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付喪狩り  作者: 桝田空気
2/6

付喪の話



付喪の存在が初めて日本で確認されたのは、一年前の八月である。



ある街で、奇妙な死体が発見された。



三十過ぎの男の死体だった。



その死体はさびれたビル街の電柱の下に転がっていた。全身のあらゆる箇所に、太いノミで肉を削られたかのような傷がついていた。死因は出血多量だった。



警察は殺人事件として捜査したが、現場から犯人の痕跡らしきものは何も見つからなかった。死体の傷跡からは、なぜか黒いゴムの滓が検出された。



数日後、現場の近くでまた同じような死体が見つかった。今度は若い女性の死体だ。



前回の被害者とは何の接点もないことから、警察は愉快犯による通り魔殺人ではないかという見解を持った。



現場周辺のパトロールが強化された。





そして一週間後、パトロールをしていた警官達が、この事件の犯人、いや、「原因」に襲われた。






深夜二時、そのふたりの若い警官は懐中電灯を持って、現場付近の路地裏を歩いていた。

夜空には月が出ていたが、高いビルにはさまれたその道には月明かりが届かず、周囲は濃い闇に包まれていた。

地面には空き缶や濡れた紙屑が道路にへばりつくかのようにして散らかっており、時折それを踏むと、ひしゃげる音が大きく響いた。



やがて、路地裏から国道に出た。

街灯の下まで歩いて、ふたりは小さくため息をついた。

そのとき、かすかなベルの音が遠くから聞こえてきた。

警官のひとりがおどろいて、懐中電灯の明かりをそちらに向けた。

歩道の先の方から、一台の自転車が走ってくるのが見えた。

ふたりは一瞬、ほっとした表情を浮かべたが、自転車が近づくにつれて、その顔がゆっくりとこわばっていった。



その自転車には、誰も乗っていなかった。





無人の自転車が、ひとりでにペダルを回しながら、まっすぐ走っていたのだ。



汚い自転車だった。車体の所々に、赤茶色の錆が浮いていた。子供用らしく、後ろに補助輪がついていた。前輪が少し曲がっており、そのせいで左右に危なっかしくゆれていた。



突然、速さをあげて、自転車は警官のひとりにむかって飛びかかってきた。おどろきのあまりに呆然としていたその警官は、あっさりと押し倒された。

空気を削るような音が響いた。

自転車の前輪が、まるで電動鋸のように激しく回転していた。

その前輪が、倒された警官の鼻に押しつけられた。

摩擦で皮膚が裂け、肉が飛び散り、血がはじけた。

悲鳴があたりにこだました。

それを聞きつけ、急いで集まってきた他の警官達は、その光景を見てあぜんとした。




数時間後、その自転車は捕獲され、野犬用の檻に入れられた。最初に襲われた警官は、鼻を削りとられていた。他にも数人が重傷を負い、病院に運ばれた。



調査により、いままでの被害者の傷についていた黒いゴムの滓が、自転車のタイヤのゴムと同じものであることが確認された。



警察は、この異様な自転車が、事件の犯人、いや、原因であると結論づけた。



数日後、檻の中で暴れる自転車の姿が、テレビのニュースで全国に放映された。



日本中の人々が衝撃を受けた。



自転車の車体に貼られた名札シールから、持ち主が特定できた。

持ち主は、事件の現場から1キロ程離れた家に住んでいた。小学1年生の男の子だった。

彼は1ヶ月前、交通事故で亡くなっていた。

自転車に乗って、公園に向かう途中、トラックにはねられたのだという。

交通事故が起きたのは、自転車による殺人現場のすぐ近くだった。

両親の話によると、事故のあと、自転車は、粗大ゴミに出したはずだったという。

生前、男の子は、自転車を友達のように大事にしていたという。

このことが、自転車がひとりでに動き、人を殺したことと関係があるのかどうかはわからない。

しかし、人々は、この事実から、勝手な物語をいろいろと想像した。





被害者の家族の希望により、その自転車は、一応死刑という形で破壊された。







この自転車の事件のあと、まるで何かに呼び覚まされたかのように、日本中のあらゆる場所で、物が勝手に動きだし、ひとを襲うという現象が次々と起きた。



人々は、混乱した。



ある新聞が、「現代の付喪神」という見出しをつけて、これらの事件を記事にした。



それをきっかけに、この現象のことは、「付喪」と呼ばれるようになった。



「神」という字ははずされた。自分たちに危害を加える存在を、神と呼びたくなかったからだ。



付喪の事件による死者は、増え続けた。



しかし、国は何の対策もとれなかった。



無理もない。



相手は物なのだ。



いまの人間は、物がないと生きることができない。



付喪による被害を無くす方法は、まわりから一切の物をなくすことだ。物によって生活が支えられている現代人にとって、それは不可能な話だった。



人々は怯えながら、自分の持ち物か付喪にならないことを祈るしかなかった。







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