからどうすれば、わからない。行くあてもない。このままだと、わたしはゴミになる。でも、あなたがわたしを拾ってくれるのなら、わたしはゴミにならなくてすむのだ」



ああ、そういうことか、と陸は安心した。

決して色っぽい話ではないのだ。

それはそうだ。相手は人形なのだから。

それでも、女性の形をしたものに、あなたのものにしてほしい、などと言われたら、やはりドキッとしてしまう。



遊美は続けた。

「無理にとはいわないが。できればわたしは、まだゴミにはなりたくない。差し支えなければ、わたしを拾ってもらえないだろうか?」

「拾うって・・・・・・」

いま自分は物と話しているのだと、あらためて思った。

「わたしのことを、どんなふうに使ってもらってもかまわない。わたしは人の形をしているし、動けるからな。いろいろと使い道はあると思うが」

「使う・・・・・・」

陸は、頭に浮かんだろくでもない考えをあわてて振り払った。



突然の話にとまどいながら、陸はしばらく考えた。



そして、遊美の足元に転がる壊れた懐中電灯を見て、あることを思いついた。



陸は、顔をあげて、言った。

「いいよ」

「本当か?」

「うん、君は人形だから、食費とかは必要ないだろうしね。だったら、いっしょに暮らしても、大丈夫だと思うよ」

「ありがとう」

遊美は、抑揚のない声でそう言った。

「そのかわり、ぼくもお願いがあるんだ」

「何だ?」



陸は、目を細めて言った。

「君を、ぼくの武器として使わせてほしい」



「武器?」

遊美が、聞き返す。



「付喪を、狩ろうと思うんだ」



「付喪を?」

「ああ、その懐中電灯みたいに、人を襲う付喪をいっしょに探して、破壊してほしいんだ」

陸に迷いは無かった。

陸は、物を愛していた。

深く愛していた。

だから、そんな物が、人を殺すなんてことは、陸にとっては耐え難い事であった。

大好きな物に、そんなことをさせたくない。

だから、遊美というこの強い力を持つ付喪に手伝ってもらって、人を殺そうとしている物を片っ端から壊してしまおうと思った。



少し、普通ではない考え方だが、周一郎以外に人間を知らない遊美には、なんとも思わなかった。



「いいわよ」

遊美は、あっさりと答えた。

陸は少し拍子抜けした。

遊美にとっては、仲間を殺せと頼まれているようなものではないかと思ったからだ。

そんな疑問を察したのか、遊美は言った。

「わたしも、人を殺す付喪は嫌いだから。父のことで、あなたがさっき言っていたことがわかった。人が死ぬって、嫌なことだね。わたしは父を、付喪に殺された。だから、あの黒い声を出すような、人殺しの付喪は憎い」

さっきの遊美の泣き声を思い出した。

「そうか・・・・・・。そうだったね・・・・・・」



陸は、ゆっくりと拳を握り、決意を固めた。





付喪狩りが、始まった。










そして、1ヶ月がたった。









夕方、陸はアパートの自室で、目をつぶって立っていた。

全身の力を抜く。

まぶたの裏の闇を見つめながら、意識を集中する。

しばらくは何も聞こえない。

それでも意識を集中する。



数秒たつ。



すると、いきなり群集の中に飛び込んだかのように、頭の中に、たくさんの物の声が反響する。



まず聞こえてくるのは、近くにある物の声。



畳の声。壁の声。本棚の声。テレビの声。襖の声。電灯の声。天井の声。窓の声。



意識を外に向けてみる。



ドアの声。アパートの鉄階段の声。狭い駐輪場に並ぶ自転車の声。道路の声。車の声。車の声。塀の声。電柱の声。車の声。



外にある物の声が、いろいろと聞こえてくる。



少しずつ、意識を遠くへ向けてみる。



犬の首輪の声。針金の声。おそらく洗濯物の、シャツ、下着、タオルの声。車の声。車の声。車の声。電柱の声。サッカーボールの声。車の声。車の声。



「じばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじば」


感触のちがう声が聞こえた。

黒くて熱い、どろりとした声。



殺意を持った、付喪の声だ。




「じばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじば」


気持ち悪い。

頭を抱えたくなるのをこらえて、さらに意識を集中する。

この付喪の声から、だいたいの方向と場所の見当をつける。



方向は、海の方。



場所は、小学校の近く。



「行くよ、遊美ちゃん」

目を開けた陸は、顔に浮かんだ汗をぬぐって、部屋の隅を見た。

そこには、遊美が立っていた。

廃材置き場で拾った鉄柱を肩にかついでいる。

「見つけたの?」

「うん」

「そう」

ふたりはアパートを出て、走り出した。





小学校の近くまで来ると、陸は再び意識を集中した。


「じばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじば」


近い。



目をつぶり、ゆっくりと呼吸をし、方向を特定する。


「あっちだ」



目を開いた。



その視線の先には、一軒の住宅があった。



二階建ての住宅だ。

声はその家の二階から聞こえていた。



陸はためらわずに、その家の中に入っていった。玄関のドアの鍵はあいていた。靴を履いたまま廊下に上がり、階段を駆けのぼる。



二階にある部屋のひとつに、足を踏み入れた。



その部屋には、服がちらばっていた。床に掃除機が転がっていた。

壁際に、腹をおさえてうずくまる、ひとりの中年女性がいた。



「じばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじば」



目の前から、付喪の声がした。



陸は、その方向に視線を向けた。



「ああ、やっぱりいた。付喪だ」



陸はつぶやいた。



そこには、箪笥があった。



部屋の箪笥が、殺意に満ちた声を激しく発していた。








箪笥の引き出しから、手がはみだしていた。











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